鍼灸師が何を考え、どこに鍼を打っているのか?「頚腕痛を楽にするために」編

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はじめに

 鍼灸が生体に及ぼす作用は、主に次のようなものです。

筋緊張の緩和、興奮した神経の鎮静化、機能低下している神経筋の賦活化、内因性鎮痛物質の分泌、自律神経の調節、痛みの情報伝達の調整、血流促進、血球成分の変化、等々。これらの働きによって痛みが軽減したり、コリがほぐれたり、体調がよくなったりします。

 解剖学や生理学をベースに行う鍼灸を「現代医学的鍼灸」、経絡や経穴・経筋、気血水、陰陽、五臓といった概念に基づいて行う鍼灸を、一般的に東洋医学(中医学)鍼灸などとよびます。

 鍼灸師は、どこに鍼や灸をすれば最も効果的か、といったこと考えながら鍼灸施術を行っています。ここに記すものは、私が鍼灸専門学生時代のカリュキュラムにあった、「似田先生の『現代医学針灸論』」という科目に対しての理解をより深めることを目的のひとつとしています。 

※東洋医学とよばれるものには中医学の他に、インドのアーユルヴェーダ、イスラムのユナ二医学、チベットのチベット医学などがあります。

〇遠隔療法と反射について

 肩が凝っているときに、その凝っている筋肉に鍼灸をすると、コリが和ぎます。その理由は、筋肉の伸長収縮度合いが正常に戻ったり、凝っている部分の血流が促進されることで、疲労物質の滞りが解消されたりするからです。ですから症状が出ている(凝っている)部分に鍼灸をすることには意味があります。では鍼灸が、内臓の異常に働きかけるためにはどうしたらよいでしょう?内臓に直接鍼を打つといった方法もありますが、受け手の負担も大きく、一般的ではありません。そこで反射(東洋医学なら経絡)といった概念が用いられます。

 反射とは、刺激に対して無意識(大脳を介さず)に、機械的に起る身体の反応のことです。例えば、熱いものに手を触れたとき即座に手を引っ込めるのは反射によるものですが、このようなことが起こるは、身体を守るために、考えてから引っ込めたのでは遅いからです。鍼灸刺激によって反射(体性内臓反射)を起こし、生体に元々備わっている治癒力が賦活(活性化)されます。

・内臓体性知覚反射

 内臓の異常は、その内臓を支配している自律神経とほぼ同じ脊髄反射区の皮膚領域を過敏にし、普通では痛みとはならない程度の皮膚刺激でも、その部位に疼痛また異常感覚を伴なうようになるというもの。

・内臓体性運動反射

 内臓異常による求心性の興奮は、対応する体壁(皮膚や筋肉)に運動性の変化として、筋緊張・収縮などを起こすというもの。いわゆる凝りの現象で、内臓疾患による筋性防御のあらわれ。

・内臓体性栄養反射

 交感神経を切断すると支配下の筋群は緊張を失って代謝障害に陥る。内臓に慢性疾患が長期に渡ると、体壁に萎縮・変性があらわれてくるというもの。

・内臓体性自律系反射

皮膚にある汗腺、皮脂腺、立毛筋、および末梢血管系を支配する自律神経系の反射で、交感神経性皮膚分節の領域に反応があらわれるというもの。

汗腺反アセ汗として、立毛筋反射は鳥肌、皮脂腺反射は皮脂として、皮膚血管反射は皮膚の冷え、ほてりとなってあらわれる。

・体壁内臓反射

一定の体壁を刺激すると、その興奮は脊髄後根に伝えられ、脊髄の同じ高さに神経支配を受けている内臓に反射作用があらわれるというもの。このときに、内臓にあらわれる現象は、運動性(蠕動、収縮など)、知覚性(過敏、鈍麻)、分泌性(亢進、抑制など)、代謝性ならびに血管運動性(小動脈の拡張、収縮など)である。鍼灸などの体性(体壁)刺激が内蔵に影響を与える反射。

体壁:胴体(=体幹)の内臓を守るように取り囲んでいる、筋肉と一部では骨でできた壁のこと。胸部の胸壁、腹部の腹壁に分けられる。

頚腕痛とは

 頚肩の痛みを頚肩痛といい、頚肩に問題があり腕に痛みが出るものを頚腕痛という。痛み以外にもシビレや筋力低下といった症状もあるため、頚腕障害といったりもする。頚肩筋のコリ、寝違え、ムチウチ症、斜角筋症候群、頚椎椎間板ヘルニアなどがある。

★頚腕痛には、 頚肩筋のコリ、寝違え、ムチウチ症、胸郭出口症候群、頚椎椎間板ヘルニア、などがある!

 頚腕痛(特に肩凝り)は、運動器以外にも内臓疾患に由来するものもある。

第1節 頚の筋と機能

1.頚椎の構造と可動域

1)頚椎の形状

  頚部の脊椎は、7つの頚椎からなる。第1頚椎の上には頭蓋骨があり、第7頚椎の下には第1胸椎がある。椎体間には基本的に椎間板があり、椎体間のクッションにや椎体の摩耗軽減に役立っているが、例外的に後頭骨-C1椎体間と、C1-C2椎体間に椎間板はない。椎間板がないことで可動性が大きくなるというメリットがあるが、不安定さは増す。

 なおC1とC2椎体の形状と機能は他の頚椎とは異なる構造をしているので、C1椎体のことを環椎(アトラス)、C2椎体のことを(アクシス)とも称す。

2)頚椎の可動域

・前屈60°、後屈50°。側屈50° 回旋60°

・後頭骨-C1間のROM:屈曲10°、伸展25°

・C1-C2間のROM:回旋45°

 頚椎の可動域は、各頚椎が少しずつズレて、頚椎全体としては前屈60°、伸展50°、左右回旋60°となっている。頚椎の動きを個別にみていくと、C2-C3間以下の椎体間は屈伸や回旋の動きは均一的。

 しかし後頭骨-C1椎体間とは前後屈の可動性が大きく、これにより顎を突き出したり、顎を引いたりする動作が円滑にできる。頚椎全体として前後屈可動域も大きくなり、天井を見たり、足元を見たりの動作も容易になる。

 C1-C2間の動きは左右回旋とも45°と特異的に大きく、振り向く動作が行いやすくなる。

★C1(アトラス)とC2(アクシス)椎体の形状と機能は他の頚椎と異なる!

2.後頭部の筋の複雑性

後頭骨には多くの筋があって複雑である。その理由として頚部は前後屈や左右回旋など広い可動域をもつことと、頚部にある筋は、頚部を動かす筋だけでなく、頭蓋骨を動かしたり胸椎を動かす筋もあるためと考えられる。

1)頭蓋骨との関係

 後頭骨-C2椎体間にある筋(後頭下筋群)は頭蓋骨を動かす作用がある。

 ①頭蓋骨の前屈・後屈(下顎を引く・突き出す)→後頭下筋群(代表穴:上天柱)

 ②頭蓋骨の左右回旋→頭板状筋(代表穴:下風池)

2)胸椎との関係

  C2-T7椎体は頚部の動き(屈伸・左右回旋)を行うが、

 ①頚椎の回旋は、同時に胸椎回旋を伴います。

 ②頚椎の前後屈は、胸椎は前後屈には可動しないので、

 力学的ストレスがC7/T1椎間関節に加わりやすい。(代表穴:定喘)

 ③頚の前後屈は、頭・頚・胸半棘筋を使って行われます。(代表穴:頚・胸部一行)

3.後頭下筋への治療

1)固有背筋とは 

  背部にある筋のうち、脊髄神経後枝に支配される筋群を固有背筋とよぶ。したがって脳神経に支配される僧帽筋や、腕神経叢に支配される広背筋、肋間神経に支配される上・下後鋸筋は脊髄神経前枝支配のため、固有背筋には含まれない。

★固有背筋とは脊髄神経後枝に支配される筋!

 頭半棘筋、頚半棘筋、胸半棘筋、多裂筋、回旋筋、棘筋、最長筋、腸肋筋、後頭下筋群

2)後頭骨-C2間の動きと治療点

  この部は頚椎の動きというより、下顎の動きに関与する。後頭下筋収縮による次の2つの働きが重要となる。後頭下筋群は大後頭神経支配(C2神経後枝)なので、固有背筋に含まれる。後頭下筋群が緊張すると、

 ・回旋運動→主にC1-C2椎体間

 ・顎を引く、顎を突き出す→後頭骨-C1椎体間

といった動きになる。

上天柱:後頭骨-C1椎体間で後正中から外方1.3寸

天 柱:C1-C2棘突起間から外方1.3寸

風 池:上天柱の外方0.7寸

★後頭下筋群の作用は、回旋運動、顎を引く(頭部安定)、顎を突き出す!

