鍼灸師が何を考え、どこに鍼を打っているのか?「上中腹部消化器症状をやわらげるために」偏
はじめに
鍼灸が生体に及ぼす作用は、主に次のようなものです。
筋緊張の緩和、興奮した神経の鎮静化、機能低下している神経筋の賦活化、内因性鎮痛物質の分泌、自律神経の調節、痛みの情報伝達の調整、血流促進、血球成分の変化、等々。
これらの働きによって痛みが軽減したり、コリがほぐれたり、体調がよくなったりします。
解剖学や生理学をベースに行う鍼灸を「現代医学的鍼灸」、経絡や経穴・経筋、気血水、陰陽、五臓といった概念に基づいて行う鍼灸を、一般的に東洋医学(中医学)鍼灸などとよびます。背景にある考え方が違っていても、用いるツボが同じになることは珍しいことではなく、これはある意味では当然ともいえます。
鍼灸師は、どこに鍼や灸をすれば最も効果的か、といったこと考えながら鍼灸施術を行っています。ここに記すものは、私が鍼灸専門学生時代のカリュキュラムにあった、「似田先生の『現代医学針灸』」という科目に対しての理解をより深めることを目的の一つとしています。非常に中味の濃い授業であり、時間をかけてしっかりと勉強したいと思っていましたが、学生時代は国家試験に合格することに専念しなければならないため、あまり時間を割くことができませんでした。臨床に携わる鍼灸師として、諸先輩方の残してくれたものをできるだけ自らの血肉骨にして、少しでも世の中の役に立てればと考えております。
※東洋医学とよばれるものには中医学の他に、インドのアーユルヴェーダ、イスラムのユナ二医学、チベットのチベット医学などがあります。
※東洋医学とよばれるものには中医学の他に、インドのアーユルヴェーダ、イスラムのユナ二医学、チベットのチベット医学などがあります。
第1節 腹痛の代表疾患
1.腹痛の3分類
上部消化器には、口腔、食道、胃、十二指腸、肝臓、胆のう、膵臓、脾臓などがあり、これら内臓の機能的および器質的疾患が上部消化器疾患。自覚的症状としては、痛み(腹痛や肩背痛)、悪心、嘔吐、胸やけ、膨満感、上腹部不快感、食欲不振など。
腹痛には内臓痛、関連痛、体性痛の3種類の痛みがある。
実際には、体性痛、内臓痛、関連痛の3種の痛みが複雑に合わさって出現するが、臨床にあたって、どの痛みが最も優位であるかを判別することは重要である。
★実際には、体性痛、内臓痛、関連痛の3種が合わさって出現する!
1)弱い(漠然とした)痛み
①内臓痛(腹部正中、巨闕・腹腔神経叢あたり)
管腔臓器の平滑筋が過度に伸展、拡張、収縮された場合や、実質臓器の皮膜が急激に進展された場合などに内臓知覚神経の自由神経終末や神経叢が刺激され、交感神経(C線維)により伝達される疼痛。通常痛みは鈍痛だが、管腔臓器が強く痙攣した場合、キリキリとした比較的鋭く痛むこともあり、これを「疝痛」とよぶ。
★内臓痛は、自由神経終末や神経叢の刺激が交感神経(C線維)により伝達される!
〇痛みの感覚
痛みの感覚は、本質的には侵害感覚(組織の損傷にともなう感覚)と思われる。物理的刺激や機械的侵害刺激以外に、化学的刺激による痛みがある。たとえば温熱刺激によるもので、45℃以上の熱刺激は痛みとして感じされる。これは細胞破壊、蛋白質の変性の結果、発痛物質が産生され受容器を興奮させるためと考えられる。
★痛みの感覚には、物理的刺激と化学的刺激によるものがある!
〇痛みの受容器
侵害刺激に反する受容器には以下のものがある。
a.高閾値侵害受容器:侵害的な機械的刺激に対してのみ反応する受容器。温度受容器も含む。
b.ポリモーダル受容器:機械的、化学的、温度的刺激のいずれにも反応する受容器。C線維受容器の大部分を占める。深部組織(内臓など)においてもこの受容器が刺激に反応する。
★感覚受容器には、高閾値侵害受容器とポリモーダル受容器がある!
〇神経線維
痛みの受容器は、生体のほとんどの部位にみられ、痛み受容器で感受された刺激は、2つの系統(A-δ線維、C線維)によって中枢神経に伝えられる。
・A-δ線維:伝達速度12~30m/sec(早い痛み、一次痛)
・C線維 :伝達速度0.5~2m/sec (遅い痛み、二次痛)
痛みはまず、まずはっきした鋭い局所の明瞭な痛みを起こし、次いで鈍い、うずくような不快な感じを起こす。この2種類の痛みは、速い痛みと遅い痛み、あるいは一次痛と二次痛とよばれる。速い痛み(一次痛)はA-δ線維、遅い痛み(二次痛)はC線維のよって伝えられる。
★速い痛みはA-δ線維、遅い痛みはC線維によって中枢に伝えられる!
上腹部疾患であれば痛む部位は腹部正中上。これは、臓器の痛みが脳に届くまでに腹部正中にある腹腔神経叢を経由するため。内臓痛は上・中・下程度の部位感しかない。この段階で医療を受診しても問診や診察では診断できず、検査しても異常をが見つけることは困難。多くは機能性疾患だが、器質的疾患の初期症状のこともある。この状態が続くならば鍼灸適応。内臓痛は副交感神経興奮でも生じるが、副交感神経反応は体壁に現れることはない。
★内臓痛は副交感神経でも生じるが、副交感神経反応は体壁に現れない!
「内臓痛」は障害の程度が軽く、機能性障害であり、また症状は交感神経興奮によるものであるため鍼灸適応である。しかし、交感神経は鍼灸刺激では直接コントロールできないため、症状に対する効果は不確実なものとなる。
★交感神経は鍼灸刺激では直接コントロールできないため、症状に対する効果は不確実!
※心窩部痛
腹痛の中では初期症状として心窩部に痛みが出ることが多くある。これは臍より上の腹部内臓病変の「内臓痛」では、腹腔神経叢がまとめて痛みを伝達するため。内臓痛がひどくなり関連痛が生じたときに心窩部に痛みを生ずるのは、胃十二指腸と膵臓。とくに慢性・急性の胃炎が最も多い。なお急性膵炎では背部痛も起こる。
★上腹部の内臓痛は心窩部が痛む。これは腹腔神経叢がまとめて痛みを伝達するため!
