鍼灸師が何を考え、どこに鍼を打っているのか?「末梢循環器症状をやわらげるために」編

はじめに

 鍼灸が生体に及ぼす作用は、主に次のようなものです。

筋緊張の緩和、興奮した神経の鎮静化、機能低下している神経筋の賦活化、内因性鎮痛物質の分泌、自律神経の調節、痛みの情報伝達の調整、血流促進、血球成分の変化、等々。

これらの働きによって痛みが軽減したり、コリがほぐれたり、体調がよくなったりします。

解剖学や生理学をベースに行う鍼灸を「現代医学的鍼灸」、経絡や経穴・経筋、気血水、陰陽、五臓といった概念に基づいて行う鍼灸を、一般的に東洋医学(中医学)鍼灸などとよびます。東洋医学の治療は、東洋医学独自の病の見立てである「弁証」と、状況に応じた対処法「論治(選穴、取穴、刺鍼施灸、手技)」によって成り立っています。西洋現代i医学、東洋医学と、背景にある考え方が違っていても、結果的に用いるツボが同じになることは珍しいことではありませんが、日本において、患者さんが東洋医学の病名や用語を口にすることは、まずもってありません。よって現代医学的な診断を参考にしながら、東洋医学的な分析をしつつ、ことにあたる必要があります。

 鍼灸師は、どこに鍼や灸をすれば最も効果的か、といったこと考えながら鍼灸施術を行っています。ここに記すものは、私が鍼灸専門学生時代のカリュキュラムにあった、「似田先生の『現代鍼灸臨床論』」という科目に対しての理解をより深めることを目的の一つとしています。非常に中味の濃い授業であり、時間をかけてしっかりと勉強したいと思っていましたが、学生時代は国家試験に合格することに専念しなければならないため、あまり時間を割くことができませんでした。臨床に携わる鍼灸師として、諸先輩方の残してくれたものをできるだけ自らの血肉骨にして、少しでも世の中の役に立てればと考えております。

※東洋医学とよばれるものには中医学の他に、インドのアーユルヴェーダ、イスラムのユナ二医学、チベットのチベット医学などがあります。

〇遠隔療法と反射について

 肩が凝っているときに、その凝っている筋肉に鍼灸をすると、コリが和ぎます。その理由は、凝っている部分の血流が促進されることで疲労物質の滞りが解消されたり、筋肉の伸長収縮度合いが正常に戻るからです。ですから症状が出ている(凝っている)部分に鍼灸をすることには意味があります。では鍼灸が、内臓の異常に働きかけるためにはどうしたらいいでしょう?内臓に直接鍼を打つといった方法もありますが、受け手の負担も大きく、一般的ではありません。そこで反射(東洋医学なら経絡)といった概念が利用されます。

 反射とは、刺激に対して無意識(大脳を介さず)に、機械的に起る身体の反応のことです。例えば、熱いものに手を触れたとき即座に手を引っ込めるのは、考えてから引っ込めたのでは遅いからです。鍼灸刺激によって反射(体性内臓反射)を起こし、生体に元々備わっている治癒力が賦活(活性化)されます。

・内臓体性知覚反射

 内臓の異常は、その内臓を支配している自律神経とほぼ同じ脊髄反射区の皮膚領域を過敏にし、普通では痛みとはならない程度の皮膚刺激でも、その部位に疼痛また異常感覚を伴なうようになるというもの。

・内臓体性運動反射

 内臓異常による求心性の興奮は、対応する体壁(皮膚や筋肉)に運動性の変化として、筋緊張・収縮などを起こすというもの。いわゆる凝りの現象で、内臓疾患による筋性防御のあらわれ。

・内臓体性栄養反射

 交感神経を切断すると支配下の筋群は緊張を失って代謝障害に陥る。内臓に慢性疾患が長期に渡ると、体壁に萎縮・変性があらわれてくるというもの。

・内臓体性自律系反射

皮膚にある汗腺、皮脂腺、立毛筋、および末梢血管系を支配する自律神経系の反射で、交感神経性皮膚分節の領域に反応があらわれるというもの。

汗腺反アセ汗として、立毛筋反射は鳥肌、皮脂腺反射は皮脂として、皮膚血管反射は皮膚の冷え、ほてりとなってあらわれる。

・内臓体性反射

一定の体壁を刺激すると、その興奮は脊髄後根に伝えられ、脊髄の同じ高さに神経支配を受けている内臓に反射作用があらわれるというもの。このときに、内臓にあらわれる現象は、運動性(蠕動、収縮など)、知覚性(過敏、鈍麻)、分泌性(亢進、抑制など)、代謝性ならびに血管運動性(小動脈の拡張、収縮など)である。 

末梢循環器症状には、冷え性、のぼせ・ほてり、血圧の問題、静脈瘤などがあり、原因が特にははっきりとしない本態性のものと、病気に伴って起こる症候性(二次性)のものがあります。

第1節 冷え症

1.四肢温度と核心温度

 体の内部の温度を「中枢(核心)温度」といい、深部(核心)温度は、脳や心臓などの大切な臓器の働きを保つために安定しています。手足の末梢や顔の表面の温度は、季節や環境の影響を受けやすいため安定していません。

  恒温動物の深部温度は、内部環境保持のために一定温度(ヒトでは37℃)に保たれています。

 体幹深部で温められた血液は、血流を通して末梢を温めますが、四肢の体温は末梢に近いほど外気温に並行して下行する変動性があります。これは限られた熱エネルギーでやりくりするため、内臓活動機能に不可欠な核心温度を優先保持するための犠牲といえます。

※「冷え症」とは疾病であり、「冷え性」とは体質傾向をさす。

★核心温度を優先させるため、末梢は犠牲になる!

2.器質的疾患に付随する冷え症

1)低血圧

 低血圧とは、動脈を巡る動脈の圧力が異常に低い状態のこと。高血圧ほど重要視されておらず、日本では明確な基準を定めていません。WHOの基準では収縮期血100mmHg以下、拡張期血60mmHg以下を低血圧としています。
しかし、血圧がこの数値以下というだけで問題になることはなく、他の症状(多くは、手足の冷え、めまい、立ちくらみ、頭痛、疲労感、朝の活動がにぶいなど)で悩まされたときに問題視されます。

 眠っている間は、冷え性の人も手足の末梢血液循環が拡張しているため、健常者では冷えはなく、寝覚めは比較的楽なはずです。朝がつらい人は低血圧による冷えを考えます。心臓のポンプの力が乏しいので、末梢の血管まで血液を届ける勢いがないことによる冷え症といえます。

★問題は低血圧そのものではなく、それに伴う症状!

2)貧血

 低血圧は血液の循環が悪くなるのに対し、貧血は血液の質が悪くなります。

 貧血の結果、各器官に送られる酸素濃度が薄くなります。これにより、細胞での栄養燃焼が不完全になり、全身を効率よく温められないので、全身の冷えが出やすくなります。

★貧血は冷えを招く!

3)ホルモン分泌不足

①甲状腺ホルモン分泌不足

 甲状腺ホルモンは、身体の新陳代謝を促すことに関わっているため、甲状腺の 機能が低下すると冷え性となります。老人性の冷え症、甲状腺機能低下症の者の冷え症に該当。   

 他に甲状腺機能低下では、いわゆる腎虚(易疲労・冷え・徐脈・色黒顔貌)的症状が出現します。

 治療は補充療法として甲状腺ホルモン投与。交感神経優位に誘導する鍼灸は速効するものの、持続性に乏しい。東洋医学的対応は温陽補腎。

★甲状腺機能低下で冷え性となる!

②カテコールアミン分泌亢進

 カテコールアミンとは、副腎から合成・分泌される神経伝達物質(アドレナリン、ノルアドレナリン=ともに交感神経緊張作用)の総称。副腎の異常によってカテコールアミンが過剰に分泌すると、重度の高血圧や過度の発汗、動悸、頭痛、精神的興奮などが起こるようになります。逆に、カテコールアミンが不足すると、心身の脱力倦怠感をおぼえ、意欲低下、抑うつ状態となります。

 器質的疾患には褐色細胞腫(副腎髄質から発生する腫瘍。若年者の易変動性高血圧が認められる)があります。

 アドレナリン  :恐怖に関係。心拍促進と血糖上昇作用。

 ノルアドレナリン:激怒に関係。末梢血管収縮作用→冷え

 ※怒りで顔が赤くなる人(アドレナリン分泌過多=おびえている人)は怖くないが、青くなる人(ノルアドレナリン分泌過多=起こっている人)は怖い。

★カテコールアミンが交感神経を緊張させ冷えを招く!

③黄体ホルモン不足

 成熟女性において基礎体温の高温期をつくっているのが黄体ホルモン。黄体ホルモン分泌開始期である思春期女性と、分泌終了期である更年期女性が冷え性になりやすいのは、ホルモン分泌が不安定となるため。生理直前は手足の冷えを感じるのは黄体ホルモン分泌低下によるもの。

★黄体ホルモン不足により冷え性となる!

治療:女性ホルモン剤投与。ただし思春期や更年期にともなう女性ホルモンの増減は、自然な変化でもあるので、意識の持ち方や自律神経訓練でもある程度改善が望めます。

 女性ホルモン注射の意義は、不足したホルモンを補うための治療(補充療法)ではなく、ホルモンのもっている自律神経調整作用によって治ると考えられています。

★ホルモン補充療法は、ホルモンの持っている自律神経調整作用!

〇更年期障害の女性に対する女性ホルモン(エストロゲン)投与

 →注射すると、のぼせ・ほてり・発汗亢進に効果的。

〇更年期障害の女性に対する男性ホルモン(テストステロン)投与

 →疲労感・無気力・冷え性・不眠に対して効果的。

 長期間(1ヵ月以上)テストステロンを注射すると声が低くなりスネ毛が濃くなるなどの副作用が出現する場合あり、3回程度では副作用はまず起こらない。

※男女の男性ホルモンの比率は女2:男3であり、女性が極端に低いわけはない。65才以上になると男女とも男性老化が進むが、これは両性とも男子ホルモンの減少によるもの。

★更年期にみられる冷えなどにはホルモン療法が行われる!

😊更年期障害によく見られるのが冷えのぼせ。現代西洋医学では、ホルモンのアンバランスやそれに伴う自律神経の乱れとしてホルモン補充療法などが行われます。東洋医学では、冷えのぼせを上熱下寒といい、治療にあたっては、冷えやのぼせ以外の随伴する症状(睡眠、便、精神状態、痛み、脈や舌の状態)にも目を向け治療を進めてていきます。

<冷え性を伴なう疾病の鑑別>

 冷え性の訴え

  ↓

   -朝の寝覚めがつらい→低血圧症

   -動悸・息切れあり→貧血

   -婦人科手術後、更年期女性、発汗過多、のぼで→更年期障害

   -徐脈、肥満傾向、色黒→甲状腺機能低下症

  ↓

 機能性の冷え症

★冷え性の背景にはいろいろある!

4)女性骨盤内循環不良

〇血瘀証と瘀血

血瘀証とは血の巡りが悪くなった状態で、その際に生じる病理産物が瘀血。瘀血によって更に体調悪化を招きやすくなるため、積極的改善が求められます。

①病態生理 

 女性の骨盤内臓器で、多量の血液が集まる子宮や卵巣、またその骨盤内周辺はとくに瘀血になりやすい場所です。その典型的所見が、左下腹部にみる少腹急結証。骨盤内瘀血があると、それより末梢の血流も悪くなり、腰から下の下半身全体に冷えが出現しやすくなります。さらに骨盤内瘀血は、婦人科疾患や不妊症などの素因を形成すると考えられています。

★骨盤内瘀血は、婦人科疾患や不妊症の素因となる!