3)後頭下筋群とは 

  後頭下筋群とは、頭半棘筋の下層の、最深部にある筋で、大後頭直筋・小後頭直筋・上頭斜筋・下頭斜筋の4種8個。固有背筋に分類される。脊髄神経後枝支配だが痛みは感じず、コリを自覚するのみ。

Qコリの感覚はC線維によって脳に伝えられる。

4)後頭下筋緊張時の症状

①緊張型頭痛、不眠、気分不快

 後頭下筋緊張では、重圧感は生じても痛むことはない。頭の可動域が減り、顎を引いて自分の臍を見る動作がしづらくなる。あるいは伏臥位から、頭を上に上げにくくなる。後頭下筋のコリは、緊張型頭痛の原因となりやすく、本人が無自覚であっても、このコリによって不眠症や気分不快となることも少なくない。

★後頭下筋のコリは無自覚であっても、不眠症や気分不快となる!

②頚性めまい

 後頭下筋には、重力に対する頭位の位置関係を判断する受容器がある。この深層筋からの位置情報が延髄に伝達されることで、平衡感覚を判断する一つの情報源となる。耳からの前庭神経情報や、目からの視覚情報も延髄に伝達され、これら三つの情報を統合して脳は平衡感覚を保っている。しかし、これら三者の示す内容に矛盾があると脳は混乱し、めまいを生じる。後頭下筋の緊張時(とくに緊張に左右差がある場合)、動揺性めまいを生じる。

★後頭下筋にある「頭位の位置関係を判断する受容器」が緊張するとめまいの原因となる!

③眼精疲労

・大後頭神経-三叉神経症候群 

 三叉神経の一部(三叉神経脊髄路)は橋から出て、いったん上部頚椎の高さの脊髄まで下った後、再び上行して三叉神経節に至る。このような解剖学的特性により、C1~C3頚神経後枝(主に大後頭神経)を興奮させ、眼の痛みを起こすようになる。これを大後頭三叉神経症候群とよぶ。ほぼ上天柱深刺がトリガーポイントとなります。

※三叉神経:第5脳神経。眼神経、上顎神経、下顎神経の三枝からなる。頭部・顔面部の体性知覚と咀嚼筋などの運動を支配する。

★大後頭三叉神経痛のは上天柱がトリガーポイント!

・眼の動きと後頭下筋のコリ

 眼球を左右に動かすと、無意識に顔面も左右に動くが、この動きは後頭下筋によるものである。すなわち視点を動かすような作業を長時間行うことは、後頭部(後頭下筋群)のコリをもたらすことになる。

★後頭下筋群は、頚椎の回旋運動と、アゴを突き出す動きを行い、視点を動かすような長時間の作業は後頭下筋群のコリをもたらす。その症状は、緊張型頭痛、不眠、気分不快、めまい、眼精疲労!

5)鍼灸治療

  後頭下筋への深刺。坐位で顔を下にむけた状態での上天柱深刺。

6)頭蓋骨を抱きかかえての天柱刺鍼。

7) 小醒脳開竅法の左右上天柱・風池へ同時に回旋手技を行うと、脳内に強く響く感覚がある。この手技は天津の石学敏氏の脳卒中後遺症に対する治療法の一つで、脳内血液循環を改善すると説明されている。

★上天柱・風池刺鍼+回旋手技は脳卒中後遺症に用いられる!

4.頭半棘筋・頚半棘筋・胸半棘筋

1)頭半棘筋・頚半棘筋・胸半棘筋の機能

  半棘筋には、頭・頚・胸の3種類があり、上に位置するほど筋は発達している。頭半棘筋は頭板状筋の深層にある。筋走行は横突起と5つ以上上位の棘突起を結ぶ筋だが、頭半棘筋は棘突起に停止せず、後頭骨後頭隆起に停止する。頭半棘筋は太く発達していて、頭の重量を支持し、後頭下筋群は、体動によって変化する頭位の変化を中枢に伝達することで、姿勢変化に対応している。

★頭半棘筋は頭の重量を支持、後頭下筋群は頭位の変化を中枢に伝える!

 寝違いの痛みの場合、頚半棘筋や胸半棘筋に刺鍼したまま、頚部の自動運動を行うと、次第にROMが拡大してくることを確認できる。ツボなら、頚部から胸部一行。

★寝違え時、頚半棘筋や胸半棘筋に「刺鍼+自動運動」によりROM拡大!

 電車の長椅子に座ってうたた寝している際、頭半棘筋が緩むほど眠りが深くなっていると、座っていられず、長椅子に倒れるようにして寝込むことになる。

2)半棘筋への刺鍼

  頭半棘筋は、後頭隆起の上天柱とC1~C5棘突起外方、約1~2cmの部にトリガーができ、後頭部と前頭部あたりに放散痛をもたらす。頭半棘筋と頚半棘筋の筋腹は、基本的に椎体の幅より外側にはみ出していない。臨床では回旋筋と半棘筋は、背部一行から深刺し刺激することになる。坐位での刺鍼が 本筋を緊張させることができるため、より効果的。

★半棘筋は、頭の重量を支持している! ツボは背部一行!

5. 頭・頚板状筋

頭板状筋の機能は、頭蓋骨の伸展もあるが、主作用は左右回旋。他の頚部固有背筋が、頚椎横突起から外方に飛び出さないのに対して、頭板状筋はC3~T3あたりの棘突起を起始として、風池~完骨の後頭骨から側頭骨乳様突起に停止する。

 したがって、停止部に対する主治療点は、下風池が推奨される。風池刺鍼は、頭板状筋→頭半棘筋→大後頭直筋と入る。下風池はC3棘突起外方2寸の頭板状筋刺激になる。

★頭板状筋刺鍼は下風池!

 鍼灸師は、坐位で下風池を取穴、頭板状筋の硬結まで刺鍼した後、同筋を強くストレッチさせるように回旋して雀啄を行う。例えば右の下風池に圧痛があったら、坐位で風池に直刺するが、その直後に左に最大限回旋させて右頭板状筋を伸ばした状態で雀啄すると治療効果が上がる。

★板状筋の主作用は、頚椎の左右回旋。当該筋をストレッチして刺鍼。ツボは下風池!

6. 長・短回旋筋

1)脊柱部位の可動性の違いと力学的ストレスを生じやすい部位

  脊椎は部位ごとに動く方向が決まっている。これは隣接する椎体間の関節刻面(ファセット)の角度が動く方向を決定しているため。頚椎は屈伸・側屈・回旋、胸椎は側屈・回旋、腰椎は側屈・屈伸の可動性がある。仙椎に可動性がない。

 頚椎→屈伸・側屈・回旋

 胸椎→側屈・回旋

 腰椎→側屈・回旋

 仙椎→可動なし

★脊椎は部分ごとに動く方向が決まっている!

①お辞儀動作では、頚椎と腰椎が屈曲し、胸椎はあまり動けないので、C7/T1間、L5/S1間の椎間関節に力学的ストレスが加わり、同部の固有背筋の痛みを生じやすく、同じ高さの背部一行へ深刺が症状改善に有効で

★お辞儀の動作は、C7/T1間、L5/S1間の椎間関節に力学的ストレスが加わる!

 T12/L1間の椎間関節の力学的ストレス改善には、多裂筋刺鍼が重要となります。上記のように、頚椎の個々を秩序正しく動かす役割は、長短回旋筋の機能によるもの。

★T12/L1間の椎間関節の力学的ストレス改善には、多裂筋刺鍼が重要!

2)長・短回旋筋の病態生理

 頚椎の最深部にある固有背筋は、後頭下筋群と長・短回旋筋群。長・短回旋筋は短い筋だが、短い筋ほど深部にあることは理にかなっている。浅層にある長い筋肉は、強い筋力で関節を動すが、短い筋肉にそのような力はない。

★頚椎の最深部にある固有背筋は、後頭下筋群と長・短回旋筋群!

 長・短回旋筋の役割は、長い筋による強力な関節運動がROMを超え、それによって関節が破壊されるのを、ブレーキのように防ぐ役割があるという説がある。たとえば左に大きく頚を回旋すると、左頚部の痛みが出現することになる。

3)長・短回旋筋への刺鍼

  本筋はC3以下の頚椎・胸椎・腰椎に存在するが、胸椎部で発達していて、異常となるのは胸椎部である。この場合、「上体をひねる時に痛む」という訴えになる。後頚部にはいくつもの固有背筋があり複雑だが、頭・頚板状筋以外の筋は、棘突起と横突起の実寸幅2cmの範囲内に位置している。背部一行。

★回旋筋は板状筋のブレーキ役として働き関節破壊を防ぐ。ツボは背部一行!