・臓器変化:臓器の異常拡張、
・伝達神経:交感神経(C線維)
・痛みの症状:鈍痛で漠然
・代表疾患:胃十二指腸潰瘍、慢性胆のう炎、虫垂炎の初期の心窩部痛
・所見:悪心嘔吐、頻脈、発汗など。
★内臓痛は内臓平滑筋の痙攣。炎症(-)
1)強い(鋭い)腹痛
②体性痛(障害内臓器直上)
体性痛とは、腹膜痛や腸間膜痛(腹膜、腸間膜の炎症)のことをいい、該当する臓器の直上(胃なら上腹部の左、胆石症なら右という具合)が持続的に痛む。体性神経(Aδ線維)によりその興奮が伝えられる。代表疾患は、虫垂炎の炎症が進行し腹膜に及ぶなど。
★体性痛とは
非常に強い痛み(激痛)で緊急を要するケースもあり、すぐに病院に行かなければならない。
「腹膜」は腹と膜。腹が痛いのが内臓痛で、膜が痛いのが体性痛。体性痛が鋭い痛みであるのに対して、内臓は痛覚が少ないので鈍痛で、痛む部位もはっきりしない。筋性防御、反跳痛などの所見がある。
★体性痛とは、腹膜痛や腸間膜痛(腹膜、腸間膜の炎症)のこと。該当する臓器の直上が持続的に痛む!
・臓器変化:腹膜、腸間膜の炎症
・伝達神経:脳脊髄神経(Aδ線維)
・痛みの症状:限局性の激痛
・代表疾患:腹膜炎、緊急回復オペ必要
・所見:臓器直上の痛み、筋性防御、反跳痛
※筋性防御:腹腔内の炎症が壁側腹膜に及ぶと、反射的(無意識)に腹壁筋肉が緊張し、硬くなる。この状態を筋性防御とよぶ。胃・十二指腸潰瘍が穿孔したりして汎発性腹膜炎を起こすと、腹壁全体が板状に硬くなり、強い圧痛がある。
※反跳痛(ブルンベルグ徴候):病変部位付近の筋肉が、限局性に硬く緊張。触診の際、手で圧迫したときよりも、放した瞬間に強い疼痛を訴えるもの。炎症が壁側腹膜に波及していることを示す。
★体性神経痛は激痛。鍼灸不適応!
③関連痛(障害内臓器の直上・デルマトーム上の腹部側方)
※放散痛とは:腹部以外に放散する関連痛のこと
関連痛とは、内臓痛が強くなると、脊髄後角に伝達される際に、同じ脊髄レベルのAδ線維と干渉を起こし、その神経節に属する皮膚領域の痛みとして感じる現象。つまり本当は悪くない処が痛むということだが、この痛む部位から本当に悪い処を推察することができる。例えば胃・十二指腸潰瘍の際の左背部痛、胆道疾患の際の右肩や肩甲骨の疼痛、虫垂炎の際のマックバーネー点などが代表的な関連痛である。
★関連痛とは、内蔵痛が強くなると、脊髄後角に伝達される際に、同じ脊髄レベルAδ線維と干渉を起こし、その神経節に属する皮膚領域の痛みとして感じる現象!
代表疾患として、胆石痛(胆石が胆管にひっかかる)、腎臓結石(腎臓結石が尿管にひっかかる)など。所見として、筋性防御、ヘッド帯がある。
★腹部内臓における関連痛の代表疾患に、胆石痛、腎臓結石による痛みがある!
※デルマトームとは?一本の脊髄神経の前枝・後枝に含まれる知覚線維が支配する皮膚領域のこと。皮膚分節ともいう。
※ヘッド帯:内臓疾患で、特定の皮膚領域に帯状に現れる知覚過敏帯のこと。
・臓器変化:内臓痛が強く、脳脊髄神経に刺激伝達
・伝達神経:脳脊髄神経(Aδ線維)
・痛みの症状:限局性の疝痛(キリキリ痛む)
・代表疾患:胆石発作、尿路結石発作
・所見:筋性防御。痛みはデルマトームに従う
※ヘッド対帯:内臓に疾患がある場合、その臓器に相当するある一定の皮膚領域にある知覚過敏帯。
★関連痛は左側よりも、右側腹痛に注意すべき疾患が多い!
😊強い痛みが鍼灸不適応であるならば、弱い痛みなら鍼灸適応ということなります。しかし実際は、弱くても強くても、腹痛を感じて、最初に鍼灸院を訪れることはあまりありません。もし医療機関を受診するなら、通常であれば病院やクリニックに行くでしょう。そこで検査をした後、はっきりした原因が見つからない場合に鍼灸という選択になります。しかし弱い痛みとはいっても、医療機関を受診しようと思うほどの痛みであれば、「最近どうも痛みが気になる」など、継続的な痛みや、痛みが時々出るといったものです。このようなとき、鍼灸で一時的に痛みが治まったとしても、根本的な解決には至っていません。症状を(一時的にではなく)改善させるには複数回の治療が必要です(もちろん、生活習慣の見直し改善と合わせて)。つまり、弱い痛み(強い痛みも)を一時的に和らげるために鍼灸を行うケースはあまりないということになります。あるとすれば、定期的に鍼灸を受けている人や、以前鍼灸を受けたことのある人が、鍼灸院(師)に相談するということが多いように思います。
★前根後根と前枝後枝の相違
①脊髄の断面は白質(神経線維の集合体)と灰白質(神経細胞の集合体)に分かれる。
②灰白質の前角からは運動性の神経線維を出し、これを前根とよぶ。後角からは知覚性の神経線維を出し、これを後根とよぶ。
③前根と後根の神経は神経根で集合し、前枝と後枝に再び分かれる。前枝・後枝ともに知覚線維と成分と運動線維成分が入っている、前枝は体幹前面と上下肢を体性神経支配し、後枝は体幹背面を体性神経支配する。
④白交通枝と灰白交通枝は、脊髄交感神経節とつながり、内臓交感神経線維と体性神経の連絡をしている。
😊機能障害(内臓痛)≒弱い痛み、軽い症状。器質性障害(関連痛、体性痛)≒強い痛み、というのが普通。しかし、痛み閾値が下がっていると(精神的ストレスなどで)、器質性障害がないのに激しく痛むということもあります。
2.急性腹症
緊急手術を含む対応が必要となる可能性が高い、急激で激しく強い腹痛が生じる病気の総称。一般的には1週間以内に発症したものをいい、鍼灸は禁忌。
3.腹痛を起こす代表疾患と臨床所見
・急性虫垂炎
①心窩部痛(初期)、次いで右下腹部痛
②発熱、悪心、嘔吐
③圧痛点:マックバーネー点、ランツ点、マンロウ点、キュンメル点
④ブルンベルグ徴候、白血球増多
★急性虫垂炎は心窩部、右下腹が痛む!
・胆道疾患
①心窩部痛、右季肋部痛(疝痛または持続痛)
②右肩・背部に放散痛
③発熱、黄疸、肝腫大など
★胆道疾患は心窩部、右季肋部、右肩背が痛む!