②治療:骨盤内瘀血の改善を目標とする。活血化瘀。

a.漢方薬の駆瘀血剤(桃核承気湯、加味逍遙散、当帰芍薬散、桂枝茯苓丸など)

b.下腹部、腰部、仙骨部を中心とした鍼灸治療

3.機能的冷え症の病理機序

1)熱の産生不足

 体幹部核心温度が低下しそうになったら、

身体が冷えると、交感神経によって末梢血管は収縮して放熱を防ぎ、さらに不随意な筋収縮により産熱が起こるといった身体の産生熱量を増加させようとする機序が働きます。熱源は内臓(とくに肝臓熱)と骨格筋(震え熱)で、これらの代謝亢進のために、甲状腺ホルモン(サイロキシン(T4)とトリヨードサイロニン(T3))や副腎髄質のカテコールアミン分泌が増加します。

★身体が冷えると、甲状腺ホルモン、副腎髄質ホルモン増加しして、核心温度を一定に保つ!

2)寒冷時と温暖時の皮下組織と真皮の機能

 四肢体表の構造は、深部から皮下組織→真皮→表皮です。皮下組織は多量の脂肪を含んだ組織で、血管・神経・汗腺などを保護しています。真皮と表皮は合わせても2mm程度に過ぎません。皮下組織は断熱性に富み、その表層を血流の豊富な真皮があり、真皮の浅層に血流のない表皮があります。寒冷時には真皮の血流量は下がりますが、皮下組織の断熱作用により深部皮膚温の低下は防がれます。温暖時には、真皮の血流を増加させ、皮膚温を上げることで熱を外に逃がします。

★皮下組織は断熱性に富み、真皮は血流豊富!

3)皮下動静脈吻合(=グロムス機構)の役割

 皮下において動脈と静脈が吻合しています。

 血液循環は、動脈→毛細血管→静脈という基本構造をもち、毛細血管では酸素や栄養素の受け渡しが行われます。この毛細血管は、表皮から約0.2mmの深さにあり、これとは別に、末梢毛細血管を経由しないで、細動脈→細静脈へ、あるいは、細静脈→細動脈へと血流がショートカットする部分が唇や耳鼻、手指や足指(要するにウェットスーツのフルスーツで覆われない部分)に存在します。このような部位を動静脈吻合とよび、汗腺や毛包のレベルより浅い処で、表面から約1mmの深さ(要するに真皮の奥)にあります。動静脈吻合の役割は余分な熱を逃がすことです。

 暑い日には、動静脈吻合を開いて、末梢の血流量を増やすことで、放熱量を増加させて核心温度の上がり過ぎを防いでいます。寒い日には、動静脈吻合を閉じて、末梢血流量を減らすことで、熱の逃げるのを防ぎ、核心温度を下がり過ぎないようにしていて、その代償が「手足の冷え」ということになります。

★動静脈吻合の開閉により核心温度を保っている!

4)皮膚温低下のみられない足冷

 足冷が生ずるのは、核心温度を守る合目的性からです。もし足冷がないのであれば、足部皮膚から熱が盛んに逃げているということですから、体温も下がるようなら核心温度が失われている危険な状態です。これは足冷者よりも深刻な状況だといえます。首周りに等はマフラー等はしない方がよい。というのは、寒さを感じるセンサーは首に密にあり、マフラーによってセンサーは「体は温かい状態にあるから、末梢血管を閉じる必要がない」と判断してしまうため。治療法は、皮膚温低下のみられる足冷者と同様に行います。

★足が冷えず、体温が下がるのは危険な状態!

4.冷え症の鍼灸治療

 冷え症の3大原因は、①熱が逃げる(放熱)、②熱の製造力不足、③熱が回らない。衣類による防寒は①の対策で。治療としては②と③を考えます。

 ①の熱の製造不足ついては、鍼灸治療で基礎代謝上昇ホルモンに直接働きかけることは困難であるため、したがって最も原始的な「身体を温める」ことを行うことになります。

 立位や坐位状態にある患者を、十数分間仰臥位を保持させるだけで、理論的には身体は副交感神経優位になり、結果として足は温かくなる計算であるから、冷え症の治療は仰臥位で行うのが前提となります。

★仰臥位で副交感神経となり足は温かくなる!

1)腰仙部の長時間保温(似田先生の方法)

 治療室内は適温に保つ。伏臥位にて腰仙部を露出させ、赤外線(または遠赤外線)照射を実施。照射部以外は頭部を除き、バスタオルで覆う。深部までの加熱を行うため照射時間は温和な加熱で20分以上必要。(ローストビーフを上手に焼くには、火の肉を芯まで通さねばならない。それには長時間の弱火がよい。短時間の強火では肉の表面が焦げるだけ)。この時重要なのは、足は直接温めないということ。腰仙部を温めることにより、足部皮膚温を上昇させねばならない。換言すれば、足部皮膚温が正常になるまで、腰仙を温め続けるべきである。

 赤外線照射の代わりとして、灸頭鍼や箱灸の使用は、20分間の温熱治療ということを考慮すると実施は難しい。温めたコンニャクを使うというのは一つのアイディアだが、その間は該当部位に置鍼ができなくなるので、鍼灸院で行う方法としては必ずしも適さない。

★腰仙部を低温で長時間温めるべし!

①熱湯で温め、タオルでくるんだコンニャクを伏臥位の患者の仙骨部に置く。1回20~30分を目安する。1日に何回でも可。コンニャクは10回程度使える。

②腰仙部の多壮灸(郡山七二「現代針灸治法録」)

 冷え症には、腰仙部の経穴を数ヵ所(大腸兪や次髎など)選び、多壮灸する。他の治療を行う暇があるならば、壮数を増やすことを考える。

2)足冷時の首マフラー、足火照り時の首のアイスノン

 動静脈吻合の開閉は、そこにある交感神経に支配されている。寒い日には末梢血管にまとわりつく交感神経は緊張して血管は細くなり、動静脈吻合は閉じるので、熱が漏れにくい。

 ところで「寒い」と感じるセンサーは、首に密にあるらしい。寒い日でもマフラー等を使って首を保護すると、比較的寒さを感じにくい。ということは、手足の動静脈吻合が閉じないので、手足末梢の血流は減らず、従って手冷足冷になりにくい。なお就寝時にマフラーは装着しづらいが、ネックウォーマー等で代用できる。

 その逆で、足が火照るという人は、後頭部をアイスノンなので冷やして布団にはいるとよい。これに動静脈吻合はあまり開かなくなる。すなわち手足の末梢の血流は増大しないので、手足の温度上昇はおこりにくくなる。なお、足が火照るからといって、足を水に濡らしたりすると、やった直後は快適だが、すぐに余計に足が火照るようになる。

★マフラーで首を温めるれば、手冷足冷になりにくいのは、寒いと感じるセンサーが首にあるため!

3)就寝時の足冷えに足先を膝窩に持って行き、自分の体温で温める方法

・右足を温める場合

 右足の裏を左大腿の内側に、かつ右足先を左大腿と左下腿で挟むように膝裏に当てるようにする(左右両脚とも外転外旋位になる)と、自らの体温で足先を温めることができるので、やってみるとよい(似田先生)。また似田先生は次のようにも述べています。

★足先を大腿と膝裏で挟むべし!

※足冷に咳をすること

 冷え性ではないが、寒冷時に布団に入った後、いくら待っても足が温まらず、寝付けないことがある。ある晩、そうした中で、たまたま咳が5~6回連続して出た。するとその直後から足に熱い血の流れを感じ、足が温まることを経験した。ついでに今度は意識的に咳をしてみると、さらに足が温まった。咳をする→副交感神経緊張→下肢動脈血管壁拡張→足冷の改善という機序が考案できる。

 布団に入り身体が温まると、咳が出ると訴える者がいる。これは副交感神経緊張→咳という機序が考えられるが、自ら咳をすることが副交感神経緊張に導くことができることを発見した。

★意識的に咳をすると足冷が改善できる可能性あり!

4)沢田健氏による寒熱に対する治療について

①内臓の熱をとるには、岐伯のいうように「臓腑の熱をとるに五あり。五の兪の内の後の十を制す」とあって、これは脊の五臓の兪穴の第一行のことをいっている。これによって内臓の熱を診し、またそれを去ることができると沢田健は述べた。

※沢田健:明治11年生まれ。沢田流鍼灸開祖。呑気堂主人。「医道乱るれば国乱る、国の乱れを正すは医道を正すに如くはなし」と説いた。

※岐伯:中国医学における三大古典の1つ「黄帝内経」に登場する医家。黄帝内経は、黄帝と師岐伯との問答形式で記されている。

②外感の寒熱を去るには熱府・寒府を使用

a.熱府(風門)

 甲乙経に風門熱府とある。熱府=風門。熱府とは熱の集まる処という意味。門は出入り口で、入口をふさぐことが風邪の予防になり、出口を開けることが風邪の治療になる。いかに高熱である者でも、風門に鍼するのは差し支えない(灸は控える)。

 風邪の抜けぬ者では20壮~30壮すえると早く治る。臍より上の寒気は風門でとれる。つまり熱府は、寒邪にも熱邪の治療にも用いる。

 寒さを防ぐためにマフラーをし、熱中症時に首の後ろを冷やす。

★熱府(風門)は熱邪にも、寒邪にも使える!

b.寒府(足陽関)

 寒府=陽関(足)。陽陵泉の上3寸。膝外側、大腿骨外側上顆の上、陥凹部。素問では足の陽関を寒府といっており、「寒府は膝の下の解営にあり」とある。下から上がってくるような寒さは、まず膝に患者集まる。そこで膝や膝蓋骨が非常に寒くなる。膝より下の寒邪を去るには寒府を用いる。

★下からの寒さには足陽関!

5.根底に冷えがある疾患・症状 

 東洋医学では、「冷え」を非常に重視しています。一見して冷えと関係ない症状であっても、その真因として、冷えを考えることが多くあります。これは生命の営みはすべて熱エネルギーであることを鑑みれば、当然といえるでしょう。

1997年北里研究所東洋医学総合研究所で、日本初の「冷え症外来」を開設。

★病は冷えから!

1)胃腸障害

 腹部は四肢と異なり、本来核心温度を維持すべき部位です。「寝冷え」などで腹部内臓温度が下がると、胃腸機能の低下を起こします。消化吸収という本来の仕事を放棄して、胃腸内容物を下方へ通過させてしまいます。この結果、胃腸の蠕動運動亢進→下痢腹痛となります。また慢性的に下痢を起こしやすい人は、慢性的にお腹が冷えていることが多くあります。

★お腹が冷えると下痢腹痛!

2)膀胱炎

 膀胱部の血流が悪くなると、免疫機能が低下し、健常児ならば無害な常在最近(おもに大腸菌)にも容易に感染し、膀胱炎(排尿時痛、尿混濁、残尿感)となります。とくに女性は尿道が短いので、細菌が膀胱まで侵入しやすいので、男性に比べ膀胱炎を起こしやすい。膀胱炎を起こしやすい人は、慢性的に冷えている可能性が大。

★体が冷えていると膀胱炎になりやすい!