★ここまででてきた筋肉とツボ

 後頭下筋群     → 上天柱、天柱

 頭・頚・胸の半棘筋 → C1~C5背部一行(夾脊穴)

 頭・頚板状筋    → 風池、下風池

 長・短回旋筋    → C3以下の背部一行(夾脊穴)

表層から、板状筋、半棘筋、(多裂筋)、回旋筋、後頭下筋群

※多裂筋:L5~C2の横突起と棘突起をつなぐ。姿勢の維持や安定、頚椎の過可動のブレーキ役(回旋筋とともに)として働く。

第2節 頚腕痛疾患の概要

1.頚部軟部組織障害

本症は、 頚部痛に上肢の痛みやシビレが加 わったものもありますが、多くが頚部痛単独で起こります。

代表疾患:寝違え(急性疼痛性頚部拘縮)、ムチウチ症(外傷性頚部症候群)

症状:後頭部、項部、肩甲上部のコリや痛み。上肢症状(-)

理学テスト:頚部ROM制限

★頚部軟部組織障害の代表疾患は寝違えとムチウチ!

1) 急性疼痛性頚部拘縮 (急性頚部筋々膜症、寝違え)

  ・関節の運動制限-強直:骨・軟骨の関節体の病変による。

          -拘縮:関節周囲の軟部組織病変による。

※硬直:関節が癒着して動かなくなること。変形したまま骨と骨がくっついて固まってしまう状態。膝関節の場合、大腿骨と脛骨がくっついて曲げることができなくなる。

  ・中枢性障害  -痙縮:脳卒中後遺症等の錐体路障害。折り畳みナイフ現象

          -固縮:パーキンソンなどの錐体外路障害。鉛管現象

※錐体路障害: 神経が通る経路。随意的な運動は、大脳皮質運動野から錐体路を通じて行われ、不随意的な骨格筋の緊張・収縮は、錐体外路を通じて行われる。

※折り畳みナイフ現象: 他動的に関節を動かし始めた時に抵抗感があるが、ある角度から力が抜けたようにスムーズに動くという もの。

※鉛管現象: 筋肉に持続的なこわばり、抵抗を感じる現象。

★急性疼痛性頚部拘縮 、急性頚部筋々膜症は要するに寝違え!

①病態

 頚肩背部の強い運動制限を伴なう急性の痛みの代表疾患に、「寝違え」がある。しかし、日中仕事をしているうちに次第に寝違えた感じがしてくることがある。これらの急性に生じた頚部の筋々膜痛を総称して、急性頚部筋々膜症とよぶ。通常、放置していても数日以内で自然治癒するが、その間はかなり苦痛。

 この機序として、頚椎の異常可動性があり、この動きを防ぐため、頚椎深部にある回旋筋群や多裂筋が、過緊張する。該当筋が強く収縮すると痛みが出現するので、その動作を避けるようになる。

★急性頚部筋々膜症は回旋筋群や多裂筋が、過緊張!

②理学テスト:伸張痛および収縮痛。ROM制限

2)外傷性頚部症候群(頚椎捻挫)

①病態

 交通災害に限らず、外傷性機転により発症する頚部痛を、頚椎捻挫あるいは外傷性頚部症候群とよぶ。すなわち頚部に瞬間的に外力が働き、頚部が受動状態で伸展や屈曲の過剰負荷が加わったもの。

★外傷性機転により発症する頚部痛が頚椎捻挫!

②分類

a.軟部組織障害型

  頚部の筋々膜症や頚椎の捻挫による、いわゆるムチウチ症の90%はこのタイプ。「寝違え」が長時間、頚椎に加わった弱い外力であるのに対し、「ムチウチ軟部組織障害型」は、頚椎に瞬時に加わった強い外力といえます。

★ムチウチ症→頚椎に瞬時に強い外力。寝違え→頚椎に長時間弱い外力!

b.自律神経障害型

  急性の頚椎捻挫が治らず、3ヵ月を経過すると自律神経障害型になることがあります。頚部交感神経刺激症状を生じます。これをバレリュー症候群とよびます。

※ バレリュー症候群:軟部組織障害型+頚部交感神経刺激症状(めまい、嘔気、不眠、手のシビレ、耳鳴り、眼精疲労など)

★急性の頚椎捻挫から自律神経障害型(バレリュー症候群)にい移行。頚部交感神経刺激症状を生じる!

c.神経根障害型

  神経根障害型と脊髄障害型に分類されるが、ムチウチで生ずることはあまりない。神経根障害型は、慢性期になって徐々に発症することなく、初診時に本徴候を認めなければ、神経障害型ではないということになる。

★ムチウチで神経根障害を生ずることはあまりない!

3)脊髄神経後枝の反応(椎間関節)

 椎間関節は固有背筋と同じく脊髄神経後枝の支配なので、筋緊張による後枝支配でもやはり同様の放散痛を生むことになる。具体的には症状部を見出し、そこから45°内上方の背部一行上の圧痛点に深刺することが、関連する固有背筋の痛みを改善させる。たとえば肩甲上部「肩井」付近の痛みに対し、C4~C6棘突起直側から深刺すると効果的ということ。

★症状部を見出し、そこから45°内上方の背部一行上の圧痛点に深刺し!

2.頚部神経根症

1)病態:頚部神経の根部における圧迫

  ※神経根:硬膜管の中を通る脊髄から出た2対の神経線維(前根と後根)が脊髄から出て一つになり、椎間孔を出るまでの部分。 

2)代表疾患

  脱出した髄核による神経根圧迫→頚椎椎間板ヘルニア(30~40才代)、骨棘による神経根圧迫→変形性頸椎症(40才以上)。

※腰椎椎間板ヘルニアは20~30代に多発。

★頚部神経根症の代表疾患は頚椎膵管番ヘルニア。骨棘による神経根圧迫!

3)症状:頚部痛+上肢の知覚低下(デルマトームに従う)、筋力低下。

  ☆胸郭出口症候群時にみる上肢痛は、神経根障害自体のものでなく、神経走行途中の筋緊張症状による絞扼によって生じます。椎間板ヘルニア等でみる神経根症状時の上肢痛も、神経根の圧迫ではなく、筋緊張であり、多くは椎間関節部の筋緊張による放散痛です。つまり当該筋を緩めることによって、症状を緩和させることが可能であるといえます。

★代表的な頚腕痛障害は、寝違え、ムチウチ症、頚椎椎間板ヘルニア!

4)理学テスト

<第一段階>

・神経根圧迫:ジャクソンテスト、スパーリングテスト

・神経根伸展:イートンテスト、肩押し下げテスト

①ジャクソンテスト

 頭をできるだけ背屈させ、検者は両手で頭を下に押さえつけます。神経根に圧迫負荷を加えるテスト。これにより患者の肩、腕、指などに放散痛が起これば陽性となります。

②スパーリングテスト

 頭部を後屈位に側屈させます。検者は患者の後ろに立ち、患者は両手を組んで頭頂部いおき、頭部に圧迫を加えます。初めは軽く、次に強い圧迫を加えるようにします。同側の肩(肩甲上部、肩甲間部、肩甲部)や上肢に痛みやシビレが出たり、憎悪がみられたら陽性となります。

③イートンテスト

 頭を一側に屈し、頭と健側の肩を固定したところで、検者が反対側の上肢を引っ張ります。患側に上肢や手に痛みやシビレが起これば陽性となります。

④肩押し下げテスト

 患者は座り、検者の片手で頚椎を健側に側屈させ、他方の手を肩におき、下方へ押し下げます。上肢の痛みやシビレが誘発されれば陽性となります。

★ジャクソン、スパーリングは頚椎圧迫、イートン、肩押し下げは頚椎伸展!

※神経根障害と、神経絞扼障害の鑑別

神経根障害:腱反射低下、筋力低下、デルマトームに一致した知覚低下

神経絞扼障害:胸郭出口症候群など。神経走行部位の圧迫症状で、腱反射・筋力は正常・知覚低下は生じない。末梢神経分布に一致した痛み(ピリピリ、ビリビリ)を生ずる。

★神経根症では、腱反射低下、筋力低下、知覚低下。神経絞扼障害ではすべて正常!