・急性膵炎
①心窩部痛・左季肋部の激痛。左肩、背部に放散痛
②発熱、悪心、嘔吐
③血液・尿検査:アミラーゼ上昇
★急性膵炎は心窩部、左季肋部、左肩背が痛む!
・消化性潰瘍
①心窩部痛、とくに十二指腸潰瘍の場合は空腹時痛
②下血、吐血(大量出血の場合)
★消化性潰瘍は心窩部が痛む!
・イレウス
①腹部全体の痛み
②悪心、嘔吐、排便と排ガスの停止、糞尿、蠕動不穏
※麻痺性イレウスでは蠕動消失する
※イレウス:腸の動きが悪くなったり内部が詰まったりすることで、腸の内容物が肛門へ向けて運ばれなくなる病気
★イレウスは腹部全体が痛む!
・腎・尿路結石
①腹部の激痛(疝痛)および側腹部・下腹部痛
②陰部・鼠径部・大腿内側部への放散痛
③血尿
★腎・尿路結石は側副部、下腹部が痛む!
第2節 鍼灸院における診察手順
第1項 鍼灸治療の適否と診察手順
1.絶対不適応の除外
1)急性腹症←即判断
激しい頭痛、悪心嘔吐、ショック症状、発熱などがあれば、速やかに病院に行かなければなりません。外科的手術が必要な場合があります。
2)悪性腫瘍←数回治療後に判断
慢性の持続痛や反復性の疼痛では悪性腫瘍も考慮します。悪性腫瘍を疑う条件としては、半年~1年前など比較的最近に発症、段階的に悪化、体重減少など。鍼灸治療を継続するためにも、早めに一度検査を受けたほうがいいです。
★急性腹症=鍼灸不適。悪性腫瘍=鍼灸が協力できることもある!
2.体壁疾患と内臓疾患の鑑別
・痛む部位が自分の指で示せるか?
体壁疾患→できる。内臓疾患→できない。心因性疾患→できる。
・体動で痛みが変化するか?
体壁疾患→変化する。内臓疾患→変化せず。心因性疾患→変化せず。
3.炎症の程度をみる
筋性防御(デファンス)、反跳痛(ブルンベルグ)
(+):内臓の腹膜痛→早急に転送
( ±) :内臓の軽度腹膜痛。経過をみて転送
(-):内臓痛または関連痛
★強くない痛みであっても異変である。念のため病院での検査を!
第3節 内臓体壁反射と鍼灸治療パターン
1.内臓-体性(体壁)反射
臓器に異常があると、その臓器を支配している求心性神経が興奮して交感神経に入り、次いで交通枝を介して脊髄に入る。この時、求心性交感神経の興奮が多大であれば、同一脊髄分節にある脊髄神経も興奮して、体壁に体性神経性反応を呈するまでになる。つまり内臓の痛みが体壁(皮膚上)に現れるということ。
臓器異常→求心性神経興奮→交感神経→交通枝→脊髄分節→脊髄神経興奮→体壁異変
例えば、肺に異常が起これば、反射中枢と同じそれぞれの脊髄の高さに対応する皮膚および筋群に痛みや筋緊張等の反射症候があらわれる。副交感神経を介しては、声のしわがれ、せきなどの反射症候がみられる。体壁にあらわれる反射はおもに交感神経性で、出現機序は次のように考えられる。
★内臓-体性(体壁)反射とは、内臓の異常が皮膚や筋に現れること!
①マッケンジーの局所刺激説
内臓病変からの刺激は、交感神経求心路を通り、後根を経て後柱に入る。ここでニューロンをかえ、大脳に向かって上る。同時に分枝または介在ニューロンを通して、側柱、前柱に刺激が伝わるというもの。前柱からは運動神経が筋へ興奮を伝え、筋の緊張、収縮を起こします(内臓体壁反射)。側柱より起こった刺激は、交感神経幹に達し、ここでニューロンをかえて、体表の汗腺、立毛筋、末梢血管等や(内臓-自律神経反射)、その他の内臓に影響を与える(内臓-内臓反射)、という考え。
★前柱からは運動神経が筋肉へ、側柱からは交感神経を経て汗腺、立毛筋、末梢血管に影響を与える!
②収束投射説
内臓や皮膚からの刺激は、中枢では共通の神経路(脊髄視床路)を通る。しかし、第一次ニューロンの方が第二次ニューロンよりもはるかに多いためにここで収束が起こる。
この時、内臓と皮膚からの両者が1つの第二次ニューロンに収束されると、大脳皮質に刺激が到達した時に、内臓からの興奮は、皮膚からの興奮として意識され、その痛みは皮膚へ投射される、という考え。
★内臓-体性(壁)反射の刺激伝達の方向が逆になったものが体性(壁)-反射。鍼灸治療はこの内臓-体性(壁)反射を利用したもので、皮膚や筋肉といった受容器に与えられら鍼灸刺激が脊髄に入り、介在ニューロンを通じて、自律神経に興奮が伝わり、内臓に作用する。
★第一次ニューロンの方が第二次ニューロンよりもはるかに多いために収束が起こる!
2.交感神経反応と体性神経反応
1)腹部の交感神経と交感神経節
交感神経幹は胸椎や腰椎の両側を下り、下は骨盤部に連なっている。その経過中には4~5個の交感神経節があり、この部の交感神経節は脊椎の傍らにあるので、椎傍神経節とよぶ。
★交感神経幹は胸椎や腰椎の両側を下り、骨盤に連なっている!
交感神経幹は、一方では交通枝によって各脊髄神経と連絡するとともに他方では臓側枝を椎体前面に位置する神経叢に送っている。これらの神経節(神経叢の中にある)は脊柱の前側にあるので、椎前神経節ともよばれ、次のような種類がある。
★交感神経幹は、一方では交通枝によって各脊髄神経と連絡。一方では臓側枝を神経叢に送っている!
①腹腔神経叢:大動脈の横隔膜貫通部の直下で、腹腔動脈と上腸間膜動脈の基部の周囲に入る。
②上腸間膜動脈神経叢:上腸間膜動脈の起始部を取り巻いている。
③下腸間膜動脈神経叢:下腸間膜動脈の起始部にある。
④上下腹神経叢:腰神経節の臓側枝と腹大動脈壁上の交感神経叢の枝が正中部で合してできたもので、仙骨の前を骨盤腔に下り、骨盤神経叢を形成する。
これらの神経叢の中にはよく発達した神経細胞の集団(神経節)がある。この神経細胞を中心として捉えた場合、これらを腹腔神経節、上・下腸間膜動脈神経節とよぶ。
★神経叢の中にあるよく発達した神経細胞の集団を神経節という!