3)Ⅰ型アレルギー

 気管支喘息・アトピー性皮膚炎・鼻アレルギーに代表されるⅠ型アレルギー疾患では、アレルゲンの感作によりヒスタミンなどの血管拡張物質が放出されます。血管拡張物質は、外気温とは無関係に、一方的に血管を拡張させ、結果的に放熱を盛んにするので冷えを生じやすくなります。

★アレルギーはヒスタミンなどの血管拡張物質を放出し、冷えを生ずる!

4)不眠

 入浴や運動で体温を上げると眠くなるように、体温が高いほど睡眠総量(質と量)は多くなります。逆に手足に冷えがあると、それが苦になって入眠の妨げになります。睡眠の本質的目的は、過熱状態にある脳の冷却にあるので、体温が低ければ、睡眠総量が減ることになります。

★冷え性の改善が入眠をもたらし、眠りを深くする!

5)めまい・立ちくらみ

 起立性低血圧とは、急に立ち上がった際、一過性脳虚血が生じ、めまい・立ちくらみが起こります。これは起立時に起こるべき四肢抹消血管収縮が不十分なためで、自律神経(交感神経)がうまく働かないことによるものです。

 とくに寒冷時に、末梢血管があまり収縮しない状況(末梢血管はすでに収縮気味にある)では、末梢血管抵抗が減少して起立性低血圧を起こしやすくなります。

★めまい、立ちくらみは、末梢血管抵抗の減少!

第2節 ほてり・のぼせ

1.定義

・ほてり(火照):身体の全部または一部が、自覚的または他覚的に熱くなること。皮膚の血管が拡張して血液が多くなって生じる現象。血管運動反射の異常(中枢は延髄)

・のぼせ(逆上):頭顔面に限局したほてりのこと。顔面や頭部の血管が拡張して起こる現象。

2.のぼせ・ほてりの原因

 熱い風呂に長く首まで浸かっている時、誰でも顔がほてり、のぼせてきます。これは首から下の身体が温められ、ここから放熱できないので、顔や頭から盛んに熱を放散しようとして、浅層静脈の血流が増加している状態です。

 日常においても、身体から熱の放散は行われていますが、身体全体から均一に放熱されているわけではありません。熱の放散は、皮下脂肪の薄い部や、衣服を身に着けていない部から行うのが効率的。頭顔面部と前腕や下腿、とくに手掌・足底・指部がこれに適しています。これらは、ほてりを生じやすい部でもあります。

 寒い屋外から気温の高い室内に入ったときに、のぼせることがあります。入浴で生じたのぼせが風呂から出た後、しばらくすれば治まることとどうように、このときののぼせは、通常ほどなくなくなります。もし、のぼせが長時間続くようであれば、収縮した末梢血管がうまく拡張していないためで、自律神経の働きに問題があることになります。

★生理的なのぼせやほてりは、体の余分な熱を逃がすため!

1)原疾患による二次症状としてののぼせ

 以下の疾患は急性ののぼせが生じますが、原因追及は比較的容易です。いずれも鍼灸院には、まず来院しません。

 発熱疾患……体温の上昇を伴なう

 多血症(≒血熱)

 脱水症(≒陰虚火旺)

※陰虚火旺:早急に輸液が必要なほどの脱水でみられるので、鍼灸には来院することはない。体内の水分が減少したため、身体を冷却するための汗を出すことができず、体温が上昇する。古典では陰分が減少したため、相対的に陽分が強くなり、陽が増えたようにみえる状況と説明される。陰虚火旺に対しての治療原則は、水分を補給し体を冷やす補陰制火となります。

2)自律神経・ホルモンの機能異常

 -女性ホルモン不足-更年期障害(最も多い)

         -卵巣・子宮の摘出手術後

 -精神緊張に伴う自律神経異常

 更年期障害で多くみられる症状。自律神経失調症や不定愁訴症候群では、更年期障害のと同様に多愁訴ですが、周期的発作的に生じるのぼせ・ほてり、それに発汗異常は更年期障害特有で、女性ホルモン分泌低下を是正しようと、下垂体前葉からの性腺刺激ホルモンが断続的に活発に分泌されて生ずるものです。発汗異常は、のぼせ・ほてりに引き続き出現します。

 精神緊張時には大脳に一度に多量の血液が流れ、また脳内深部温度が上昇するので、顔や耳が赤くなり熱っぽくなったりします。恥をかいた時や、不慣れなスピーチをするときなどでみられます。

※このような場合、手軽にできる対処法として顔面を冷たい水で冷やすとよい。

★精神緊張時ののぼせ(顔面部の紅潮)はとりあえず顔を冷やして対処する!

3)足が火照って眠れない場合

 入眠時に足が温かくなるのは生理的な現象ですが、過ぎれば眠れなくなります。

 四肢は、断熱材である皮下組織と、血行豊富な真皮、血行のない表皮の三層構造になっています。寒い時期は真皮に行く血行は乏しく皮膚温は冷たいのですが、皮下組織の断熱材があるので四肢深部御は比較的温かさが保たれます。

 暑い時期は、手掌や足底など動静脈吻合の豊富な部位から余剰の熱を放出するので、手足は温かい。しかしこれも程度を超えると、手足が火照るという症状が生じます。

 火照りを感じやすいのは就寝前。というのは人間の体温は、日中の活動時に高く設定されていて、脳内温度も同様に覚醒状態が続くにつれて高くなります。しかし脳内のオーバーヒートを防ぐため、意識を鈍化させることで脳内血流量を減少させようとし、この結果生じるのが「眠気」です。

 脳内血流量を減少させるための方法として効率的なのが、手掌や足底からの放熱で、その結果として手足のほてりが生ずるわけです。対策としては、手足を布団から出して寝る、踵の下に座布団を入れて、少し足を高くして寝るなどが考えられます。寝る際にアイスノンなどの首の下に置く方法も有効。これは今は暑くない、これにより「だから足から放熱する必要はない」ということを脳に誤認させます。

★脳のオーバーヒートを防ぐために眠気は生じる!

3.のぼせ、ほてりの治療

 鍼灸に来院する患者の、のぼせ・ほてりは、ほとんどが更年期障害に起因するので、「更年期障害」として治療を実施するのが普通です。ただし、本愁訴に対する治療は不明。

😊のぼせ・ほてりを東洋医学的に考えれば陰虚であり、さらに更年期障害に起因するということであれば腎の虚と捉えることが出来ます。つまり、本治法は腎陰虚を対象としたものが中心となり、治則は補腎陰となります。

4.熱中症とは

 核心温度が上昇し、42℃を超えると、脳を始じめとするさまざまな臓器に障害が及び、これを熱中症とよびます。大量に発汗した後は、体内の水分が減少して汗が出せなくなり、その後は急激に深部温が上昇します。熱中症を予防するためには、水分補給が最も重要ですが、合わせて、涼しい場所に身をおき、状況によれば積極的に体を冷やすことも必要となります。咽の渇きは、塩分濃度に関係しています。発汗により水分でだけでなく塩分も放出すると、咽の渇きも感じにくくなるので、塩分も補給するようにします。

★予防が大切なのは熱中症も同じ!

第3節 末梢動脈閉塞性疾患

1.レイノー病(レイノー現象)

 冷気に触れたときや精神的に緊張したときに、手足の血流が一時的に悪化する状態。

1)病態・症状

・寒冷暴露に対して四肢先動脈が一過性に収縮する(主幹動脈拍動は消失しない)

・左右対称の指に起こる発作的な色調変化が初発。一次相は蒼白、二次相はチアノーゼ、三次相は動脈拡張による発赤。発作時は患部の知覚異常を訴える。

2)分類 

 レイノー現象が単独で出現するものをレイノー病とよびます。レイノー病は機能的血管収縮によるもので若い女性に多い。

一方根底に器質的疾患があり、症状の一つにレイノーがあるものをレイノー症候群とよびます。レイノー症候群はレイノー病に比べて圧倒的に多い。レイノー症候群をきたす原疾患には慢性動脈閉塞症が多い。その代表は、閉塞性動脈硬化症(ASO)、バージャー病(閉塞性血栓血管炎 TAO)、膠原病です。

 1次性:レイノー病(機能的血管収縮)

 2次性:レイノー症候群-慢性動脈閉塞症(閉塞性動脈硬化症、バージャー病)

            -膠原病(全身性エリテマトーデス⦅SLE⦆など)

            -胸郭出口症候群ほか

★レイノー症候群をきたす原疾患には慢性動脈閉塞症(ASO、TAO)が多い!

3)レイノーの鍼灸治療

①レイノー症候群の鍼灸治療の治療効果

 レイノー現象出現時に鍼灸をすることは、タイミング的に難しいので、非発症時に鍼灸をすることになります。症候好発の指間と前腕穴(手三里など)に刺鍼パルス通電をすると、発作が起きにくくなる傾向があると考えられています。

★レイノー症候群に鍼灸は有効。合わせて適度な運動、正しい食事、充実した睡眠を心がけよう!

②代田文誌氏の鍼灸治療 

 レイノー病により左右の手の指端が黒色に変わり壊疽が始まったばかりの患者に対して、血管周囲神経に刺激を与える鍼灸治療を6ヵ月間行い、指端の壊疽発生を防止できた。鍼灸治療を継続しても、重症のものでは6ヵ月~1年ほど要する。(「鍼灸臨床ノート③④」医道の日本)

★レイノー病壊疽に対しての局所治療、重症なものでは半年~1年かかる!

a.上肢の手指の治療:洞刺、沢田流合谷(標準合谷と陽谿との中点で橈骨動脈手背枝拍動部)

b.下肢の足趾の治療:衝門(鼠径溝にある大腿動脈拍動部)、太衝(第1・2中足骨底の間で足背動脈拍動部)

c.四肢共通の治療:指先井穴刺絡

★レイノー病に対しての刺鍼部位、洞刺、沢田流合谷、衝門(脾)、太衝(肝)、井穴!

2.慢性閉塞性動脈硬化症(ASO)

 主に下肢の、大血管が慢性に閉塞することによって、軽い場合には冷感、重症の場合には下肢の壊死に至ることがある病気。

1)原因と症状

 加齢性病変(50才以上)で、動脈硬化の部分症状。動脈造影では、下肢の比較的太い動脈の、虫食い像がみられる。上肢に起こることはまれ。危険因子はタバコ。

 本症があれば、冠状動脈疾患や脳血管障害の生ずる頻度が高くなります。症状が進むと数百メートル歩くだけで、ふくらはぎなどに痛みが生じ、休みながらでないと歩けなくなる間欠性跛行を呈します。安静にしていても激しく痛む場合もあり、最悪の場合、足が壊死します。

★慢性閉塞性動脈硬化症の危険因子はタバコ!

2)フォンティン分類(閉塞性動脈硬化症の分類)と治療指針

 血行障害による筋の阻血の程度により、重症度がきまる。

 第1度:しびれ、冷感 →週1回の硬膜外ブロック 

 初期の症状ですが、日常的に見られるので、ASOを発症していると気づかないことも多い。

 第2度:間欠性跛行 →持続硬膜外ブロックと強制歩行訓練

 脊柱管狭窄症など、他の間欠性跛行をきたす病気との判別を要します。

 ※歩行時は安静時と比べて、10~20倍の血液を必要とする。  

 第3度:安静時痛(とくに夜間就寝中)の痛みが強くなる。

 足が黒く変色し、深爪や小さな傷が治りにくくなってきます。

 第4度:阻血性潰瘍・壊死      -入院治療、人工バイパス術、下肢切断術

 足先に血液が届かなくなり、つま先やくるぶし周辺に、傷をきっかけにしてただれや潰瘍ができてきます。壊疽を起こし、足を切断しなければならないケースもあります。

 ※強制歩行訓練:関節性跛行症状が出る距離の8割程度を一定のスピードで歩かせ、筋肉の発達を促す。週3回以上、1回休息時間を除き、30分間以上の歩行が必要。

重症化した場合の2年生存率は5割程度、中程度の症状でも5年で3割程度。

★ASOを甘くみてはいけない!