※肺尖部の癌をパンコースト腫瘍とよぶ。パンコースト腫瘍は、腕神経叢を刺激し、上肢の痛みとシビレが出現する。

<第二段階>

高位診断:上肢の腱反射、筋力テスト、知覚テスト

〇C5神経根(C4-C5椎体間)

・腱反射低下→上腕二頭筋反射

・筋力低下 →肩の外転(三角筋)、肘関節屈曲(上腕二頭筋)

・知覚低下 →上腕外側

〇C6神経根(C5-C6椎体間)

・腱反射低下→腕橈骨筋反射

・筋力低下 →肘の屈曲(上腕二頭筋)、手関節背屈

・知覚低下 →前腕橈側

〇C7神経根症(C6-C7椎体間)

・腱反射低下→上腕三頭筋反射

・筋力低下 →肘の伸展(上腕三頭筋)、手関節屈曲

・知覚低下 →第3指

〇C8・T1(C7-T1、T1-T2)

・腱反射低下→なし

・筋力低下 →C8:指の屈伸、握力。T1:指の開閉、紙ばさみ

・知覚低下 →第4~第5指

😊神経は圧迫されることで痛みを生じるか?圧迫を取り除く(除圧術)ことで必ずしも痛みが消失するわけではなく、消失しないこともあります。言い方を変えれば、除圧術によって痛みが消失する人もいれば、いない人もいる。つまり痛みを感じるか否かは個人差が大きい。ヘルニアで痛むのは、椎間板にある自由神経終末やポリモーダル受容器の興奮であって、実は神経(根)の圧迫ではないというケースもあるのではないでしょうか?

3.胸郭出口症候群

1)概要

  胸郭出口部における腕神経叢と鎖骨下動脈の絞扼障害。

 頚肋症候群、前斜角筋症候群、肋鎖症候群、小胸筋(=過外転)症候群の4つに分類する。胸郭出口症候群の大部分は、頚部外傷に瘢痕化した頚部斜角筋により生じる。多いのが加齢により肩甲帯が下垂することによって生ずるもの。肥満・巨乳も要因となる。

★胸郭出口症候群は、頚肋症候群、前斜角筋症候群、肋鎖症候群、小胸筋(=過外転)症候群の4つ!

 患部が頚部で、上肢症状を生ずるものに、頚神経根症があるので、胸郭出口症候群との鑑別は重要。頚神経根症は、神経根症としての症状を呈す。頚部デルマトームに沿う知覚低下領域が生じ、筋力低下と腱反射の減弱がみられる。これに対し胸郭出口症候群は、筋力低下は生ぜず、腱反射にも異常はない。症状は知覚症状鈍麻ではなく、ピリピリ、ジリジリとした焼け付くような痛みになる。

 神経根症は血管は圧迫されないので、上肢の温度低下は起こらず、橈骨動脈の拍動には異常はない。一方、胸郭出口症候群は、血管圧迫症状が現れることも少なくない。

★ 頚肋症候群、前斜角筋症候群、肋鎖症候群、小胸筋(=過外転)症候群の4つ !

※胸郭出口症候群の近年の認識

 1980年頃から、胸郭出口症候群の98%は、神経系圧迫の問題であり、血管圧迫の病態はわずかだとする認識に変化している。したがって脈の消失を診るテスト(アレン・アドソン・ライトなど)の有用性は否定されている(健常者でも陽性になるため)。

★アレン・アドソンなどの脈の消失をみるテストは健常者でも陽性になる!

2)頚椎症候群(少ない)

 第7頚椎横突起が延びて肋骨化した先天性奇形。第7頚椎横突起から線維束が胸郭出口部に伸び、神経・血管走行などの腕神経叢の絞扼障害を生じる。固有の理学テストはなく、X線撮影を推定するほかない。

3)(前)斜角筋症候群

①病理 

 前斜角筋(C3~C6横突起が起始、第1肋骨が停止)と中斜角筋(C2~C6横突起が起始、第1肋骨が停止)の間から腕神経叢・鎖骨下動脈が上肢にむかって走行している。前斜角筋の緊張により、中斜角筋との間隙が狭まれば、上述の神経・動脈の圧迫症状を生じる。(鎖骨下静脈は圧迫されない)

★前斜角筋症候群で圧迫を受けるのは、腕神経叢と鎖骨下動脈!

②症状

・上肢の痛みは、上肢の末梢神経分布に従う痛み。

※神経根症状では、デルマトームに従った知覚鈍麻が起こる。

・斜角筋のトリガーポイントが活性化すれば、肩甲骨内縁の痛みと上肢外側痛が生じる。これらは非常に多くみられる典型的なパターン。いわゆる頚神経根症でも、多くの場合同様の症状がみられる。

★斜角筋のトリガーポイント活性により、肩甲骨内縁の痛みと上肢外側痛が生じる!

 椎間板ヘルニア等でみる神経根症状時の上肢痛も、神経根の圧迫でなく筋緊張症状であり、多くは椎間関節部の筋緊張による放散痛と考えられる。胸郭出口症候群時にみる上肢痛も、神経根障害自体のものでなく、神経走行途中の筋緊張症状による筋膜症であることが明らかなりつつある。

★椎間板ヘルニア等でみる神経根症状時の上肢痛は、神経根の圧迫ではなく筋緊張症状(たぶん)!

 各筋のトリガーポイント活性すれば、上肢外側痛と肩甲骨内縁の痛みが生じるが、この症状パターンは斜角筋症候群とよく似ていて、さらに頚神経根症状ともに似ていることから、斜角筋症状群や頚部神経根症は、実際には斜角筋の筋膜症ではないかという考えが有力視されている。

 ただし頚部神経根症は、肩甲骨内縁の痛みという点では斜角筋トリガーの放散痛パターンに似ているが、神経根症の上肢症状は、デルマトームに従う知覚鈍麻である。斜角筋症候群時の上肢症状は、このような分節性はなく、上肢の知覚過敏が出現する。

★ 斜角筋症状群や頚部神経根症は、実際には斜角筋の筋膜症!

③理学テスト

a.モーレイテスト

鎖骨上で胸鎖乳突筋停止部の外縁にある、前斜角筋を押圧圧迫した際、圧痛があり同時に疼痛が手に放散すれば陽性。    

b.アレンテスト

一側の上肢を水平に上げ、肘を直角に曲げ、まずは橈骨動脈の拍動をみる。つぎに頭を強く健側に向けさせ、これにより脈拍が減弱ないし消失すれば陽性。斜角筋の緊張による鎖骨下動脈の圧迫具合をみている。

c.アドソンテスト

頚を後屈し、顔を患側に向けさせ、深呼吸、すなわち斜角筋を収縮させる動作。この状態で橈骨動脈の拍動が消失ないし減弱すれば陽性。

d.ハルステッドテスト

イートンテストと同じ姿勢。イートンでは神経根を伸展して上肢に放散痛がでれば陽性。ハルステッドは橈骨動脈の拍動が減弱ないし消失すれば陽性。

★斜角筋症候群の理学テストは、モーレイ、アレン、アドソン、ハルステッド!

※先述の通り、脈の消失をみるアレン、アドソン、ライトはその有用性が否定されている。

4)肋鎖症候群(少ない)

①病理

 鎖骨と第1肋骨の間隙から、鎖骨下動脈・静脈と腕神経叢が出て上肢に枝を送っている。何らかの原因で、この間隙が狭くなり、上肢のシビレや痛み、冷えが出ている病態。

★鎖骨と第1肋骨の間隙から出ている鎖骨下動静脈と腕神経叢が狭くなるのが、肋鎖症候群!

②理学テスト

a.三分間挙上テスト(ルーステスト)

両側の上肢を 「肩関節90°屈曲・外旋位、肘関節90°屈曲位(ライトテストと同じ肢位)」とする。 この肢位を保持しながら3分間、グーパーを繰り返す。疼痛やシビレ感など愁訴の誘発や憎悪の有無をみている。胸郭出口症候群とくに肋鎖症候群時に陽性。ルーステストは胸郭出口症候群の理学テストの中で最も信頼度が高いとされている。

★胸郭出口症候群では、ルーステスト(3分間挙上テスト)が最も信頼度が高い!

b.エデンテスト

気を付けの姿勢から、両上肢を後下方に引き下げて(鎖骨と第1肋骨の間隙を狭めることになる)、脈の停止と上肢症状の憎悪をみる。腕神経叢と鎖骨下動脈の圧迫をみている。橈骨動脈の拍動が減弱もしくは消失すれば陽性。

★肋鎖のテストはルースとエデン!