2)椎前神経節の反応パターン
内臓→椎前神経節と伝達。椎前神経節とは、椎体前面にある交感神経節の総称。腹腔神経節、上腸間膜神経節、下腸間膜神経節などを指す。椎前神経節の興奮は、上・中・下腹部の正中付近に漠然とした、C線維興奮による腹痛部位感を生ずる。
・腹腔神経節支配
デルマトーム:T6~T9。心窩部(巨闕)付近の鈍痛。
上部消化器内臓(胃・十二指腸・肝・胆・膵・脾・腎)
・上腸間膜神経節支配
デルマトーム:T10~T12。腰部(神闕)周囲の鈍痛。
小腸、上行結腸、横行結腸の前2/3
・下腸間膜神経節支配
デルマトーム:L1~L2。下腹部(関元)付近の鈍痛。
膀胱、生殖器、横行結腸の後1/3、下行結腸~直腸
交感神経優位臓器の興奮は、
内臓
↓
椎前神経節・・・腹部正中の鈍痛
↓
椎傍神経節・・・交感神性デルマトーム反応(皮膚のやつれ、冷え、ざらつき)
↓
交通枝
↓
脊髄・・・デルマトーム反応(撮痛) →オーバーフロー時
ミオトーム反応(圧痛、硬結)→オーバーフロー時
★デルマトームは撮痛、ミオトームは圧痛!
3)椎傍神経節と脊髄神経の反応パターン
椎傍神経節とは、T1~L3椎体の両傍になる交感神経節の別称。椎傍神経節の体壁反応は、内臓所属の交感神経節性デルマトーム上の、皮膚のざらつき、冷え、立毛、やつれなどの反応として出現する。
これらの交感神経節は把握しづらいが、一定以上の強い興奮であれば交感枝を介して体性神経反応を呈するようになるので、圧痛・硬結・撮痛などとして把握しやすくなる。
この時の体壁反応とは、自覚痛ではなく、施術者が指頭などで刺激を与えることで誘発される痛みです。これは、単にコップを揺らすことで、水をあふれ出させるという行為に他ならない。
※閾値以上の強い体性神経興奮であれば自覚痛を生じる。これを関連痛とよぶ。
★内臓-体壁反射のとき、自覚痛ではなく、押圧や撮などの外部刺激によって誘発される!
①脊髄神経前枝の反応
腹痛の場合、腹部体表の皮膚と筋を知覚と運動の両面で支配するのは、胸神経前枝すなわち肋間神経が中心で、鼠径部が腰神経叢の枝である腸骨鼡径が支配しているにすぎない。
肋間神経の走行上で、臨床上の圧痛点は、神経が深部から浅層へと出てくる部や神経分岐部に出現しやすいことが知られている。腹部では、前皮枝が浅層に出てくる部である腹直筋上(胃経ルート)に、前胸部では胸骨外縁(腎経ルート)に反応が現れやすい。外側皮枝の反応(胆経ルート)が出現することはあまりない。
・腹直筋部(胃経)
・前胸部(腎経)
★脊髄髄神経前枝興奮のとき圧痛点は、神経が深部から浅層に出てくる処(胃経・腎経)に多い!
②脊髄神経後枝の反応パターン
脊髄神経後枝は、前枝と同じ高さを起点として背腰部を斜め外下方に走行している。
前述したように前枝は腹直筋上に圧痛硬結が出やすいが、後枝からは深層から浅層に出てくる部である起立筋上に圧痛硬結が出現しやすい。
前枝と後枝の反応は、基本的には体幹前面と背面にペアになって出現し、前枝支配筋(腹直筋)の痛みやコリが出現すると同時に、後枝支配筋(起立筋)にも痛みやコリが出現する。
★脊髄髄神経後枝興奮のとき圧痛点は、脊柱起立筋上に出ることが多い(背部兪穴)。
3.胃腸に関する既知の反応点
1)ボアス圧痛点
ボアス圧痛点とは、第10~12胸椎棘突起の外側3cmに出現する反応点をいう。経穴では、だいたい胆兪・脾兪・胃兪で、下後鋸筋部に相当する。左側のボアス圧痛点は胃の反応で、右側は胆石症の反応(十二指腸、胃癌、腎疾患、膵疾患でも圧痛出現する)としている。狭義には左側の反応のみをさすこともある。ボアス圧痛点とは、要するに横隔膜外縁刺激→第7~12肋間神経の反応のこと。下(上も)後挙筋支配神経も肋間神経。
★ボアス圧痛点は胆兪・脾兪・胃兪、下後鋸筋部!
2)胃の六ツ灸
両側の膈兪・肝兪・脾兪の計6点。古来から上部消化器疾患に用いられてきた灸点。第7~12肋間神経刺激→横隔膜外縁刺激となります。胃の六ツ灸は、本来的にいうならば「横隔膜の六ツ灸」とよぶ方が適切であろう(似田先生)。
★胃の六つ灸は本来は、横隔膜の六つ灸!
3)小野寺臀部圧痛点
①方法:側臥位で股関節と膝関節を軽く曲げさせておき、腸骨稜に沿って3~4cm下のところを指頭で腸骨面に向け、垂直に力強く、指を捻じ込むような気持ちで圧迫する。
②判定と解釈:消化器(食道、胃、十二指腸、小腸、上行結腸)の粘膜および筋層に病変があると圧痛(+)になる。病変が粘膜にのみある時は、局所の痛みはあっても放散しません。しかし深く筋層が侵されると(++)(+++)と、下肢に放散します。
★小野寺臀点は胃では左、十二指腸では右に出やすい!
③小野寺殿点と撮診
小野寺殿点の反応点と病巣部位の関係は興味深い。腸骨稜外縁の圧痛は食道・噴門部の病変に、中部は胃全体、内縁は幽門部および十二指腸の病変で現れるという。
この線を延長させ、椎体棘突起を起点として「斜め45度外下方(殿部は斜め60度外下方)を診る」という脊髄神経後枝反応の診察方法にのっとり、棘突起直側に刺鍼すると、このライン上の痛みが改善することが多い。
代田文誌氏は、「鍼灸臨床ノート」中で、小野寺殿点と脾兪の反応は、胃の反応ということで相関関係がある旨を記しているとのこと。
★小野寺殿点から棘突起に向けて線を伸ばし、棘突起直側に刺鍼すると該当臓器の痛みが改善!
〇内臓疾患による交感神経、副交感神経の優位性の相違
肺・気管(支)→ 副交感神経優位
上中下部消化器→ 交感神経優位
骨盤内臓 → 副交感神経優位
★上中下部消化器→ 交感神経優位!