3)現代医学的治療

検査:足首と上腕の血圧を同時に測定し、その血圧差を比較して判定します。正常時では上腕より足首の血圧の方が高めですが、もし足首の血圧の方が低ければ、足の血流障害が起こっている疑いがあります。

治療:

①積極的に歩く運動を行うことによって、血流が増えて回路路とな血管がつくられ、症状の改善が期待できる。血液を固まりにくくする薬なども服用。この治療で回復しない場合、バイパス手術やステント手術を検討。

②バイパス手術

 詰まった動脈の迂回路として、人工血管や脚の別の部位から採取した血管を縫いつける。手術による負担は大きいが。確実に血管を確保できる。

③ステント術

 脚のつけ根の動脈からカテーテル(細い管)を挿入し、ステント(形状記憶合金でできた筒状の細い金網)を用いて、血管が詰まって狭くなった部分を広げる。バイパス手術に比べると体への負担が軽い。

★ASOじゃなくても、適度に運動しよう!

4)鍼灸治療

 閉塞性動脈硬化症は、不可逆的な器質的疾患ですが、ASO動物実験による基礎研究によれば、鍼治療によりVEGF(血管新生誘導因子)が産生されるという報告があります。VEGFが産生されれば、血管が新生されて側副路が発達することにより、虚血症状が改善される可能性があります。鍼灸は、フォンティン分類のⅠ~Ⅱの者に有効とされる。主に血流障害部位や間歇跛行時の疼痛部位が刺鍼点となります。動脈拍動部に鍼灸をする根拠は不明。

★鍼灸は、フォンティン分類のⅠ~Ⅱの者に有効!

a.衝門拍動(+)、太衝拍動(-)

 閉塞部は鼠経動脈の間にあり、この場合腓腹筋の疼痛を訴えることが多い。大腿動脈の内転筋管部の閉塞が多いので、陰包およびその周囲に約2cm交叉刺し、動脈壁に鍼先が触れた後、それ以上刺入せず旋撚法を2~3回行う。こうした治療を1~2ヵ月間に週2~3回の頻度で治療して回復するものがある。

※衝門(胃):曲骨穴の外方3.5寸。鼠径溝中の動脈拍動部。

※内転筋管:大腿下部内側から後部にかけてある管状の構造物。大腿動脈、大腿静脈、伏在神経が通るり、 ハンター管とも呼ばれる。

★ASO時、衝門(脾)に刺鍼!

〇下肢動脈の走行

腹大動脈→総腸骨動脈→内腸骨動脈

          →外腸骨動脈→大腿動脈→膝窩動脈→前脛骨動脈→足背動脈

                          →後脛骨動脈→足底動脈  

                          →腓骨動脈

※腹部大動脈、腸骨動脈、大腿動脈、下腿動脈などの主幹動脈に好発。

★ASO、腹部以下の主幹動脈に好発!

・陰包(肝)

 取穴:大腿内側上顆の上方4寸。縫工筋と薄筋の間。大腿骨内側上顆と恥骨を結び、内側上顆から1/4の部。

 刺鍼:やや大腿直筋方向に向けて直刺。大腿動脈血管壁に命中すると、手を離した際に、脈拍と一致した鍼柄の動きが確認できる。

★陰包は大腿動脈ねらい!

b.衝門拍動(-)、大腿拍動(-)

 鼡径動脈より体幹側に動脈閉塞。総腸骨動脈の閉塞を疑い、急脈(衝門穴の内側で陰毛の中、外陰部の上際の外側)から上内方に約2cm刺入。前者より重症では下腿部はもとより大腿筋まで緊張感や痛みを感じます。 

 このタイプの治療には、上記同様の治療間隔で半年~1年以上の治療を必要とする。長期治療を行っても疼痛、痙攣の程度の減弱にとどまり、あるいは歩行距離が延長されるのみの症例もある。

★衝門の拍動が(-)ならば、急脈刺鍼!

②安野富美子氏らの研究

 フォンティン分類Ⅰ度1例、Ⅱ度17名、Ⅲ度2例、Ⅳ度1例に対し、鍼治療を試みたとことろ、Ⅰ度とⅡ度の者では疼痛、冷感、連続歩行距離が優位に改善した。Ⅲ度Ⅳ度では無効だった。要するに阻血の強い者に対して鍼灸は無効だったが、Ⅰ~Ⅱ度の中軽度阻血であっても、間欠性跛行が消失した者はなかったことから、主幹動脈の狭窄や閉塞は改善していないことを示唆した。今回の実験のように、1~3ヵ月の短期治療期間であっては、血管の狭窄や閉塞といった器質的病変の改善は期待できないことを示唆するものだった。

 鍼治療は、症状(下腿三頭筋、脛骨神経または、下腿前面から足背部の血海、足三里、三陰交、太衝、太谿)への刺鍼パルス20分間実施した。(安野富美子ほか:閉塞性動脈硬化症に対する鍼灸治療の効果;日温気物医誌、第68巻、2号、2005.2)

★3ヵ月程度の治療程度で血管の器質的病変(狭窄や閉塞)の改善は期待できない!

3.バージャー病(閉塞性血栓血管炎 TAO)

1)概念

 ASOと同様な症状を呈する抹消動脈閉塞疾患。原因不明で、四肢の遠位部の中~細動脈に、血栓形成とそれによる阻血を病態とする。20~40才代男性の喫煙者に多く発生。動脈造影では、動脈の突然の先細り、閉塞所見。病態は血管炎であるため、静脈にも血栓閉塞をきたすこともある。ASOよりさらに末梢部の四肢動脈に閉塞をきたすため足趾などの潰瘍をきたすことが多い。

★TAOは、ASOが60才以上の男性に多いのに対し、20~40才代男性に多い!

2)症候:指趾の強い阻血状態(潰瘍、疼痛)が早期に出現。後に間欠性跛行も出現。

3)治療

・禁煙←病変の進行を止める

・交感神経切除術(副交感神経優位となり血管収縮を防ぐ)

 上肢→上胸部交感神経切除、下肢→腰部交感神経切除術

★ASOもTAOも禁煙せよ!

※間欠性跛行を起こす疾患分類

 ・血管性-バージャー病(TAO)

    -閉塞性動脈硬化症(ASO)→「動脈硬化」参照 

 ・神経性:馬尾性脊柱管狭窄症

★間欠性跛行は、ASO、TAO、馬尾性脊柱管狭窄症!

・バージャー病(TAO)

病理  :動静脈血管炎による閉塞性血栓 

年齢性別:40才以下。ほとんど男性

喫煙  :密接な関係

罹患部位:中・小動脈・下肢>上肢

症状  :指趾の阻血症状(潰瘍、壊死、疼痛)→後に間欠性跛行

・閉塞性動脈硬化症(ASO)

病理  :動脈硬化による血内腔狭小 

年齢性別:40才以上。男性>女性

喫煙  :やや関係あり

罹患部位:大・中動脈、下肢が大部分

症状  :間欠性跛行、高度な場合は下肢壊死

2)鍼灸治療

「侵襲部と健常部との境界へ施灸すると、効果がある場合もある」と代田文誌氏は記しているが、鍼灸治療はあまり効果がないようである。(似田先生)

★ASO、TAOに対して、鍼灸に多くを期待するべからず!

4.下肢静脈瘤

1)下肢静脈の走行 

 下肢の静脈には表在静脈と深部静脈があります。血液を心臓に還流させるのに重要なのは深部静脈で、これには大腿静脈・膝窩静脈・脛骨静脈・腓骨静脈などがあります。表在静脈そして表在静脈と深部静脈をつなぐ穿通枝(=交通枝)は、深部静脈に流入していますが、静脈弁の故障により円滑に流入できず、静脈血が逆流することがあり、この結果、表在静脈に静脈瘤ができます。この表在静脈には2つの本幹があります。

★静脈弁の故障により、交通枝からの流入が妨げられ、静脈瘤ができる!

①大伏在静脈:下腿内側と大腿内側を上行、鼡径部で大腿静脈に流入。脾経ルート。

②小伏在静脈:下腿後面を上行する。膝窩で膝窩静脈に注ぐ。下腿部膀胱経ルート。

★大伏在静脈は脾経、小伏在静脈は下腿膀胱経!

2)下肢静脈還流の機序 

 足から心臓に戻る血液は、細静脈・静脈・大静脈を通り、重力に逆らって心臓へと還流しますが、静脈系の血圧は低く、静脈還流する力はありません。静脈圧は動脈圧に比べて非常に低く、静脈系のうちで最も高い圧を示す細静脈の部分でも約15mmHg。静脈還流を可能にしているのが静脈弁と筋ポンプの働きです。深部静脈は周囲の筋によって拡張が抑えられているので、表在静脈に比べて、静脈弁の不全は起きにくい。表在静脈は圧力上昇の影響を受けやすく、逆流防止弁が壊れやすい状態にあります。特に穿通枝は、深部静脈の圧力を直接受けるので弁不全が生じやすい。

★静脈還流を可能にしているのが、静脈弁と筋ポンプ!

①静脈弁:逆流を防止し、血液を一方向に流す役割。静脈弁が一度破壊されると、自然に再生されることはない。

②筋ポンプ作用:また足を動かした時など、筋が収縮することで、血液が上方に押し上げられる作用。

★静脈弁は一度破壊されると戻らない!

3)病態・症状

①1分間程度の立位で、血液が下半身に充満するのを待つ。その状態で、静脈の小さな膨らみを探す。探すのは、蛇行していたり、ほんの少しだけプクッと浮いている血管である。比較的まっすぐだったり、なだらかなカーブを描く血管は正常な場合が多い。

②進行すると脚が重くなり、脚が疲れやすく痛むようになる。血管に沿って皮膚が黒ずんだり茶色になる。色素沈着や潰瘍が起こる。

③一般に長時間の立位や夕方に悪化する。40才代の女性に多い。臥位で安静にしていると軽快しているが、立位になって動き出すと再び悪化する。

④血液が逆流して血行が悪い状態が続くと、余計な水分が血管から滲出し、周囲の細胞の新陳代謝を悪くして、足の疲れ、だるさ、むくみ、就寝中のこむら返りなどの原因になる。

※静脈瘤と動脈瘤は無関係。動脈流には脳動脈瘤、胸部大動脈瘤、腹部大動脈瘤などがあり、その原因は動脈硬化など。一方、静脈瘤は静脈の弁不全が原因。

★動脈瘤の原因は動脈硬化など。静脈瘤と動脈瘤は無関係!

4)下肢静脈瘤の分類

①大伏在静脈瘤

 大伏在静脈はくるぶしから始まり、鼡径部で大腿静脈と合流する。体表の中で最も長い静脈。鼡径部の大腿静脈との合流で弁が壊れて逆流がおき、それが徐々に下腿部に広がり、下腿内側ときに大腿内側まで静脈瘤が累々と浮き出て目立ってくる。

②小伏在静脈瘤

 ふくらはぎの後面を走行し膝の裏で膝窩静脈に合流する静脈で、膝窩静脈との合流部の弁不全により逆流がおき、下腿後側に静脈瘤ができる。

※ふくらはぎ静脈瘤であっても、実は脚のつけ根や膝の裏に原因がある。

★ふくらはぎ静脈瘤であっても、実は脚のつけ根や膝の裏に原因がある!