5)過外転症候群(小胸筋症候群)

①病理

 肩関節外転時に小胸筋の烏口突起停止部で鎖骨下動・静脈された状態になるもの。

②理学テスト

a.ライトテスト

患者の後ろに立ち、両手で左右の手首をつかみ、患者の両腕を90°外転、肘を曲げた状態で、橈骨動脈の拍動の有無を調べる。

🥰様々ある理学検査は痛みや症状を再現させるもので、その検査の意味がわかっていれば、名前はわからなくても特段問題ありません。ただし、病院などのチーム医療では、情報を共有するために、検査方法の名前は覚えたほうがいいかもしれません。

第3節 頚腕痛の鑑別診断

<第一段階>症状は、次のどれか?をみる。

A.頚部痛のみ

→ 急性筋筋膜症の疑診

B.頚部痛+上肢知覚低下

→ 頚部神経根症の疑診

C.上肢症状のみ

→ 胸郭出口症候群の疑診

<第二段階>

Å.急性筋々膜症の疑診

  安静時痛あり、筋の強い炎症(鍼灸不適応)

  安静時痛なし、鋭い運動時痛:おもに頚部筋伸張痛(鍼灸即効)

         鈍い運動時痛:おもに頚部筋収縮痛(鍼灸即効)

  ※起床時の頭痛であれば、寝違えを、交通事故などではムチウチ症を疑う。

B.頚部神経根症の疑診

  症状は下肢におよぶ → 頚髄症など(鍼灸不適応)

  症状は下肢に及ばない

  → 頚部神経根症理学テスト陽性(腱反射、知覚、筋力)

  → 上腕二頭筋反射↓、三角筋部知覚↓ :C5神経根症

    橈骨反射↓、第1第2指知覚↓    :C6神経根症

    上腕三頭筋反射↓、第3指知覚↓   :C7神経根症

    第4第5指知覚↓、指の内転外転力↓ :C8、T1神経根症

  ※高齢者では変形性頸椎症、若年者であれば頚椎椎間板ヘルニアを疑う。

C.胸郭出口症候群の疑診

  上肢痛は灼熱様(ピリピリ、ビリビリ)ではない → いわゆる頚腕症候群

  上肢痛は灼熱様( ピリピリ、ビリビリ)

  → 上肢血管症状(冷え、脈拍減弱)

  → ルーステスト(+):胸郭出口症候群

  → アレン・モーレイ・アドソン(+):前斜角筋症候群

→ エデン(+):肋鎖症候群

  → ライト(+):過外転症候群

第4節 頚腕症状の鍼灸治療

1.頚部一行深部に対する治療 

 重度の寝違えや、ムチウチでは頚部の筋々膜症に加えて、頚椎の椎間関節症(急性では捻挫、慢性では骨の変形によるものが多い)による痛みを生じているケースが多くある。

★重度の寝違えやムチウチは頚部筋だけでなく、頚椎椎間関節症(捻挫、骨変形)があるかも!

 椎間関節に限らず、頚椎の痛みは頚部筋膜症(脊髄神経知覚支配)によることが大部分なので、鍼灸治療ではまずこれらの筋膜痛の改善をはかることになる。

★頚椎の痛みに対する鍼灸治療は、まずは筋膜痛の改善をはかる!

 具体的には、圧痛を認めた頚椎棘突起傍の深層筋である頭・頚半棘筋または長・短回旋筋刺鍼に達する刺鍼が有効。

★頚椎症の鍼灸治療は、頚椎棘突起傍らの深層筋である頭・頚半棘筋または長・短回旋筋に!

①自分の臍を見ての側臥位

 頚椎は頚椎前湾の中央に相当するC4/C5一行に圧痛が出やすい。この部分の圧痛を診るには、被験者は仰臥位で、さらに自分の臍を見るようにする。

②ベッドに向かっての坐位。ベッド上いマクラを置いて額をつける。縮まった後頚筋を伸張状態にし、かつ安定した姿勢。顔を下に下げているので、迷走神経反射による脳貧血が起きにくいというメリットもあります。

2.操体法による頚部筋膜痛の治療

①患者はベッドに仰臥位。術者は患者の頭の上に立つ。②患者は頚を左右に回旋させ、やりやすい方とやりにくい方を見つける。③やりにくい方から、やりやすい方へと頚を回旋させる運動を行うが、このときに術者は、回旋の動きに抵抗を加える。可動域の最終点まできたら、患者は瞬間脱力する。

側屈も同様に起こなう。

★圧痛を認めた頚椎棘突起傍の深層筋である頭・頚半棘筋または長・短回旋筋刺鍼に達する刺鍼!

3.ムチウチの鍼灸治療

  ムチウチ症は、一瞬に頚椎に強い外力が加わったための「筋伸張+筋微細断裂症状」のことをいう。この障害を受ける筋は、外力を逃しやすい長い筋ではなく、位置が固定されている短い筋(長・短回旋筋、多裂筋など )である。

★ムチウチ時に障害される筋は、位置が固定されている短い筋(長・短回旋筋、多裂筋など)!

 筋の微細断裂の修復は、亀裂面が瘢痕組織に覆われることから始まり、瘢痕が正常組織に置き換わることで最終的に治癒する。瘢痕組織は、「仮止めの状態」なので、再び力が加わると、剥がれて元の状態に戻ってしまう。よって、受傷後1週間は、安静厳守が非常に重要である。運動はその経過後に再開するようにする。鍼灸治療は受傷直後に行って構わないが、安静は必ず守らければならない。頚深部筋の障害であるため、鍼治療は、頚部夾脊(頚部一行)から深刺。

★ムチウチの鍼灸治療は頚部夾脊から深刺!

4.バレリュー症候群の治療

バレリュー症候群:痛みに加えて、筋肉の凝り、耳鳴り、めまいなどの多彩な症状が認められるもので、首の損傷によって自律神経(主に交感神経)が直接的もしくは間接的に刺激を受けていることで発症していると考えられる。

★バレリュー症候群は首の損傷によって自律神経(主に交感神経)が刺激を受け発症する!

  頚椎捻挫の治療に加えて、頚部交感神経刺激を併用する。頚部交感神経刺激には、坐位にて肩中兪深刺(C7棘突起下に大椎を取り、その外方2寸、気胸に注意)を行う。4cmほど深刺すると、鍼先は外肋間筋や前斜角筋をでき、これが頚部交感神経を関節的に刺激する。

 なおペインクリニック科では、交感神経支配を緩め、相対的に副交感神経優位にさせることで、頭・顔面・頚部の血流増加による治療促進効果を期待する目的で星状神経節ブロックが多く用いられる。この場合、ホルネル徴候(3大徴候は縮瞳・眼球後退・眼裂狭小)が出現する。

★頭・顔面・頚部の血流増加による治療促進効果を期待する目的で星状神経節ブロック!

 星状神経節ブロックを行う高さと肩中兪の高さは、ほぼ同じ。鍼治療でも星状神経節ブロックを行うことは可能だが、その刺激効果は判然としない。鍼先による刺激ではなく、麻酔が必要なのかも。

※星状神経節ブロック部位:第一胸椎横突起前面に位置する交感神経節である星状神経節に局所麻酔剤を注射 。

★バレリュー症候群は頚部交感神経刺激 → 坐位にて肩中兪!

 頚部神経根症とは、頚椎の変性(椎間板ヘルニア、骨棘形成など)により、椎間孔の狭窄が生じ、神経根が圧迫され、上肢(主に片側)に痛みやしびれが生じる疾患。 

5.頚部神経根症の治療

1)C1~C4神経根周囲刺鍼 天窓刺鍼

  解剖学的な検討から天窓刺鍼が有効と思われるが、このような上位頚椎の神経根症は非常に少なく、治療点として天窓から刺鍼することは稀。

・C1~C4後枝→ C1~C4 背部一行

     前枝→頚神経叢刺鍼=天窓腕神経叢刺鍼 

     ※C1~C4神経根が圧迫ストレスを受けても、その症状は頚から後頭部にかけてのものとなり、上肢には出ない。

★C1~C4神経根症であれば天窓刺鍼!

・C5~T1後枝→ C5~T1 背部一行

     前枝→天鼎(前方アプローチ)、肩中兪(後方アプローチ)

    ※天鼎:喉頭隆起の高さ。胸鎖乳突筋の外縁。

★C5~T1神経根症であれば天鼎、肩中兪!

①小後頭神経

 C2C3前枝によって小後頭神経がつくられる。小後頭神経興奮により、小後頭神経痛が生じる。小後頭神経は筋を支配していないので、大後頭神経痛時のような緊張型頭痛は生じない。

★C2C3前枝によって小後頭神経がつくられる。小後頭神経は筋を支配していないので、緊張型頭痛は生じない!