①内臓は自律神経により制御されているが、交感神経優位臓器と副交感神経優位がある。
〇交感神経興奮で働きが活発になる臓器 〇副交感神経興奮で活発になる臓器
・耳下腺(分泌促進) ・眼(縮瞳、網様体筋収縮)
・顎下腺(分泌促進) ・涙腺(分泌促進)
・心臓(心拍数増加・心筋力上昇) ・鼻腔腺(分泌亢進)
・肝臓(グリコーゲン分解促進) ・舌下腺(分泌亢進)
・腎臓(レニン分泌亢進) ・顎下腺(分泌亢進)
・副腎(アドレナリン分泌促進) ・気道、肺(気管支収縮)
・膀胱(排尿筋弛緩、括約筋収縮・畜尿) ・膀胱(排尿筋収縮、括約筋弛緩・排尿)
・直腸(平滑筋弛緩、括約筋収縮・蓄便) ・直腸(平滑筋収縮、括約筋弛緩・排便)
・胃腸管(平滑筋収縮、分泌亢進)
・膵臓(膵液分泌、インスリン分泌)
・男性器(射精) ・男性器(勃起)
★内臓は交感神経優位臓器と副交感神経優位臓器がある!
②交感神経優位臓器は、図示したように腹部臓器と心臓であり、その病的症状では交感神経優位状態となる。よって治療は交感神経反応への対処にる。ただし交感神経自体は、直接治療対象とはならない。交感神経反応への対処とは、臨床上は、交感神経反応→交感神経幹→交通枝→脊髄神経反応というルートを介して出現した、体性神経反応をみることになる。脊柱起立筋と腹直筋の圧痛硬結をとらえて刺鍼施灸する。
★交感神経反応への治療は、脊柱起立筋と腹直筋の圧痛硬結をとらえて刺鍼施灸!
③副交感神経優位となる臓器は、体幹上部では肺と気管(支)である。副交感神経優位の臓器は、内臓体壁反射が生じないので、治療点を定めるのが困難ですが、迷走神経が例外的に表層を走る部位として耳介が知られています。これは耳介が凍傷にかかるのを防ぐメカニズムだと説があります。また耳介の神門穴や肺区を刺激し、内臓機能に影響を与えるようとする治療方針がありますが、効果は判然としません。(この応用が痩身耳鍼)。
★耳介は迷走神経走行により凍傷のリスクを軽減させている!
④似田先生が行う気管支喘息や咳嗽に対する鍼灸治療は、大椎や治喘あたりから多壮灸や中国針による刺激を行うことが多いとのこと。これらの症状は副交感神経優位になると症状が誘発されるので、交感神経優位に導くような強刺激が治療になると考えるからだそうです。
★咳嗽等に対する鍼灸刺激は、大椎や治喘。副交感神経優位になるのを防ぐために強刺激!
⑤体幹下部では、泌尿器や婦人科臓器や直腸以下の臓器が副交感神経優位となる。これらは骨盤神経が主導権を握っているので、S2~4骨盤神経(次髎~下髎)を刺激するとよい。これは後仙骨孔中に刺入するのではなく、仙骨骨面に分布する骨盤神経を刺激する目的で、7番程度の太い鍼で斜刺するのが効果的。
★泌尿器・婦人科臓器疾患には、仙骨骨面に分布する骨盤神経を刺激する!
😊咳を鎮めるためのツボとして、昔から治喘や定喘が知られています。咳とは、痛みと同様に体内の異常(病変)を知らせるためのものですから、咳という症状だけを抑えても、根本的な解決にはなりません。治喘や定喘への刺鍼は、反射のメカニズムによって単に症状を抑えることだけではなく、筋硬結の改善、局所の血流促進、白血球の増多などにより自然治癒力を高めることにも寄与します。よって、自然治癒力をさらに高めるために、治喘や定喘と合わせて他のツボも取穴したほうが、よりよいと考えます。
4.胸椎夾脊刺鍼と偽内臓症
一見すると内臓症状のようであっても、実際には脊柱以上が関与した脊髄神経症状である場合を、偽内臓症とよぶ。この場合、脊髄神経に対する治療は対症治療ではなく、原因治療に近くなる(原因は変形脊椎症や胸椎の椎間関節症)。
このタイプは鍼灸の最適応の病態であって、背部一行刺鍼で速効することが多い。
★一見、内臓症状のようであっても実際には脊柱以上が関与した脊髄神経症状である場合、それは偽内臓症!
〇上腹症状の基本治療
・上腹部内臓:前枝→T6~9、腹直筋(歩廊~滑肉門)
後枝→T6~9、起立筋(膈兪~肝兪)
横隔神経(C3C4)
第6~9肋間神経(膈兪~肝兪)
〇腹症状の基本治療
・腹部内臓:前枝→T10~T12、腹直筋(天枢~大赫)
後枝→T10~T12、起立筋(脾兪~三焦兪)
★鍼灸治療は、内臓症状でも、偽内臓症状でも、やることは同じ!
第4節 横隔神経と体壁反応
一般的に鍼響の大部分は、体壁が響くのであり、内臓に至るような響きはまずない。しかしながら横隔膜隣接臓器の内臓症状に対する鍼灸治療は、横隔膜に分布する知覚神経を上手に刺激することで、該当する部に鍼響を送り込むことができる。具体的にいえば、たとえば「胃の具合が悪い」と訴える患者に対し、刺鍼して胃のあたりに響かせることができるので、術者と共に患者にとって説得力をもつことになる。
★鍼響の大部分は体壁が響く。しかし横隔膜に分布する知覚神経を上手く刺激すれば該当内臓部に鍼響を送り込める!
1.横隔神経反射(石川太刀雄「帯壁内臓反射」より)
横隔膜隣接臓器(肺下葉、心臓、胃、肝、膵臓など)に異常が起こると、内臓の異常反応が横隔膜に波及します。内臓知覚は本来鈍感ですが、横隔神経は脊髄神経なので敏感。患者は本来の内臓症状よりも横隔膜反応を中心に愁訴を訴えることが多い。
横隔膜に刺激を与えるには、次に示すように横隔神経や第7~12肋間神経を狙う。
★内臓知覚は鈍感、横隔神経は敏感!
1)横隔膜中心部
C3~C4横隔神経支配。このデルマトームやミオトームは頚肩部を支配し、同部の皮膚過敏と筋コリをもたらす。
★内臓病変(鈍感)→横隔中心部(敏感)→C3~C4(横隔神経)支配→頚肩部の皮膚過敏と筋コリ!
2)横隔膜辺縁部
辺縁部の第7~12肋骨縁に接する部は、T7~T12肋間神経が知覚支配し、この領域の皮膚過敏と筋コリをもたらす。とくに膈兪~至陽部の肋間神経がでる部を押圧して圧痛がでる。
※これら横隔膜隣接臓器の異常は直ちに横隔膜に波及する。胸腔臓器は主にC3~C4に、腹腔臓器はC3~C4とT12ともに関連する。
★内臓病変(鈍痛)→横隔辺縁部(敏感)→T7~T12(肋間神経)支配→上背部の皮膚過敏と筋コリ!