4)西洋医学治療

①圧迫療法(軽症例) 医療用の弾性ストッキングが理想的。ドラックストア等で売っている着圧ソックスでも似た効果が得られるものがある。脚を圧迫(足先を強く締め付け、脚の付け根は弱く圧迫)して逆流を緩和。ただし使用中止で元に戻る。欠点としては着脱のしにくさと酷暑時には使用し難いこと。

 弾性ストッキングは、あくまでもむくみやだるさをやわらげるものあり、使い続けても下肢静脈瘤が治る訳ではない。また下肢静脈瘤の進行が予防できるということもほぼない。はくことで楽になると感じる場合に利用するとったものという位置づけ。

②硬化療法(中症例):静脈瘤内に硬化剤を注射した後、圧迫して静脈瘤や癒着・硬化させて静脈瘤を消失させる。血流が流れなくなって血管は徐々に退化(半年程度)し、やがて静脈瘤も消える。患者にとって負担が少なく、通院でも治療できる。

③エンドレーザー法(Endovenous Laser Treatment 重症例)

 Endovenousは、「静脈の範囲内での」という意味。まず超音波検査で静脈血流部位を特定する。次に正常静脈を切開して細いファイバーを患部まで到達させ、レーザーで血管を焼いて閉鎖する。その結果静脈の逆流は止まり、静脈瘤は縮小消失する。

 1999年に開始された画期的な治療で、わが国では2011年から保険適用になった。

★重症度合い応じて対処法がかわる!

5)鍼灸治療

 壊れた静脈弁が原因部位であり、静脈瘤はその結果部位です。壊れた弁に対しては治療方法がありません。しかしエンドレーザー法は、静脈瘤部に至る表在脈を閉塞するという方法です。鍼灸治療は、下肢静脈瘤局所を施術することに終始している以上、影の薄いものとなっています。

★壊れた静脈弁に対して、鍼灸治療は役に立たない!

5)静脈瘤部への火鍼

 賀普仁教授(北京中医病院針灸科)は、タングステン合金製の鍼(ステンレス製では加熱に耐久性がない)をアルコールランで赤くなるまで加熱し、素早く速刺速抜している。この時、患者はさほど熱さを感じない。

 小さな静脈瘤であれば消失することがあるが、大きい瘤は少し縮小する程度。自覚症状は治療回数で消失するとのこと。(東明堂石原針灸院「毎日インタラクティブ2001.12 HPより)

 似田先生は、この方法に準拠して施術しているとのこと。静脈血管を一部、火で凝固させることで、これ以上の静脈瘤の進行を防ぐ意味がある。ただしタングステンの鍼は入手困難なので、ステンレス中国針の1インチ28号(和鍼12番相当)を数本用意し、鍼が赤くなるまで火を熱し、静脈瘤局所に数回速刺速抜している(鍼は非常に脆くなるので1本の鍼で複数回の刺鍼はできない。細い鍼の使用は禁止)。痛みに対して、やや有効との印象をもつが、静脈瘤を縮小する効果はないようだ。静脈瘤部へ刺絡すると、広汎な皮下出血が生じるので禁忌。

★火鍼に静脈瘤を縮小する効果はないと考えるべし!

②妊娠中や出産後に静脈瘤が憎悪した女性の場合

妊娠により下肢静脈瘤が発生することがあります。日本では2175名の妊婦さんへのアンケートの結果、静脈瘤ができなかったのは83.6% 、できたのが4.3%。


妊娠中に下肢静脈瘤ができやすい理由としては、
1) 妊娠子宮が増大し骨盤内の静脈を圧迫するため下肢の静脈の流れが悪くなる
2) 女性ホルモンの影響により血管が拡張しやすくなる
などが指摘されています。

 妊娠中や出産後に静脈瘤が憎悪した女性の場合、骨盤内静脈の鬱血が原因で、下肢静脈の還流が不良となっているケースもあり、仙骨部や臀部の施術を加えた方がいいとの報告ある(辻内敬子先生:妊婦下肢静脈瘤に対する鍼灸治療の1症例、女性鍼灸師フォーラム会報)。

似田先生の見解:静脈瘤の原因の一つに、内腸骨静脈からの逆流が知られている。いわゆる骨盤内瘀血の処理ということであり、これは鍼灸的発想。一方、妊婦の10~15%に「静脈瘤」が出現するが、出産後に80~90%は、自然に消失することも知られているので、この鍼灸治療が特異的に効果があったとは言い難い。

★妊娠中は静脈瘤を防止する目的など、仙骨部や臀部の施術を加えたほうがよいとの声あり!

😊妊娠期間中でもあっても鍼灸治療はできますが、次の注意が必要です。妊娠初期(妊娠4ヵ月未満)は鍼灸を避ける。流産しやすい肩井、崑崙、合谷は妊娠4ヵ月以上であっても禁忌。また妊娠中の主訴には、つわり、精神不安が多く、状況状態に合わせて、寛胸理気、寧心安神などの鍼灸施術を行います。

第4節 メタボリックシンドローム

メタボリックシンドロームとは代謝性症候群と訳され、血圧上昇、空腹時高血糖、脂質代謝異常などがみられる状態のこと。脳梗塞、心筋梗塞などの原因となる動脈硬化のリスクが高まる。

第1項 高血圧症

高血圧(症候性高血圧)を呈する疾患には、腎性高血圧(糸球体腎炎、腎不全など)、原発性アルドステロン症(副腎の良性腫瘍による内分泌障害)、褐色細胞腫などがあります。

1.正常血圧値

①WHOの合意事項(1999年)

・理想的血圧値:収縮期血圧120mmHg以下/拡張期血圧80mmHg以下

・高齢者の高血圧では降圧剤を使い、130-139/85-89のレベルにまで下げるべきとしている。

②日本高血圧学会の国内独自基準(2000年)

・若年・中年・糖尿病者

 最高(収縮期)血圧:130未満、最低(拡張期)血圧:85未満

・高齢者

 60才代:最高(収縮期)血圧:140未満、最低(拡張期)血圧:90以下

 70才代:           150~160以下         90以下

 80才代:           160~170以下         90以下

 日本老齢医学会では、高血圧の診断の基準は、高齢者においても診察室血圧140/90mmHg以上、家庭血圧135/85mmHg以上としている(2021年)。

2.血圧測定

1)触診法:橈骨動脈を触診。最高血圧のみ知ることができる。聴診法に比べ、最高血圧値は低めになる。

2)血圧に関する用語

①脈圧:最高血圧と最低血圧の差

②平均血圧:心臓の1周期間の動脈内圧の平均値で、最低血圧+(脈圧/3)で示される。

例:BP(Blood Pressure)160/70の場合、脈圧:160-70=90mmHg、平均血圧:70+90/3=100mmHg

4.高血圧の原因分類

・本態性(8割)

・症候性-腎(実質)性高血圧:糸球体腎炎、腎不全など

    -腎血管性高血圧

    -内分泌性:クッシング症候群、原発性アルドステロン症、褐色細胞腫

1)腎性高血圧

 腎機能障害→ナトリウム排泄障害による体液量の増加→高血圧

 代表疾患は糸球体腎炎、腎不全。二次性高血圧で最も高頻度。腎疾患患者を診察する際には毎回血圧を調べ、腎性高血圧の有無や程度を調べる必要がある。

2)腎血管性高血圧

 腎動脈狭窄による腎の虚血性障害→代謝的に腎臓から昇圧物質産出→高血圧

 昇圧物質→①腎から分泌される昇圧物質レニン、②副腎からのアルドステロン

3)内分泌性高血圧

 副腎の良性腫瘍が原因であることが多い。腫瘍を外科手術で摘出し治療を行う。

①クッシング症候群

 原因:下垂体前葉からの副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の過剰分泌。

    実際には、副腎皮質ホルモンの長期投与による医原性がほとんど。

 症状:高血圧、高脂血症、満月用顔貌、低カリウム血症

★クッシング症候群は副腎皮質ホルモンの長期投与による医原性がほとんど!

②褐色細胞腫

 原因:副腎皮質腫瘍によるカテコールアミン(アドレナリンやノルアドレナリン)過剰分泌

 症状:若年者に好発、易変動性(へんどうしやすい)高血圧、基礎代謝疾患(いらいら、動悸)

③原発性アルドステロン症(別名:コン症候群)

 原因:副腎皮質の良性腫瘍。副腎皮質ホルモン分泌 ↑ 症状。

 症状:高血圧、低カリウム血症(テタニー、知覚異常、筋力低下、四肢麻痺)

※テタニー:自分の意志とは関係なく手足などの筋肉が痙攣を起こす状態、こむら返りなど。

5.本態性高血圧

1)概念:老化に伴う細動脈硬化によっておこる高血圧。高血圧者の8割。

2)病態生理

 初期:ストレス→交感神経興奮→末梢血管収縮→血圧上昇(変動性) 

 慢性:高血圧→血漿成分が小動脈に浸透して細動脈硬化→さらなる高血圧

3)症状

 初期の高血圧は、全身の細動脈収縮時で血圧上昇する易変動性。血圧変動時に自覚症状(頭痛、肩こり、めまいなど)を感じやすい。慢性期の高血圧は血圧が高いなりに一定で、自覚症状に乏しい。

★初期の高血圧は変動しやすい。性期の高血圧は血圧が高いなりに一定で、自覚症状に乏しい!

4)現代学治療 

①基礎療法

 食事療法:塩分制限、肥満防止(循環血液量を減らす目的)。減塩によって高血圧が改善される人は4人に1人の割合という説もある。

 運動療法:運動により高血圧が改善されることが科学的に証明されている。

 生活指導:ストレス、過労をさける(細動脈血管の痙攣防止)

★ストレス、過労を避けるべし!

😊ふつう血圧が高くなるのは、それなりの理由があってのことです。交感神経緊張によって血圧は上昇しますが、これは心身が臨戦態勢をとっているということ。つまり血圧の上昇はストレスに対応するための、生理的な現象です。ストレスがなくなれば血圧は下がります。しかし次から次へとストレスが押し寄せてくると血圧は下がる間がなく、この状態が続くと、高い血圧によって動脈は硬化します。柔軟性を失った動脈によって、ストレスがない状態でも血圧は上がったままになってしまいます。

②薬物療法

 β遮断剤(心臓を強く収縮させず、拍動数も減らす)

 Ca拮抗剤(末梢血管収縮を防止)。

 ACE阻害剤(副腎からの血管収縮物質であるアンギオテンシンⅡの動きを抑制)

6.本態性高血圧の鍼灸治療

 本態性高血圧症とは、血圧が高くなるはっきりとした原因が特定できないもので高血圧症の85~90%を占めます。通常高血圧といった場合は本態性高血圧症をいいます。

 本態性高血圧の機序は、ストレス→交感神経興奮→末梢血管収縮→血圧上昇です。

この連鎖を遮断することが降圧の鍼灸治療になります。前記した薬物作用機序になぞらえて表現すれば、ストレス改善、心臓拍出量と脈拍数の低下、末梢血管収縮防止といった方法(つまり副交感神経を優位にさせる)です。しかし動脈硬化が進行していれば、末梢血管の柔軟性は乏しくなり、末端まで血液を送るには血圧を上げるしか方法がなくなる。これは器質的で不可逆的変化なので、鍼灸で血圧を下げるのは困難になり、必ずしも血圧を下げることがよいわけではなくなります。

 鍼灸に来院するのは慢性高血圧であることが多く、また高血圧者の90%以上はすでに降圧剤を服用しているので、鍼灸で血圧降下が観察できない場合も多くあります。

★鍼灸で血圧降下が観察できない場合も多くある!