②横隔神経

 C3~C5前枝によって横隔神経がつくられる。横隔神経は筋枝。天窓穴から刺鍼してパルスをかけると、横隔神経を刺激し、横隔膜の上下動が誘発される。

★天窓穴から刺鍼してパルスをかけると、横隔神経を刺激し、横隔膜の上下動が誘発される!

③(直接)筋枝

 C2~C4前枝で構成される。胸鎖乳突筋と僧帽筋を運動支配。僧帽筋の肩井に刺鍼してパルスをかけると、横隔神経を刺激し、横隔膜の上下動を与えることができます。

★肩井に刺鍼してパルスをかけると、横隔神経を刺激し、横隔膜の上下動を与えることができる!

3)C5~C8神経根症

  上肢症状があればC5~C8腕神経根刺鍼を行う。腕神経叢刺鍼と前斜角筋刺鍼は鍼灸臨床上同じようなものになる。腕神経叢に刺激を与えるのは、頚の前方(側方)からは天鼎、後方からは肩中兪。

★上肢症状があれば、頚の前方(側方)からは天鼎、後方からは肩中兪!

 甲状軟骨と胸鎖関節の中点の高さで、胸鎖乳突筋後縁から下方1寸。直刺して腕神経叢を直接刺激。触電感が上肢に放散し、肩甲骨の反射的挙上がみられる。

 天鼎穴刺鍼は、腕神経叢直接刺激であって、上肢に強い電撃様鍼響が生じる。しかし神経叢を直接刺激しなくても、傍神経刺でも同様の効果があるようである。傍神経刺とは、扶突傍神経刺(木下晴都氏)に類似した方法となる。このことから、神経根症と前斜角筋症候群との症状・治療はあえて区別する必要がないということになる。

★天鼎穴刺鍼は傍神経刺でも同様の効果があるようである!

4)天鼎傍神経刺

  木下晴都氏は、前・中斜角筋の痙縮による腕神経叢と鎖骨下動脈の絞扼に対し、扶突穴を刺鍼点とした傍神経刺を考案した。前頚部から頚椎横突起を押圧し、指頭と横突起に挟まれた斜角筋の硬さを指先に感じとる。扶突を刺鍼点とし、棘突起方向25°の角度でやや斜刺。4cm刺入して、中斜角筋と腕神経叢に入れる。

 しかし似田先生によれば「C6レベルの腕神経叢を直接刺激するためには、輪状軟骨の高さから刺鍼した方が響きを与えやすいのではないか」とのこと。扶突は喉頭隆起の高さ、天鼎は輪状軟骨の高さに位置する。

5)第6頚椎の横突起刺鍼

  フェリックス・マン(1931~2014)ドイツ生まれで、幼少の頃からイギリスに在住、科学的見方をした鍼灸師。1977年に イギリスで出版した「鍼の科学」は、日本でも西城一止氏、佐藤優氏、笠原典氏により翻訳され医歯薬出版から発行された。

 「鍼の科学」には、次のような記述があるとのこと。「頚椎椎間板症候群やそれに関連ある病気の患者では、第6頚椎の横突起を刺激するほうが、腕神経叢を形成している数本の神経を鍼で刺すよりも効果的である」と。

 この高さの頚椎横突起に付着するのは短背筋(頭半棘筋・頚半棘筋・回旋筋)と斜角筋で、これらに対する筋刺激が腕神経叢刺鍼よりも効果がある。これもトリガーポイントの鍼治療といえる。

④肩中兪

位置:坐位にしてC7T1間に棘突起間に大椎をとり、その外方2寸。

刺鍼:2寸4番針にてやや脊柱側に向けて10°の角度で直刺4cm。椎体の外側を擦るように刺入。深刺すると斜角筋・腕神経叢刺激になり、星状神経節にも影響を与えると考えられる。したがって頚神経根症、前斜角筋症候群に適応があり、さらには頚部交感神経節を刺激するので、バレリュー症候群、気管支喘息にも適応がある。

※治喘:大椎の外方5分。定喘:大椎の外方1寸。

★肩中兪は頚部交感神経節を刺激し、バレリュー症候群、気管支喘息にも適応!

長尾正人氏の観察では肩中兪の針響は次のようなもの。( )は似田先生の見解。

・やや上方からの深刺 → 肩関節筋部へ針響(肩甲上神経刺激)

・ほぼ中央からの深刺 → 上肢へ針響(腕神経叢刺激)

・やや下方からの深刺 → 肩甲間部へ針響(斜角筋症候群、腕神経症由来)

 肩甲間部への針響があるというのは、斜角筋が緊張してトリガーポイント活性状態にある時、その放散痛は肩甲間部へ生ずる。

★同じ穴(肩中兪)でも、刺入角度によって、針響が異なる!

6)過外転症候群(小胸筋症候群)

  小胸筋の緊張を緩める目的で、中府(烏口突起の最高隆起から内方1cm、下方1cm)からの直刺は、鍼は大胸筋→小胸筋→腕神経叢へと入る。ただし雲門(烏口突起最高隆起の内方1cm)かの刺鍼の方が上肢に響きを与えやすいよう。この場合、大胸筋→腕神経叢刺鍼となる。

★中府なら、大胸筋→小胸筋→腕神経叢。雲門なら、大胸筋→腕神経叢刺鍼!

🥰 過外転症候群は、後頭部両手枕の体勢を長時間とるなどのことで生じます。筋肉が短縮した状態、筋肉が伸びた状態を持続させることはどちらも筋肉を過緊張させてしまいます。予防のためには、同じ姿勢を避け、ときどき動かして、血液の流れが悪くならないようにしましょう。もちろん、睡眠不足や栄養不足は禁物です。

第5節 肩こり性

第1項 肩こりの総論

1.肩こりの定義

  肩甲上部、特に肩甲帯諸筋の緊張状態により、自覚的にその部の疲労感、張る感じ、痛み、鈍麻痺を自覚し、圧迫すると痛みがあるか快感を伴なうもの。

 肩こりの正体は筋緊張である。筋緊張は全身種々の筋に起こるが、大腿四頭筋が緊張して固くなっていても、これをコリとは自覚しない。コリと自覚するのは、頚・肩甲上部・上背部程度である。これは部位的特殊性(=頭の動きに不自由さを感じる)と捉えることができる。

★肩こりは頭の重さが大きく影響。上にある重たい物を支えながら、動かなければならないという同じ理由で腰もこる(と思われる)!

・江戸時代までは肩が張ると表現した。「肩が凝る」とは、明治・大正の文豪・夏目漱石による造語。

・解剖学用語の肩は、肩関節部をさすので、肩井付近のコリは肩甲上部とよぶのが妥当。

・肩こり性の有無は、自覚症状のみで判断。実際に肩甲上部周囲筋のコリの有無は問題ではない。

★「肩が凝る」と最初に言ったのは夏目漱石!

2.骨格筋の「コリ」の生理と病理

  筋は単独で伸び縮みすることはできません。中枢神経から発せられた命令が末梢に伝わり、筋に到達して初めて収縮が起こり、その命令が止まると筋は収縮を止める。その一方で「伸びろ」という中枢神経からの命令はそもそも存在しない。

 筋が縮む=筋が固まる=コリができる。これらは同様のこと示していて、その機序は以下の通り。

①持続的に、一定部位の筋を収縮せざるを得ない状態が続いている。

②筋緊張を調整する反射をつかさどるセンサーが不良で、「筋緊張状態にある」という情報をキャッチできず、その状態を中枢に伝達できない。

センサー不良とは、腱内のゴルジ腱器官にある受容器(センサー)の鈍化のこと。正常であれば、ゴルジ腱器官の引き伸ばし刺激を受けると、そこから発するⅠb知覚線維が興奮し、この情報を中枢に伝達し、中枢は腱が引き伸ばされたと認識する。中枢は筋が断裂しないよう、反射的に筋を弛緩する命令を出す。すなわち腱を刺激すると、筋が緩むという生理機序がある。

この「腱」紡錘の自筋(目的筋)を抑制するというメカニズムを、Ⅰb抑制とよびます。もしゴルジ腱受容器のセンサーが鈍化し、腱が伸ばされたという事態を感知しないと、筋を緩める命令もでないことになる。

★腱から中枢への情報はⅠb知覚線維によって伝達される!