2.督兪穴刺鍼の響き
1)手法
似田先生の師匠であったD先生は、督兪(T6棘突起下外方1寸前後)から、やや内方の刺入で椎体後面方向に刺入し、椎体にぶつかる直前に硬い筋緊張を感じるので、そこを緩めるような手技を行っていたそうです。鍼の細かな雀啄を10秒間ほど続けるうちに、横隔膜~胃あたりに確実に鍼響を得ることができたとのこと。
★督兪(背部兪穴)、椎体にぶつける直前で雀啄。効果大!
2)理論的根拠
T6~T12棘突起下外方1寸から、やや内側方向に直刺深刺しすると、鍼は起立筋を貫き、続いて多裂筋や半棘筋に入り、最終的には椎骨背面にぶつかる。多裂筋や胸半棘筋に入る頃から、鍼先に筋の肩さを感じとることが出来る。
これら2筋とも起立筋と同様に脊髄神経後枝支配で、後枝→前枝(肋間神経T1~12)→横隔膜と刺激が伝わると考えられます。
★多裂筋・胸半棘筋→脊髄神経後枝→脊髄神経前枝→横隔膜→胃辺り(心窩部)に鍼響!
3.柳谷素霊<五臓六腑の鍼>の膈兪の鍼
この督兪の響きと同様の内容は、柳谷素霊著「秘伝一本鍼伝書」中の<五臓六腑の鍼>の<膈兪一行の鍼>(T7棘突起下で、棘突起から外方1寸)に似ている。得兪と膈兪の場所自体も1寸しか違わない。
なお柳谷は脾兪一行の鍼は、胃に響くという。脾兪も第11肋間神経刺激ということで、第7~12肋間神経という範囲内なので、膈兪と同様の鍼響きは得られると思われます。伏臥位でなく、坐位で手技鍼することに特徴があります。
★柳谷素霊は督兪ではなく脾兪で鍼響を得ていた。坐位!
〇胸腔内臓器
・体位:正座。両手を膝上に置き、上体に力を入れず、頭はまっすぐ。静かに深く呼吸をする。
・位置:T7棘突起から外方1寸内外。(≒膈兪)
・刺鍼:寸3または寸6の2~5番の鍼で1~1.3寸ほど直刺。横隔膜に鍼響をもっていく。響きが至れば弾振後、抜鍼。
・適応:横隔膜症状、横隔膜痙攣
〇腹腔内臓器
・体位:正座または伏臥位。腹に力を入れる。
・位置:T11棘突起下外方1寸(棘突起外方1.5寸~2cm)(≒脾兪)
・刺鍼:寸6または2寸の2~5番で深刺直刺。胃に響きが至る。響きが至れば弾振後、抜鍼。
・適応:胃疾患、胃痙攣
〇骨盤内臓器
・体位:長坐位で足先を突っ張る。上体を後に倒れないように注意。
・位置:L2棘突起下の外方1寸(棘突起外方1.5~2cm)(≒腎兪)
・刺鍼:寸6~4寸で深刺直刺。内臓に響きが至れは弾入後、抜鍼。
・適応:腸疾患、腹痛
4.森秀太郎による膈兪・肝兪・脾兪から心窩部~胃に響かせる鍼(森秀太郎「はり入門」:医道の日本より)森秀太郎も、柳谷素霊と同様の内容を記している。
★督兪、脾兪と同様に膈兪、肝兪も胃に響かせ、治療の効果を上げる!
1)単純性胃炎
胃部の痛み、不快感、吐き気、胸やけなどを主症状とする急性胃炎は、鍼治療によって急速に軽快することがある。胃部の痛みがひどいときは、背を丸めて膈兪・肝兪・脾兪などの経穴で圧痛のはなはだしいものを選び、刺鍼し雀啄方を行う。内側に向けてやや深く刺入すると心窩部に響き、胸がすいてくる。
2)胃痛
胃部に突然急激な痛みが起こり、しばらくしていると一時楽になるが、また痛くなるのを一般に痙攣性胃痛という。胆石疝痛、胃炎、胃潰瘍、回虫症などがあって原因はさまざまだが、まずは痛みを止めることが先決。
止める方法は急性胃炎の場合とよく似ているが、脊柱の両側とくに膈兪・肝兪・脾兪などの経穴で圧痛の顕著なところを選び、5~6号のやや太い豪針で胃部に響くような雀啄法をしていると痛みが和らいでくる。
※鍼灸によって痛みが急速に軽快するのは大変にありがたいことだが、痛みを引き起こした原因に働きかけねばならない。
★胃痛には胃の六つ灸。やや深刺、やや太めの鍼、雀啄で効果を上げる!
5.胃倉刺鍼とその反応
・胃倉位置:T12棘突起下外方3寸。腰方形筋が第12肋骨に付着している部。
・胃倉刺鍼:側臥位で脊髄方向に深刺し、下後挙筋または陽方形筋にまで刺入して雀啄。
・適応 :痛みが強い場合や、起立筋の緊張が強い場合、伏臥位から背部2行線上(棘突起間の外方1.5寸)からの刺鍼施灸の効果が乏しい場合がある。このような場合、側臥位にて胃倉から深刺しすると治療効果が増大。胆石疝痛に用いると、疼痛が頓挫できることが多い。代田文誌氏は、胃倉は胃痙攣や胆石疝痛時の頓挫の特効穴としている。
★胃倉(T12棘突起下外方3寸、背部2行線)は胃痙攣の特効穴!
・治療理論:胃倉は下後鋸筋(起立筋の浅層に位置)または腰方形筋(起立筋の深層に位置)を刺激している。脊柱起立筋が脊髄神経後枝支配なのに対し、下後鋸筋や腰方形筋は脊髄神経前枝支配。T7~12肋間神経は、横隔膜外縁部を知覚。
内臓病変→横隔膜外縁部刺激→T7~12肋間神経興奮→下後鋸筋緊張(または腰方形筋緊張)という病変機序がある。その逆方向に作用するであろう胃倉刺鍼が治療部位になる。
※下後鋸筋:T11~L2の棘突起から始まり、第9~12肋骨の外側下部に停止。呼気時に第9~12肋骨を内下方に引く。肋骨を椎骨に結び付ける筋。
★下後鋸筋、腰方形筋は脊髄神経前枝支配!