1)洞刺(鼻・咽喉症状 参照)

2)末梢血液循環の改善

①五指間置鍼

 五指間刺鍼(手足の指の間、左右上下合計16ヵ所)へ5分間置鍼。1寸0番を用い、赤白色肌の境から長軸と並行に0.5~1cm刺入する。末梢血管吻合部の血管運動神経を刺激することで、末梢血管を拡大させて降圧させる。とくに最小血圧が下降する傾向にあった。健常者には血圧降下作用はみられなかった。(河内明「五指間刺針による降圧効果」針灸OSAKA Vol.4 No.1 1988.4)

★末梢血管を拡大させて降圧させる!

②冷えの改善を目標とした施術 

 四肢抹消の血管が収縮すれば手足の冷えとなり、手足の冷えは血圧を上昇させます。よって、血圧下降には上下肢とくに前腕以下と下腿部以下に存在する「冷え」の改善を目標とする治療が有効となります。つまり冷えのある四肢部に施術することが血圧を下げることにつながります。

 前腕では手三里、曲池、郄門、下腿では中封、解谿、三陰交、照海、陽陵泉などが好印象をもつ穴だが、これにこだわらず、上肢や下肢の冷えてコリコリした部を狙うようにする。(鈴木育雄「血圧調節」医道の日本臨時増刊No4.1999)

★手三里、曲池、郄門、中封、解谿、三陰交、照海、陽陵泉が冷え、すなわち血圧降下に効果的!

第2項 動脈硬化の原理 

「動脈硬化」とは、動脈の壁が厚くなったり、硬くなったりした本来の構造が壊れ、働きが悪くなる病変の総称です。動脈硬化は太めの動脈に起こる粥上動脈硬化(アテローム性動脈硬化)と、細い動脈に起こる細動脈硬化が臨床上の問題になるが、普通に動脈硬化といえば、粥状動脈硬化のことをいいます。「粥状」とは、おかゆや軟らかいチーズのような状態になったもの。

 動脈血管は、内・中・外膜に分かれます。「中膜」には、血管としてのしなやか弾力性を保つための成分(平滑筋細胞など)でできた層があります。動脈には、心臓から血液が送り出されるときの圧力がかかるので、中層(膜)は厚くなっています。静脈は圧力の低い血流なので、内・中・外膜すべてが薄い。

 中膜の外側を囲んでいるのが「外膜」の層で、ここには血管の外から細い痛じて栄養分などが運ばれてくる。

★通常動脈硬化とは、動脈は太めの動脈に起こるアテローム性動脈硬化のことをいう!

・中小動脈-内膜:粥状(アテローム硬化)

     -中膜:中膜硬化←中膜の石灰化

     -外膜:臨床上無関係

・細動脈:細動脈硬化

1)アテローム性動脈硬化(粥状動脈硬化)の機序

 血管内膜で血液と接している最内面に内皮細胞があります。内皮細胞は血液から必要な成分だけを取り込むフィルターの役目をしている。アテローム硬化は、内膜や中膜が比較的よく発達した動脈に起きやすい。内膜の中にコレステロールが蓄積し、次第に脂肪分が沈着してプラーク(粥状物質)が形成され、血管が狭くなり、血栓・潰瘍をつくります。すると狭心症、不安定狭心症、心筋梗塞、脳梗塞、大動脈瘤、手足の壊死などが起こります。症状が自覚できる、20~30年前から無症状のままアテローム硬化が進行しています。

※不安定狭心症:完全に閉塞していないが、冠動脈の狭窄した部位にプラークが血管内に存在している状態。血管内が閉塞する危険性が高く、心筋梗塞の前段階。

★アテローム硬化は、内膜や中膜が比較的よく発達した動脈に起きやすい!

①内皮細胞の脆弱

(→高脂血症、血管因子→高血圧、タバコ、糖尿病等によるLDL増加による)

②LDLが内膜に侵入。これを補足処理するため、白血球も内膜に侵入。

③LDLを取り込んだ白血球が死滅。

④この死骸が、お粥のように柔らかい沈着物として蓄積。内膜は徐々に肥厚。

⑤内膜が破れると、粥状物が内腔に出て血栓形成。その結果、血流が途絶え、脳血栓や心筋梗塞になる。

★動脈硬化は元から断たなきゃダメ!

2)細動脈硬化

 全身の小動脈に、びまん性に出現する硬化。高血圧が原因となり、血液の血漿成分が血管中に染みこむこと起こります。

★細動脈硬化は脳や腎臓の動脈の末梢や、目などのごく細い動脈に発生しやすい!

2.動脈硬化による病変

 脳・心・腎および四肢抹消動脈の動脈硬化が臨床上の問題となる。脳・心・腎の虚血は死に直結するため。

〇部位別動脈硬化と関連疾患

 冠状動脈硬化・・・虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)

 脳動脈硬化・・・・脳出血、脳梗塞

 腎動脈硬化・・・・腎血管性高血圧症

 末梢動脈硬化症・・閉塞性動脈硬化症、閉塞血栓血管炎(=バージャー病)

★細動脈硬化。臨床上問題になるのは脳・心・腎および四肢抹消動脈!

3.動脈硬化を予防する一酸化窒素(NO)

 これまで動脈硬化を予防するには高脂血症の予防が重要であり、それにはLDLコレステロール値を下げる一方、HDLコレステロール値を上げることが必要視されてきた。最近では、血管の柔軟性を保つ上で、NOが重大な役割を担っていることが明らかとなった。血管を広げる働きは、放出される一酸化窒素の量に左右され、一酸化窒素が不足すると血管は硬くなり、逆に十分に出ていると血管をやわらかい状態に保つことができ、血流をスムーズにします。NOには血管内のコレステロール体積や血栓発生を抑える作用があり、NOの働きによって、心臓や血管に関わる様々な予防が期待されている。

★血管の柔軟性を保つには一酸化窒素(NO)がカギ!

😊血圧が高いから動脈が硬くなり、動脈が硬いために血圧が高くなります。高血圧によって脳や心臓等の血管障害のリスクが高くなることが指摘されていて、これらの障害予防のためにと、降圧することが推奨されます。しかし血圧とは、血液によって各細胞組織に酸素や栄養を届ける際に生じるものですから、薬剤によって無理に血圧を下げると、届くべき酸素や栄養が届くべきところに届かず、逆に脳梗塞などを起こしやすくなり、癌の発生を助長するともいわれています。また昨今の認知症の増加の理由は、降圧剤の使用が大きく関わっているという声もあります。収縮期血圧(上の血圧)が180mmHgとされていた時代があることを考えてみても、安易な降圧剤の服用は考慮する必要がありそうです。

第3項 高脂血症

1.高脂血症の診断

1)コレステロールと中性脂肪

 脂質は体になくてはならない重要な栄養素の1つで、血液中に含まれる脂質を血中脂質といいます。血中脂質には、コレステロール・中性脂肪(トリグリセライド)・リン脂質・カイロマイクロンに分類されます。この中で、動脈硬化を促進させるという観点で、コレステロールと中性脂肪(トリグリセライド)の高値が問題になります。他の血中脂肪成分は関係がない。

 コレステロールは細胞膜を構成する成分であり、ホルモンや胆汁酸などの原料にもなっています。また、中性脂肪は脂肪組織に蓄えられてエネルギー貯蔵庫としての役目や、皮下脂肪となって体温の保持、衝撃から体を守るクッションの役目を果たしています。 

★動脈硬化を促進させる血中脂質は、コレステロール・中性脂肪(トリグリセライド)!

・コレステロール(正常値239mg/㎗以下)のみ・・・動脈硬化の危険は少ない

・中性脂肪(正常値150mg/㎗以下)のみ高値・・・動脈硬化を促進させる危険度は中位

・両者とも高値・・・・・・動脈硬化を促進させる危険度が高い

※コレステロールは低ければいいのか? 

 健康を維持するために重要なのが免疫力で、これが細菌やウィルスの繁殖を防止しています。人間は癌細胞をかかえていても、免疫力のおかげで癌細胞が増殖せず、実際に本格的な「癌」にならずにすんでいます。ところがコレステロールが低下すると、細胞の働きが悪くなり、免疫や炎症にかかわる細胞が使命を果たせなくなり、この結果、感染症や癌になりやすくなります。

 コレステロール低下剤は、この意味で副作用が強く、癌に関していえば、コレステロールが高いほど癌になりにくいという報告があります。コレステロール値が240~260程度が最も死亡の危険が少ないというデータが多い。

 最近までコレステロール値の異常値は、220以上だったが、240以上に緩和された。

★データ的に、最も死亡が少ないのがコレステロール値が240~260!

2)リポタンパク

 脂肪は血液中では親水性のタンパクで取り囲まれて存在している。この脂質とタンパクの結合体を、リポタンパクとよぶ。このリポタンパクが血液中でコレステロールを運ぶ。リポタンパクには比重により作用が異なる。善玉であるHDLは高比重であり、悪玉であるLDLやVLDLは低比重である。ただしカイロマイクロンは高脂血症と関係が薄い。

 カイロマイクロン < VLDL < LDL < HDL 

(低比重リポタンパク)  (高比重リポタンパク)

①LDLコレステロールとHDLコレステロール

 HDL値が低いほど、LDL値が高いほど動脈硬化は促進される。

a)LDLコレステロール:血管内にへばりついているコレステロール成分で動脈硬化を助長。悪玉コレステロール。

b)HDLコレステロール:血管壁にある余剰のLDLコレステロールを取り込み、回収して肝臓まで輸送する作用。善玉コレステロール。

 正常値 HDL 40mg/㎗

     LDL 140mg/㎗(160mg以上ハイリスク)

 コレステロール値は、普段は正常値ギリギリであっても、肉や卵、魚卵類を大量に食べると、2~3日後から上がり、2週間は高い。中性脂肪も15時間は飲食を避けてからでないと、正しい値がでない。

HDL値が低いほど、LDL値が高いほど動脈硬化は促進される!

3)高脂血症の食事療法

 脂肪酸は、人体の細胞を作るうえで必要な成分です。この脂肪酸は、「飽和脂肪酸」と「不飽和脂肪酸」の2種類に大きく分けられます。

 飽和脂肪酸は血中のコレステロールを上げる脂質で、不飽和脂肪酸はコレステロールを下げる脂質としてしられています。そのため、なるべく不飽和脂肪酸を摂取したほうがよいでしょう。

 

①飽和脂肪酸:分子構造上、二重結合を含まないもの。構造上安定している(酸化されにくい)。動物性脂肪に多く含まれる。

②不飽和脂肪酸:分子構造上、二重結合を含むもの。血液中のコレステロールを下げる働きがある。ただし日光や空気にさらされると酸化し過酸化脂質となり、動脈硬化や肝臓病を進行させる。魚油、植物油が代表。

※パンに塗るマーガリンを冷蔵庫に入れておいても、しばらくすると黄白色をした本体の上層に、半透明で黄色味の物質ができてくる。これが過酸化脂質。

★肉(飽和脂肪酸)より魚(不飽和脂肪酸)!