 〇Ⅰb抑制を利用した鍼灸治療例①

 膝関節痛時、大腿四頭筋の緊張を緩める目的で、膝屈曲位(できれば股関節伸展位)にして大腿四頭筋の膝蓋骨停止部にある鶴頂穴に刺鍼し、大腿四頭筋を緩める。

〇Ⅰb抑制を利用した鍼灸治療例②

 後頭部筋を緩めるには、患者は坐位、患者自身の臍を見る姿勢で、後頭部筋起始・停止に刺鍼する。

※Ⅰa抑制とは、「筋」紡錘は拮抗筋を抑制するというもの。Ⅰa知覚神経は筋紡錘中にあり、筋の伸張具合を中枢に伝える役割がある。目的筋を大きな速度で伸張すると、筋紡錘が反応してⅠa線維に刺激を送ります。その刺激を脊髄が受け取り、同筋を収縮させると同時に、同筋が収縮しやすいように拮抗筋が弛緩する。

★Ⅰa抑制とは、主働筋が収縮しやすいように拮抗筋が弛緩するというもの!

膝蓋腱反射を例にとれば、打腱器で叩いた刺激によって、膝伸展運動の主動作筋である大腿四頭筋が収縮する一方で、拮抗筋であるハムストリングスを(Ⅰa抑制によって)抑制させている、となる。

このⅠa抑制のおかげで、主動作筋はスムーズに収縮できることになる。※Ⅰa抑制は鍼灸治療に応用できない。

第2項 肩こり治療の実際

1.肩井横刺(柳谷素霊「一本針伝書」)

  肩井は、僧帽筋トリガーポイントにほぼ一致する。刺鍼刺激で、ビクンと筋が収縮する。

位置:坐位。肩髃穴と大椎穴を結んだ中点の僧帽筋部。硬結部。

刺鍼:寸6の2~3番針で、やや脊柱方向に直刺1~2cm。正面かた刺入する方法もある。

解剖:鍼は僧帽筋に入る。深刺すると棘上筋に至る。深部には第2肋骨がある。肩井押圧時に指頭に感ずる硬結は、この第2肋骨。

★肩井押圧時に指頭に感じる硬結は、第2肋骨!

※坂井豊作「鍼術秘要」の腹痛の鍼治療について

 江戸時代徳川末期の針医、坂井豊作は今日では横刺で知られている。坂井は経絡は皮下の浅層を通っているのだから、直刺よりも横刺の方が経絡に与える刺激が大きいので治療効果は大きいと主張した。その刺激対象は今日でいう筋肉や筋膜(皮下筋膜を含む)と考えられる。

★経絡は皮下の浅層を通るのだから、直刺より横刺の方が治療効果が大きいはず。坂井豊作談!

 坂井の肩甲上部僧帽筋に対する横刺は、患者を伏臥位にし、医師は患者の後ろに座る。僧帽筋腹を後ろから前へ約1cm感覚で横並びに4~5本刺し、さらに巨骨あたりから首のつけ根方向に僧帽筋筋線維に沿って横刺する。非常に効果が高いとのこと。なお刺鍼の際は、皮下組織を母指と示指(中指)でつまみ、持ち上げたところを刺すようにする。普通に考えれば本刺鍼は、肩こりの治療だが、坂井は腹痛の治療として書き残しているとのこと。現代医学的にみれば、肩甲上部僧帽筋刺激→C4神経刺激→横隔神経→横隔膜隣接臓器への刺激(とくに胃に対する刺激)という機序になる。

★僧帽筋刺鍼は肩こり治療に留まらず、坂井は腹痛の治療としていた!

※肩井刺鍼と脳貧血について

①坐位で肩井刺鍼を行うと、激しい血管迷走神経反射を起こし、悪心嘔吐、顔面蒼白、意識消失が起こることがある。意識消失するのは、脳貧血が起きた状態である。脳貧血が起きた場合には、仰臥位にして足を高くすると、急速に回復する。(C.CHAN著、大村昭人他訳「筋々膜痛の治療:ハリ治療の西洋医学的手法」克誠堂)

★坐位、肩井刺激は迷走神経反射により、脳貧血による意識消失が起こることがある!

②血管迷走反射失神の機序

 肩井刺激→交感神経興奮により血管収縮 → 心臓に還流する血液量が低下 → 代償性の頻脈により心臓が空打ち状態に → 心臓から脳幹に伸びている迷走神経のC線維が異常に興奮→副交感神経優位になる → 血管拡張により血圧低下・心拍数低下 → 脳血流低下による失神

※メカのレセプター:機械的受容器。機械的刺激を受けて、求心性インパルス発生を起こす受容器。左心室後壁に存在し、C線維を刺激する。

③頻度・予防法 

 台湾のある医療施設で鍼を受けた患者の調査では、28,285回の鍼治療のうち、55回失神(0.19%)が起きたと報告あり。失神が起きたのは、いずれも坐位または立位姿勢で施術を受けていた。完全に意識を失った患者は一人のもおらず、すて後遺症もなく回復した。(Edzard Ernest & Adrian White 山下仁ほか訳「針灸治療の科学的根拠」医道の日本社 2001)

 万が一失神を起した時のことを考慮して、坐位での肩甲上部や後頭部刺鍼においては、べッド上に座って行う。

★肩への刺鍼は臥位が無難!

🥰数的に少ないとはいえ、なぜ失神のリスクをおかしてまで坐位で行うのかといえば、筋肉が緊張している状態で刺鍼した方が効果が高いからです。

3.肩甲上部から肩甲間部のコリ(大菱形筋・小菱形筋・肩甲挙筋への直接刺鍼)

  肩甲間部の筋は三層になっていて、表層から順に僧帽筋→菱形筋(部位によっては肩甲挙筋)→脊柱起立筋になる。僧帽筋は副神経と頚神経叢支配筋枝支配、大小菱形筋と肩甲挙筋は肩甲背神経支配で、いずれも純運動神経なので痛むことはないが、肩甲間部筋のコリを生じる。これらの治療には、肩甲挙筋に対しては肩外兪に、大菱形筋と小菱形筋に対しては肺兪・心兪・膏肓などが局所刺鍼となる。

★肩甲挙筋→肩外兪。大小菱形筋→肺兪・心兪・膏肓!

 似田先生によれば、「これらの刺鍼はあまり治療効果がないことから、患者の訴える肩甲間部のコリの原因として、肩甲間部筋や肩甲背神経の問題だとする考え方には同意できない」とのこと。ということは、肩甲間部にコリが生ずる他の原因があり、また肩甲間部のコリを有効に緩和せる方法があるということになる。それが以下にある「全身の筋トーヌスを落とす」ということか?

1)肩外兪

  位置:T1~T2棘突起間に陶道を取り、その外方3寸。肩甲骨上角で肩甲挙筋付着部。

  病理:肩甲骨内上角は、肩甲骨内上角滑液包炎を生じやすい。肩甲挙筋は洋服のハンガーのように、ぶらさがる上肢を引き止める役割をもっている。この停止部は肩甲骨内上角であり、ストレスを受けやすい部位である。

 肩甲骨内上角滑液包炎では、内上角の骨変形と、それを取り巻く滑液包の肥厚・増殖・水腫などが生じる。

★肩甲骨内上角は、肩甲骨内上角滑液包炎を生じやすい!

2)膏肓

位置:第4胸椎棘突起下の外方3寸。大菱形筋部。

  病理:膏肓の深部には、肋骨面の隆起があり、肩甲骨の肋骨面と隆起との間にストレスを生じやすいため、圧痛を触知しやすい部位。

★膏肓は、肩甲骨の肋骨面と隆起との間にストレスを生じやすいため、圧痛を触知しやすい!

体位:該当筋を伸展状態にさせて刺鍼すると効果的です。膏肓などの肩甲間部へに刺鍼は、ハーフネルソン肢位(上腕内旋・内転。腕を体の後ろに回した体勢)も効果的。

※膏肓の部位は、僧帽筋のトリガーポイントにほぼ一致しているので、膏肓の圧痛は深層性のものだけでなく、僧帽筋由来の場合もある。頚部椎間板ヘルニアや斜角筋症候群などでも肩甲骨内縁の痛みやコリは生じる。

★膏肓の圧痛は、深層性のもとと僧帽筋由来のもの(トリガーポイント)がある!

4.肩甲骨表面のコリについて

1)肩甲骨-肋骨間への刺鍼

  肩甲骨は上腕の動きにつれて運動量が非常に多い。これは筋活動が多いと同時に、肩甲下滑液包に負担がかかることを意味する。摩擦を軽減させることが滑液包の目的のため。

★肩甲骨の運動量の多さは、肩甲下滑液包に負担がかかることを意味する!