6.胃のつかえに対する操体法
操体法では、「胃のつかえ」は、現代医学ではうまく治療ができず、その真因は上腹部腹直筋と中背部筋の筋緊張によることがあると考えている。一見すると胃症状と思えても、実際は体壁の緊張に由来するわけだ。足三里の刺激が胃に効くというのも、足三里の刺激→腹直筋緊張軽減→胃症状軽減といった機序になるかもしれない。
①正座をさせてから、腹をへこせるように上体を前屈させる。
②術者は患者の後ろで、膝を患者の腰に、手を肩の前に当てるように座る。
③患者を後ろに引き起こすように抵抗を与えてやり、患者はそれに逆らい前屈をしようとする(力比べ)。
④患者は一気に力を抜く。
つまりは腹直筋に力を入れるということ。自分一人でもできる。
★一時的にしっかり力を入れることが大事。
😊薬を飲まずに具合がよくなったり、痛みが楽になったりするんだったらその方がいい。ということで鍼灸を好まれる方は大勢います。さらには鍼灸にも頼らず体操で何とかなるんだったらもっといい、という方もいるでしょう。運動も、できれば日ごろから行い、具合が悪くならない、胃が痛くならないよう予防に努めることが理想的です。
7.坐位での上腹部刺鍼(高松松雄「医家のための痛みのハリ治療」医道の日本社、昭和55年)
高松松雄医師は、つわりの皮内鍼として、次のように記している。「つわりでは、日中起きている時に、吐き気や不快感が強いが、夜間就寝時には少ないことから、立位で反応点を診察する。壁に背なかをつけた姿勢で上腹部を探すと、巨闕~中脘あたりの任脈を中心に圧痛点が発見できる、また壁に胸腹をつけた姿勢で腰背部を探すと脾兪~胃あたりで、胃の裏あたりに相当する起立筋に圧痛殿を発見できる。この反応点にすべて皮内鍼を貼る」
★つわりは夜間就寝時に少なく、日中起きている時に、吐き気や不快感が強い。よって反応点の診察は立位で行う!圧痛点に皮内鍼!
つわりの鍼灸治療といっても、症状は悪心嘔吐中心であり、これは胃の不調感の治療と同じように考える。すなわち腹筋のしこりを緩めることが重要で、坐位にての腹直筋付近の反応点刺鍼は、効果的な方法となる。胃の病変→交感神経興奮→交通枝→肋間神経興というルートになる。具体的には、トラベルの指摘したように、左不容あたりに左外腹斜筋の圧痛硬結を触知できることが多いが、心窩部や季肋部の腹筋の圧痛硬結をとらえて刺鍼するということが効かせる要領になる(坐位で実施するので置鍼不可)。
★つわりは悪心嘔吐の治療と同様。背部では胃の六つ灸、腹部では不容あたりが狙い目。坐位!
第5節 胃疾患と鍼灸治療
第1項 代表的な胃疾患
1.急性胃炎
胃粘膜が化学的、機械的な刺激によって起こるびまんせいの胃の炎症。
※びまん性:病変が比較的均等に広がっている状態。
原因:暴飲暴食やストレスによる胃粘膜の急性炎症。
治療:放置していても数日で自然治癒する
※旧来の「慢性胃炎」は消失し、FD機能性胃腸症(=機能性ディスペプシア)に置き代わった。機能性ディスペプシアとは、胃もたれ、満腹感、みぞおちの痛みをはじめとする症状を自覚しているものの、内視鏡で観察しても粘膜に異常が認められない病気。
★急性炎症の原因は、暴飲暴食、ストレスによる、胃粘膜の急性炎症!
2.慢性胃炎・胃潰瘍・胃癌
現在、消化性潰瘍の治療の中心は、ピロリ菌の除菌に重点がおかれる。1980年初頭ごろまで慢性胃炎の原因は、攻撃因子>防衛因子とされていた。攻撃因子は(胃酸やペプシンなど胃炎膜を障害する因子)、防衛因子(粘膜を保護する粘膜や重炭酸)。
※胃粘膜は多くの粘液やアルカリ性の重炭酸を分泌して強い胃酸から胃粘膜を守っている。
★現在、消化性潰瘍の治療の中心はピロリ菌の除去!
しかし今日、胃酸は傷ついた胃粘膜の修復を妨げはしても、胃炎・胃潰瘍の直接的な原因でないことが判明している。これまでの胃酸を中和したり、胃酸そのものを止めてしまうような薬は、胃のむかつき感や痛みは軽減されることはあっても、「治癒」することはないということ。現在の薬物療法は、胃酸を制御する薬から除菌へと変化した。
一般的に粘膜欠損が、粘膜内にとどまる場合はびらんといい、粘膜下層に達した潰瘍とは区別する。
※胃粘膜は多くの粘液やアルカリ性の重炭酸を分泌して強い胃酸から胃粘膜を守っている。
※1990年代頃までは重曹が使われていたが、胃酸の一時的な中和作用しかなかった。
H2ブロッカー治療おこなっても、ピロリ菌の除菌治療を行わないと再発率は9割になるとのこと。
★胃酸は傷ついた胃粘膜の修復を妨げはしても、胃炎・胃潰瘍の直接的原因ではない!
胃・十二指腸潰瘍(消化性潰瘍)の原因は、胃酸分泌やペプシン(たんぱく質消化酵素)亢進により、十二指腸粘膜を傷つけることにある。とくに脂肪食は胃酸分泌を亢進させる。
※ピロリ菌:へリコ(らせん状の)バクタ―(細菌)・ピロリ(幽門部)の略。胃の幽門部付近に好んで住み着く。
★現在、消化性潰瘍の治療の中心は、ピロリ菌の除菌!
1)原因
胃粘膜の防御機構の低下による。この原因には、胃酸・ピロリ菌・ストレス・NSAIDs(エヌセイズ。非ステロイド系消炎鎮痛剤の総称。アスピリンなど多数)内服など。最重要因子は、ピロリ菌である。
ピロリ菌が出す毒素が胃粘膜を刺激し、炎症を起こすと慢性胃炎となり、ひどい場合には胃潰瘍に発展する。その一部は胃癌にまで進展。胃ガンのほぼ全例にピロリ菌感染がみられる。
※NSAIDsを3ヵ月以上服用した関節リウマチ患者の15%以上に胃潰瘍を認めたという報告がある。
★ピロリ菌の出す毒素により、慢性胃炎→胃潰瘍→胃ガンと進展することある!
①ピロリ菌感染原因
まだ免疫が弱い5才くらいまでの子供の頃に井戸水や便、感染者から感染、一度感染すると除菌しない限りほぼ一生感染し続ける。日本人では年齢が高いほど、ピロリ菌の感染率が高い理由の一つが井戸水によるもの。50代以上のピロリ菌感染は70%、29才以下は30%。ピロリ菌に感染していても発症に至るのはわずか。
★ピロリ菌に感染していても発症に至るのはわずか!