第4項 糖尿病

1.糖尿病とは

 糖尿病とは、血糖値(血液中に含まれるブドウ糖)が慢性的に高くなる病気のこと。

膵臓(ランゲルハンス島)では糖代謝をつかさどるホルモンであるインスリンが生産され、血行性に身体各組織に供給されています。血中ブドウ糖は筋肉細胞内に入りエネルギー源として利用されますが、血液中の糖分を筋肉内に取り込むにはインスリンの仲介を必要とします。血中にインスリンが不足すると、筋肉が必要とする糖分を取り込めず、血液中に高濃度の糖が存在してしまいます。これを高血糖とよび糖尿病状態(Ⅰ型糖尿病)です。

★血液中の糖分を筋肉内に取り込むにはインスリンが必要!

2.糖尿病の分類

1)Ⅰ型糖尿病:インスリン分泌障害(5%)

 従来のインスリン依存型糖尿病。膵臓のランゲルハンス島β細胞が障害され、インスリンが分泌できず、このため血中のブドウ糖を組織に取り込むことができない。β細胞が障害される原因は不明だが、遺伝子+ウィルス感染、または自己免疫疾患と考えられている。

※膵臓を刺激してもインスリン分泌を期待できないので経口糖尿病薬は無効。インスリン注射は必須。

★Ⅰ型糖尿病の原因は遺伝+ウィルス感染or自己免疫疾患!

2)Ⅱ型糖尿病:インスリン抵抗性(95%)

 従来のインスリン非依存型DM。生後の環境(肥満やストレス)+遺伝が原因。

 身体各組織のインスリン感受性が低下し、従来のインスリン量では組織のブドウ糖取り込み量が不足し、血糖値が充分に下がらない。このため膵臓はインスリン分泌量を増産し抗インスリン血症になる、肥満者は、高インスリン血症を起こしやすい。

 この型では血糖値さえ正常にすればよいと考え、血糖値に合わせて食事を調整しすぎ栄養不足状態になることに注意。

★血糖値が下がればいいというものではない。栄養不足に注意!

3.糖尿病の症状

 初期症状は、口渇と易疲労程度ではっきりしたものはない。

1)インスリン不足による症状

①高血糖-頻尿(血統が尿にあふれ出るため)

    -浸透圧性利尿:口渇、多尿

★糖尿病の初期症状は口渇と易疲労程度!

②代償性エネルギーの確保

 血中の糖をエネルギーとして利用できず、脂肪や蛋白質を代用エネルギーとする。

・脂肪分解-高脂血症

     -高ケトン血症→高度になれば糖尿病性昏睡

※抗ケトン血症:インスリンが不足すると血液中のブドウ糖を代謝できなくなり高血糖状態になる。 すると、体はその代わりに脂肪を分解してエネルギーを作り出す。 このときに副産物としてつくりだされるケトン体が血中に急に増える状態

・蛋白質分解-高尿素血症

     -全身倦怠感、体重減少、筋力減少

★糖尿病が進行すると、全身倦怠、体重減少、筋力減少!

2)全身の血管、神経が障害

〇蛋白糖化反応亢進

血液中にブドウ糖が多量にあると、蛋白質が結合して最終的には変化しにくい終末生成物になる。この終末生成物がつくられる過程で活性酸素がつくられる。これらの化合物や活性酸素は血管内皮細胞を傷つけたり、細胞内脂質を酸化させる結果、血栓を形成したり血管を閉塞させるというもの。

★血液中にブドウ糖が多量にあると、最終的に、血栓を形成したり血管を閉塞させる!

〇糖尿病の三大合併症:網膜症・腎症・末梢神経障害

 高血糖が続いていると、全身の細い血管や神経の障害が出てくる。その結果起こる糖尿病の特有の病気に網膜症・腎症・末梢神経障害がある。

①糖尿病性網膜障害

 成人の視覚障害で、最多は糖尿病性網膜症、次に白内障と緑内障が続く。網膜の微小な血管が、当分が多く粘性の高い血液のために塞栓や出血を起こし。酸素や栄養分が不足する。新しい血管もできるが、脆くて破れやすいため眼底出血を繰り返し、網膜が変性する。糖尿病による眼の異常は比較的遅く進行するので気づいた時は手遅れというケースが少なくない。

 ※眼の糖尿病合併症に、糖尿病性白内障(防水も高血糖になる)もある。

★糖尿病性網膜障害は、成人の視覚障害第1位!

②糖尿病性腎症 

 過度の肥満→糖尿病→糖尿病性腎症→透析というコースがある。

 糖尿病性腎症で新たに透析を受ける患者は、1998年初めて年間1万人を超え、慢性腎炎に代わって1位となった。糖が腎臓組織内に入り込み、蛋白と結びつくなどして組織そのものを変質させ、腎臓のろ過機能を低下させる。現在、糖尿病性腎症から透析が必要になる人の割合いは3割前後とされる。

★透析を受ける原因の1位は糖尿病性腎症!

😊一部の不可逆的病変を除き、生体の組織は治癒する力をもっています。腎機能が低下し始めたときに行うべき食事療法等、生活習慣の改善をしっかりと行わず、人工透析を行ってしまったがために、取り戻せたはずの腎機能が永遠に失われてしまっているケースが相当数あると指摘する医師や学者もいます。

③糖尿病性神経障害 →感覚神経と自律神経がやられる。

 感覚神経:痛み、しびれ、こむら返り

 自律神経:ED、排尿障害、糖尿病性壊疽

 一般的に、40才代以降の男性糖尿病患者の半数ほどがED、また糖尿病のある男性は、糖尿病のない男性に比べ、EDを発症する割合が2〜3倍高い。ただし実際に治療を行っているのはその1%程度。糖尿病性EDの主原因は陰茎海綿体平滑筋の働きに関与する血管内皮細胞の障害(動脈硬化)であるとする報告が多い。動脈硬化を促進するのがNO(血管拡張作用)の産生機能低下である。ゆえに対症療法として陰茎動脈海綿体の血流を増加させる目的でバイアグラ等を使用する。

★薬物バイアグラは対症療法!

4.糖尿病の検査

 糖尿病の検査の代表的なものは血糖値、HbA1c、尿糖。

 現在の新基準では血糖値が一定水準を超え、HbA1cが6.5%以上であれば、1回の測定で「糖尿病」との診断される。

①尿糖:糖尿病のおおまかな目安として使用。(+)ならば異常。

②血糖値:空腹時血糖110~70mg/㎗以下が正常値。

③HbA1c(糖化ヘモグロビンorグリコヘモグロビン)

 血糖値は、いまは現在の値を意味するものだが、本検査は検査日から前の約1ヵ月間の血糖平均値が調べられる。正常値は7%未満、不可は8.4以上。

グリコヘモグロビン:血色素であるヘモグロビンに、ブドウ糖が結合したもの。このグリコヘモグロビンが、ヘモグロビンのなかにどれくらい含まれているかを調べるのがこの検査。血糖値が高い場合、グリコヘモグロビンも次第に増えてくる。血糖値がその日、その時の血糖の状態を示す値であるのに対し、グリコヘモグロビンは寿命が約120日と長いため、長期間の血糖の状態を知ることができる。
 血糖値が高い場合、それが一過性のものかどうかを確認したり、糖尿病で、血糖のコントロールがうまくいっているかどうかを見るときに有効な検査。

★グリコヘモグロビンは寿命が約120日と長いため、長期間の血糖の状態を知ることができる!

④糖負荷試験

 空腹時にブドウ糖液を飲ませ、時間の経過に伴う血糖値の変化をみる。飲用後2時間値が最も重要で、200mg/㎗以上が異常。本検査は、インスリン治療開始時、インスリン使用量の決定の目的で使用する。

⑤HOMA指数

 インスリン抵抗性を示す指数。空腹時の血糖と血液中のインスリン量から算出。基準値は2.0以下。4以上はインスリン抵抗性がかなり高い状態。

★糖尿病検査その他、糖負荷試験、HOMA指数!

5.糖尿病の現代医学治療

1)基礎療法:運動療法、食事療法

2)薬物療法

 運動+食事療法による減量が基本で、加えて必要に応じた薬物療法を行う。

★糖尿病の基礎治療、食事と運動!

①インスリン注射 

 インスリンが分泌されないⅠ型糖尿病には必須の治療。Ⅱ型でもインスリン治療は行われるが、毎日3回の食事後の自己注射となるので、手間と費用が大変になる。インスリン治療をする以前に、色々なタイプの経口治療薬がある。

★インスリンの自己注射は大変!

②経口血糖降下剤 

 作用の違いから大きく3つに分けられる。インスリンの働きを改善する薬、糖の吸収を遅らせる薬、インスリンの分泌を促進する薬がある。これらの処方は、糖尿病専門医により行われる。

★インスリンの働き改善、糖の吸収を遅らせる、インスリンの分泌を促進!

③インクレチン(DPP-4阻害薬)

 インスリン分泌を増強させる消化管ホルモン。

 現在注目されている新薬。従来の経口糖尿病とインスリンの中間に位置づけられる。

 小腸内に炭水化物や脂肪が流入すると腸管から血中へと分泌されるホルモン。血糖値が上昇していることを中枢に伝え、インスリン分泌の促進させることで血糖値を下げる役割がある。Ⅱ型糖尿病では、このインクレチン分泌が少ない。

 胃や中枢神経にも働き、胃から腸への食物の移動を遅らせる効果や、食欲を抑える働きがある。

★現在注目中の糖尿病の薬、インクレチン!

6.糖尿病と糖尿病付随症状に対しての鍼灸治療

1)糖尿病の鍼灸の適応性(木下晴都「最新鍼灸治療学」)

①未病または軽度の糖尿病

 前期糖尿病(遺伝的に糖尿病素因をもつ未発病の者)や潜在性糖尿病(他疾患にかかり、ストレスで糖尿病も出現したが、原疾患は治癒し、糖尿病も消失)には、10日1度程度の鍼灸治療で、再発や悪化を予防できることが多い。

★軽度の糖尿病に鍼灸は有効!

②化学的糖尿病-食後血糖のみ上昇

 早期空腹時血糖は正常だが、食後血糖はしばしば上昇。ブドウ糖負荷試験では糖尿病型を示すもの。またインスリン遅延反応、網膜症の特徴である毛細血管瘤などを見出す。これは顕在性糖尿病に移行する前段階である。数年間この状態が続くこともあり進行しないこともある。この病期は鍼灸治療の最も適応時期で、週に1~2回の治療を行えば、血糖値のコントロールに役立つ。

★顕在性糖尿病に移行する前段階(未病)は鍼灸治療の最適応期!

③顕在性(臨床的)糖尿病-食前血糖値も上昇

a)早期糖尿病

 自覚症状出現。空腹時血糖上昇、食後血糖は高値となる。この時期には経口血糖降下剤を服用している患者も多い。糖代謝のコントロールする目的で週2回程度の鍼灸治療を行うが、治療効果が認められるには、2年以上の継続が必要。

★症状が出現した後の鍼灸治療の効果が認めらるのは2年以上!

b)晩期糖尿病 合併症が顕著。最も効率なのは神経障害で神経炎、起立性低血圧、インポテンツ、間欠性跛行など。糖尿病性網膜症や糖尿病性腎障害もみられる。鍼灸治療は禁忌ではないが、効果的といえない。

★晩期糖尿病に鍼灸は効果的ではない!