  肩甲骨の裏側が凝るという訴えに対して、肩甲下筋の緊張を緩める目的で、肩甲骨内縁から肩甲骨と肋骨の隙間に刺鍼する。方法は、患側を上?にした側臥位で症状部に響くように5cm刺入。置鍼し他動的上肢の挙上運動を行うのも有効。

★肩甲下筋への刺鍼は、肩甲骨内縁から肩甲骨と肋骨の隙間に刺鍼!

 陳旧性で頑固な症状に対する自宅での運動法としては、「肩甲骨剥がし」運動が効果的。四つん這いになって手を床に着け、背部筋を脱力すると、肩甲骨内縁が立ち上がる(立甲、前鋸筋のストレッチ)。そのまましばらく保持する。要練習。

☆翼状肩甲とは

  上肢を前方に突き出す時、通常であれば、肋骨を滑るように肩甲骨(肩甲骨下部)は上方回旋する。しかし長胸神経麻痺では前鋸筋が緊張せず、肩甲骨側が体幹から離れます。 天使の羽根や折り畳んだ鳥の羽根のように見えるのため、これを翼状肩甲とよぶ。原因として、ゴルフのスィング、テニスのサーブなどのスポーツによるもの、腕を挙げ側臥位での新生児との添い寝、重いリュックを背負うなど。

★翼状肩甲は長胸神経麻痺による前鋸筋麻痺!

😊セルフで行う肩甲骨はがし、「立甲」ともいいます。四つん這いになり、肘を伸ばしたまま床に手を着けて肩甲骨を立たせます。ブルース・リーが「ドラゴンへの道」でやっていたアレです。自分もやってみました。最初はコツがつかめず上手くいかなかったのですが、その内肩甲骨が立つ角度を発見。できているかを確認するためには裸になる必要があり、それが面倒ですぐにやらなくなりました。できる人はあまり(全く)練習をしなくても、さらには床に手を着かなくてもできるようです。

5.筋トーヌスを緩める全身治療

  肩凝りの治療は、凝っている筋に対するトリガーポイント治療が多く用いられる。合わせて、リラクゼーションさせることで全身の筋トーヌス(安静時での筋緊張状態。Aγ興奮度)を緩めることを行うとより効果的。その理論的根拠は次用なものと考えられる。

★肩凝りの効果的治療は、局所治療+全身の筋トーヌス(筋緊張)を緩める!

1)抗重力筋に対する施術

 筋肉は速筋と遅筋に大別できる。コリをもたらすのは遅筋に多いことから、コリの鍼灸治療は、遅筋を中心にした方がよいということになる。すなわち抗重力作用のある筋への施術が重要となる。頚部伸筋群、脊柱起立筋群、ハムストリングス、ヒラメ筋は、姿勢維持のための主要な抗重力筋で「主要姿勢筋群」と呼ばれる。

★遅筋線維の多い「頚部伸筋群、脊柱起立筋群、ハムストリングス、ヒラメ筋」(抗重力筋)へのアプローチが重要!

6.リラクゼーションの鍼灸理論

1)ストレス状態と脳幹網様体の過剰興奮

  脳幹網様体とは延髄・橋・中脳内部にある脳神経核(白色)と神経線維(灰白色)がネットワークを形成している部分をいい、白質中に灰白色が散在する外見をしている。大脳皮質の興奮は下行性に網様体賦活系を刺激し、末梢からの感覚刺激は、脳幹網様体を通過して、大脳皮質に伝達される。

  脳幹網様体を通過するインパルスの数に比例してヒトは意識レベルが決定される。頭を使う仕事をしたり、痛みやかゆみ、身体運動をするなどでは、インパルス通過量が増大するので意識が高まる。とくに歩行(大腿四頭筋活動)やアクビ(咬筋活動)は眠気覚ましとしても効果的。

★脳幹網様体を通過するインパルスの数に比例してヒトは意識レベルが決定される!

2)リラクゼーションの方法

  脳幹網様体を通過するインパルスが少なくなると意識は不鮮明になる。これは言い換えれば脱力状態(=リラクゼーション状態)になるということ。ちなみに精神安定剤は、脳幹網様体のフィルターを強化し、大脳皮質への情報量を少なくする作用がある。リラクゼーションに導くには、暑さ寒さ、明るさ、雑音の遮断、思い悩まない等の条件が必要で、睡眠に導くための環境と重なる。

★リラクゼーションのためには、快適な温度・湿度・明るさ、静かさ、思い悩まない!

 小さな子供が睡眠に導入されるには、揺りかごに揺られたり、母親に背中などをなでてもらったりすると効果的であることはよく知られている。大人であっても、電車の中などで軽く揺られた状態の方が、眠気を生じやすい場合がある。軽微で気持ちのよい刺激を加えることは、不快感を和ませることができるので、無刺激状態よりもリラックスできると考えられる。すなわち上手にC線維を刺激できれば、Aδ神経の興奮を抑制できるという仕組みである。

★リラックスのためには無刺激よりも、上手にC線維を刺激して、Aδ神経の興奮を抑制するべし!

Aδ線維は鋭い痛みや焼けつくような痛み(一次痛)、または冷感覚を伝える神経。一次痛の後のジンワリとする痛み(二次痛う)を伝えるのがC線維。C線維は皮膚に加わった気持ちよいという感覚も伝える。軽擦、揉捏、押圧、いずれもゆっくりとした刺激によりC線維は反応する。

 快適な指圧マッサージでリラクゼーションを図ることと同様、抗重力筋に行う軽い刺激の鍼治療もリラクゼーションの作用がある。リラクゼーションは脱力をもたらし、筋トーヌスのレベルを下げることができる。

★リラクゼーションのためのポイントは感覚神経のC線維!

🥰睡眠中に分泌されるホルモンのメラトニンには、細胞の免疫力を向上させる働きがあります。幼児期はメラトニンが多く分泌されるため、幼児期の昼寝は成長のためにとても大切なものと考えられています。大人であっても、昼寝は肉体的疲労の回復、精神的緊張の緩和に効果があり、でき得るならば、生活の中にうまく昼寝を取り入れて、パフォーマンスの向上、仕事の効率UPを図りたいものです。

☯東洋医学で頚腕痛をとらえる

 頚腕痛は運動器疾患に分類され、肩こり、寝違え、ムチウチ症、斜角筋症候群、頚椎椎間板ヘルニアなどは経筋の観点から病証をとらえ、患部や遠隔部の取穴を行い治療にあたる。気血津液、臓腑の状態を把握することも大切である。

頚項部の痛み、だるさ、運動不利(可動域の狭小)を主訴とする病症を「落枕」という。原因には、睡眠中の不適切な姿勢(寝違え)、外傷による頚部捻挫(ムチウチ)、当該部位の疲労の蓄積などがあり、頚項部への風寒の邪の侵襲などにより悪化する。

〇損傷しやすい経絡

・寝違え →手少陽経(三焦)、足少陽経(胆)、手太陽経(小腸)

・ムチウチ→足太陽経(膀胱)、督脈

〇八総穴

 八総穴とは、奇形八脈(衝脈、陰維脈、帯脈、陽維脈、督脈、陽蹻脈、任脈、陰蹻脈)の主治穴で、正経十二経脈と奇経八脈が密接に関係していところから、八脈交会穴ともいう。足と手の組み合わせになっており、例えば、督脈上の痛みであれば「後谿」を取り、合わせて「申脈」も取るという使い方をする。

  公孫 (衝脈)-内関(陰維脈)

  足臨泣(帯脈)-外関(陽維脈)

  後谿 (督脈)-申脈(陽蹻脈)

  列缺 (任脈)-照海(陰蹻脈)

 公孫 (脾、絡) :太白穴の後ろ1寸。   内関(心包、絡):前腕内側、手関節横紋上上2寸。

 足臨泣(胆、兪木):第4・5中足骨底間。   外関(三焦、絡):前腕外側、手関節横紋の上2寸。

 後谿 (小、兪木):第5中手指節関節の上。 申脈(膀)   :外果直下5分。

 列缺 (肺、絡) :太淵の上1.5寸。     照海(腎)   :内果直下1寸。

kiichiro

鍼灸師。東洋医学について、健康について語ります。あなたの能力を引き出すためには「元気」が何より大切。そのための最初の一歩が疲労・冷え症・不眠症をよくすること。東洋医学で可能性を広げられるよう情報を発信していきます。馬込沢うえだ鍼灸院院長/日本良導絡自律神経調整学会会員/日本不妊カウンセリング学会会員//日本動物愛護協会会員