2)糖尿病性神経炎

 糖尿病では多発性神経炎が出現し、四肢の末梢部とくに指先に知覚低下と栄養障害がみられる。これに対して、指の爪甲根部傍からの刺絡や、指間鍼、指尖への施灸を行うと、一時的ではあるが瞬時に知覚が回復することが非常に多い。 

 なお低周波TENS(ツボ電極刺激)が糖尿病多発性神経障害患者の血管拡張を起こすことが観察されている。おおよそ20分間のTENS処置後には、4~6時間持続する皮膚温上昇が生ずる。このメカニズムは血管拡張性の神経ペプチドである血管作用性腸ペプチドであり、これが放出されることによる血管拡張降下であることが示唆されている。(Edzard Ernest & Adrian White 山下仁ほか訳「鍼治療の科学的根拠」医道の日本社2001.6)

※多発性神経炎:全身の多くの末梢神経に同時に機能不全が起こる病気

※ペプチド:アミノ酸が複数結合したもの

★指先の知覚低下に、井穴刺絡、指間鍼、指尖の施灸が効果あり!

第5節 低血圧症

1.低血圧の概要

1)定義:最大血圧が100mmHg以下のものとされる。※ショック=収縮期80mmHg以下

2)低血圧の分類

 ・症候性低血圧症-低心拍出量:大動脈弁狭窄、僧帽弁狭窄、ショック

         -内分泌異常-副腎皮質機能低下:アジソン病

               -下垂体前葉機能低下:シモンズ病

               -甲状腺機能低下症

 -薬物副作用:降圧剤など

・起立性低血圧症-シャイ・ドレ―ジャー症候群

          -交感神経系の調節障害:糖尿病性神経炎、脊髄癆、脊髄空洞症

          -老人性起立性低血圧

  ・本態性低血圧 -自覚症状(+):自覚症状軽減を目的に治療

          -自覚症状(-):体質的低血圧(病気ではない)

 ※脊髄癆:梅毒に起因する中枢神経系統の慢性疾患

★低血圧は症候性、起立性、本態性!

①アジソン病

 原因:副腎皮質破壊(機能低下)による。アルドステロン分泌↓、糖質コルチコイド分泌 ↓

    副腎皮質アンドロゲン分泌 ↓

 症状:色素沈着、低血圧、高K血症

 副腎皮質が破壊される原因は、癌、結核、自己免疫疾患など。

★アジソン病は副腎皮質が破壊される!

②シモンズ病

 原因:下垂体前葉機能低下による、成長ホルモン ↓、各種刺激ホルモン分泌 ↓

 症状:悪液質(栄養不良により衰弱した状態)

 結核、梅毒、腫瘍などによる

★シモンズ病は、下垂体前葉機能低下により各種刺激ホルモン分泌低下!

③クッシング症候群

 原因:副腎からのコルチゾールの分泌過剰

 症状:高血圧、中心性肥満、高血糖、低K 

★クッシング症候群は副腎からのコルチゾールの分泌過剰!

3)鍼灸に来院する低血圧症

 鍼灸に独歩来院できる慢性症で、常見疾患という条件では次のようになる。

  低血圧値

  ↓

  -徐脈、寒がり、色黒→甲状腺機能低下症

  -元々は高血圧で降圧剤使用中→薬剤性低血圧症

  -立ちくらみ、四肢の知覚鈍麻、口渇→糖尿病性神経炎

  -立ちくらみ、老人→老人性起立性低血圧症

  -立ちくらみ、動悸息切れ→貧血

  ↓

  本態性低血圧症

★本態性以外は、病院での治療と並行して行う!

2.起立性低血圧症 

急に立ち上がったり、起き上がった時に血圧が低下し、めまいなどの軽い意識障害を起こすこと。

1)定義

 起立時の低血圧(上が100以下)により、脳貧血症状(めまい、視力障碍、ときに失神)が生ずる病態。起立によって、収縮期血圧が21mmHg以上低下するならば起立性低血圧とする。激しいものでは上の血圧が40mmHg以上降下する。

★起立性低血圧は、起立によって上の血圧が21mmHg低下するもの!

2)病態生理

 臥位や坐位から急に立位となる時、重力の影響で血脈は下半身に下がる。すると脳貧血が生ずるとともに、心臓へ戻る血液が減少し、心臓から打ち出される血液量が減少して一過性の血圧低下を起こす。ただし通常は自律神経の調整作用により、起立時には頸動脈球、圧受容体からの刺激が血管運動神経中枢へ達し、瞬時に手足の末梢小動脈血管壁を収縮させたり、心拍数を増やすことで心臓に戻る血液を増やし、血圧を上昇させる。つまり交感神経緊張不全の時に起立性調節障害が起こる。

※頸動脈球:血中の二酸化炭素濃度やpH変化の化学受容体

★起立性低血圧は交感神経緊張不全!

3)起立試験 シェロンテスト

 起立時の収縮期血圧が30mmHg以上低下すると、立ちくらみが出やすくなる。本試験で降圧の程度と脳貧血や失神などの循環不全の出現を調べる。

①方法

 a)安静臥位で血圧を脈拍を測定

 b)10分間起立させ、その間1分ごとに血圧と脈拍を測定

 c)再び臥位にして血圧と脈拍が前値に回復する状態を測定

①評価:起立時に上が20~40mmHg以下降下したものを陽性とする。

a)脈拍数増加:交感神経性起立性低血圧 

  静脈収縮が不十分なために静脈系に血液が鬱滞する。動脈の収縮は十分に行われる。

 この型では、起立によって最高血圧低下・最低血圧上昇・頻脈がみられる。

b)脈拍数不変:非交感神経性起立性低下

  動脈収縮が不十分で、最高血圧と最低血圧がともに下降し、頻脈はみられない。 

  脈拍数増加型と比べ重症で、シャイ・ドレージャー症候群はこれに属する。

4)代表疾患

①シャイ・ドレ―ジャー症候群

 脳神経の変性により高度の起立性低血圧や徐脈、尿失禁などの自律神経症状を示す。病気が進行するとパーキンソン症状や小脳失調症状を呈する。

 40~50代の男性に多発。起立時にも脈は増えない。予後不良、特定難病指定。 

 起立性低血圧を主病変とするものはシャイ・ドレ―ジャー症候群のみ。

②糖尿病、脳梗塞、脳腫瘍、脊髄空洞症

③老人性起立性低血圧

 高齢者では自律神経の感受性が低下するため、起立性低血圧が14%くらいの者に認められる。糖尿病でも自律神経が障害されるので、本症が起こりやすい。

 老人の疾病として中枢性の平衡障害、多くの場合は椎骨脳底動脈不全を考える。

④起立性調節障害

 若年者では、まず起立性自律神経失調症(交感神経活動不十分)を考える。朝礼中に倒れるなど。生命に別状なし。近似疾患として血管迷走神経反射がある。

※血管迷走神経反射、長時間の立位や座位、強い痛み、疲れ、ストレスなどをきっかけとして心拍数の減少や血圧の低下が起きる反射のこと。 副交感神経の1つである迷走神経が反射的にはたらくことで、心拍数が減少したり血圧が低下したりして脳が貧血状態となる。これによって、血の気が引く、気分が悪い、冷や汗、めまいなどが出現する。

機序:立位 →下半身に血液貯留し還流静脈量減少 →交感神経活動不足で血管収縮弱い

          ↓

       心臓の収縮期圧低下

          ↓

       脳血流低下し、めまい・失神

★起立性調節障害は迷走神経反射似ている!

3.本態性低血圧

 通常、本態性低血圧は、血圧が低いこと以外に問題となる自覚症状がなく、生命の予後は良好でむしろ長寿の者が多い。一般に低血圧症の症状として、易疲労・めまい・立ちくらみ・動悸・睡眠障害などがあげられるが、そのほとんどが低血圧とは無関係であって、このような不定愁訴を訴える患者の血圧が、たまたま低い場合があると考えるべきだとする見解もある。

 低血圧の者は、朝の寝覚めが悪く、仕事に取りかかるまで長時間を要するようであるが、これは寝ている時の副交感神経優位状態から、起床後の交感神経優位状態への切り替えがスムーズにいかない自律神経失調症として考えられる。立ちくらみは、自律神経失調に起因した起立性低血圧であろう。

★一般な低血圧症の症状(易疲労・めまい・立ちくらみ・動悸・睡眠障害など)は低血圧とは無関係とする説もある!

・自律神経失調症

 → 低血圧 → 朝起きられない、立ちくらみ(副交感神経緊張)

 → 冷え性

 → 肩こり

 → 動悸

4.低血圧の鍼灸治療

 鍼灸で適応なのは、本態性低血圧と本態起立性低血圧症です。症候性低血圧の除外診断をきっちりと行う必要があります。本態性低血圧症と本態起立性低血圧症では、低血圧値を是正するのではなく、低血圧により生じた自律神経失調症症状、あるいは自律神経失調症により生じた低血圧症状を改善する目的で行うので、事実上は、自律神経失調症の治療を行うことになります。

★鍼灸と合わせて、できることがある!

1)血圧値を上昇させるための対症療法

①α1受容体刺激薬(メトリジンなど)

 血管平滑筋の交感神経α1受容体を刺激することで、血管を収縮させて血圧上昇させる。

本態性低血圧や、起立性低血圧(立ちくらみ)の治療にも使われる。

※交感神経αは、動脈収縮作用があり、交感神経βは心筋収縮に作用する。ゆえに交感神経α刺激剤は血圧上昇作用があり、交感神経β遮断剤は、心筋収縮力があるので、血圧降下作用がある。

★本態性低血圧や、起立性低血圧(立ちくらみ)の治療にも使われるメトリジン!

②CO2吸入

 普段からビニール袋を携帯し、症状出現時に吐いた息を再び吸うことを数回繰り返す。つまり、CO2を吸入することで血圧を高める。(間中喜雄「針灸臨床典」医道の日本社)

※二酸化炭素(CO2)が体内で異常蓄積すると、ナルコーシスが起こることがある。

※ナルコーシス:体内の二酸化炭素(NO)の異常蓄積によって、意識障害、血圧上昇、発汗、頻脈、縮瞳などを起こす状態のこと。

★CO2吸入で血圧上昇!

2)本態起立性低血圧症の対症療法

 弾性のあるストッキングやゲードルおよび腹巻をしめておくと、起立時のめまいを軽くできる。間中喜雄が推奨するのは床の中でタイツを履いてから起き上がる方法。(間中喜雄「針灸臨床医典」医道の日本社)

★弾性ストッキング、腹巻で起立時のめまいを軽減!

☯東洋医学では、低血圧を「虚」と捉えます。虚には、陰陽の虚、気血の虚、臓腑の虚があり、状況を見極めそれぞれ「補」をもって対応します。また、低血圧のみならず、虚により起きている諸々の症状に目を向けて治療を進めていくことが肝心となります。

 病気の原因(病因)には、先天的な体質にプラスして外因、内因、不内外因があります。外因とは気候や気温、湿度などで「風・寒・暑・湿・燥・火」の六つがあり、六淫ともいいます。内因とは過度の感情のことで「怒・喜・思・憂・悲・恐・驚」の七つがあるため、七情ともいいます。不内外因と、飲食の不摂生、労働のし過ぎ、房事過多です。

 低血圧による症状を和らげるためには、心身を取り巻く環境を整え、しっかりとした食生活、適度な運動、質量ともに充分な睡眠をこころがけることが非常に重要です。

 

 

 

 

kiichiro

鍼灸師。東洋医学について、健康について語ります。あなたの能力を引き出すためには「元気」が何より大切。そのための最初の一歩が疲労・冷え症・不眠症をよくすること。東洋医学で可能性を広げられるよう情報を発信していきます。馬込沢うえだ鍼灸院院長/日本良導絡自律神経調整学会会員/日本不妊カウンセリング学会会員//日本動物愛護協会会員