②ピロリ菌の胃粘膜への定住による病理機序
ピロリ菌は胃酸の強酸性下にあっても生息し繁殖できる。それはピロリ菌自体がある種の酵素を作り、非常に強いアルカリ性物質を合成するため。ピロリ菌は、このアルカリ性物質の働きによって、胃の壁の上皮細胞に穴をあけ、細胞に深く食い込むことができる。
★ピロリ菌は、アルカリ性物質の合成によって胃の壁の上皮細胞に穴をあけ、細胞に深く食い込み、生息することができる!
😊従来より胃潰瘍と関連が深いとされてきたストレスは、現在、それ単独では潰瘍形成には至らず、胃潰瘍はピロリ菌の存在により発症すると考えられています。ストレスを減らすことは、早急にピロリ菌の除去を行わないのであれば、なおさら重要です。
2)薬物治療
①胃酸分泌を継続的に減らす
a.H2ブロッカーによる持続的な胃酸分泌低下
H2受容体とは胃壁にあり、これにヒスタミンが結合すると胃酸が分泌される。H2ブロッカーはヒスタミンの結合を阻止することで、胃酸酸分泌を継続的に減らす薬物。商品名はタガメット、ガスターなど。
★H2ブロッカーはヒスタミンがH2受容体を阻止、胃酸分泌を減らす薬!
H2ブロッカー治療は有効だが、ピロリ菌の除菌治療を行わないと再発率は9割。ピロリ菌が完全に除去できた場合の再発率(1年以内)2.3%というデータあり。
★H2ブロッカー治療は有効だが、ピロリ菌の除菌治療を行わないと再発率は9割!
b.プロトンポンプ阻害薬(PPI)
胃内において胃酸分泌を抑え、胃潰瘍などを治療し逆流性食道炎に伴う痛みや胸やけなどを和らげる。胃内において胃酸分泌の最終段階にプロトンポンプというものがある。本剤は胃内のプロトンポンプを阻害することで胃酸を抑える作用をあらわす。H2ブロッカーよりも強力。
H2受容体拮抗薬よりも、胃酸分泌抑制作用が強い。本剤は、ピロリ菌治療の薬剤の一つとして使用する場合もある。商品名オメプラール、タケプロンなど。
★プロトンポンプ阻害薬はH2ブロッカーよりも強力!
②ピロリ菌の検査
ピロリ菌感染の有無を調べるのは、尿素呼吸検査(診断薬服用の前後の呼気を集めて検査。3割負担で1730円)が代表。
③ピロリ菌の除菌治療
1次除菌と2次除菌がある。まず1次除菌として、2種類の抗生物質と1種類の胃酸抑制剤を7日間服用。治療終了後1ヵ月後に再検査する。この時の成功率は8割弱。
これで除菌できなかった残りの2割の者に対して2次除菌治療を行う。この時は、1次除菌とは一部異なる抗生物質と胃酸抑制剤を1週間服用。2次除菌の成功率も8割弱。
★胃痛の治療薬には、H2ブロッカー、プロトンポンプ阻害薬、ピロリ菌除去のための抗生物質等がある!
3.機能性胃腸症
1)概念
機能性胃腸症、FDN(潰瘍のない消化症状)とも略される。これまで、胃下垂・胃けいれん、慢性胃炎とよばれていたものに相当。
胃内視鏡で胃の炎症所見と、患者の訴える症状が一致しないことから、最近になって確立された病名。日本人の4人に1人が、月に2回以上のFD症状を自覚しているとされている。
★機能性胃腸症・FDN(潰瘍のない消化器症状)とは、これまでの胃下垂・胃けいれん、慢性胃炎に相当する!
2)分類(Rome国際委員会のRomeⅢ診断基準2006年)
①食後愁訴症候群
食後愁訴症候群とは、食べた後に胃もたれや膨満感したり、少し食べただけでお腹が張って、食べられなくなる状態。
症状:
a)胃の早期膨満感(すぐに腹がいっぱいになる)←胃受容性弛緩の異常
健常者では、食物は近位胃(胃の食道に近い側)が膨らみ(受容性弛緩とよぶ)、いったん蓄えらえ、ゆっくりと遠位胃(十二指腸に近い側)に内容物を送り出している。ストレス等による障害で、胃が膨らまなかったり、柔軟性が損なわれると、少量の食べ物が入った状態で、胃の内圧が上昇し、膨満感を感じる。
★食後愁訴症候群は、ストレスで胃が膨らまない!
b)胃のもたれ ←胃の収縮機能低下(十二指腸に食べ物を送り出せない)
★胃もたれは、十二指腸に食べ物を送り出せない!
②消化器知覚過敏
潰瘍はないのに、胃潰瘍に似た症状が出る。心窩部痛を生じる。
★消化器知覚過敏は、潰瘍はないのに、胃潰瘍に似た症状が出る!
3)現代医療の治療
器質的疾患の除外後、消化管蠕動改善薬(ナウゼリン等)を第一選択として2週間投与。それで効果の乏しい場合、心理ストレス要因の検討を行い、胃酸分泌抑制薬、抗不安薬、抗うつ薬などの投与を検討。
★抗不安薬や抗うつ薬も治療の選択肢の一つになる!
第2項 胃疾患の鍼灸治療
1.胃・十二指腸潰瘍の鍼灸治療
H2ブロッカー治療が行われるにつれ、胃・十二指腸潰瘍で入院する患者、さらに手術する患者は激減した。また再発予防にはピロリ菌の除菌治療が行われ、再発率も大幅に低下してきた。このような状況下にあっては、鍼灸の活躍する場面は減少してきている。
しかしH2ブロッカーを投与すると胃酸の分泌は減るが、白血球の顆粒球が減少(リンパ球は増加)してしまうという副次的な作用がある。これは交感神経機能低下を示唆し、このことからH2ブロッカーは長期間使用には向いていないことになる。またピロリ菌除菌率も7割程度であるため、薬剤を使うことなく、交感神経緊張状態を改善できなければ望ましいことであるに違いはない。
鍼灸治療は、体壁-内臓反射理論にもとづき、体幹前面と体幹背面の体壁反応点に施術することで、体性神経興奮を鎮めることを目的とします。
★H2ブロッカーは白血球(顆粒球)を減少させてしまう!
2.機能性胃腸症の鍼灸治療
ストレス(ノルアドレナリン・ドーパミン分泌)による交感神経緊張
↓
蠕動運動低下してい内容物が長時間胃内に停滞。胃液分泌量も減少する。(症状:食欲不振・胃膨満感出現)
↓
慢性化:交感神経が是正されない状態が続くと、バランスをとるために副交感神経も緊張(症状:無気力・倦怠感なども出現)
★交感神経過緊張が長期に渡る状態は、副交感神経も緊張させる!
交感神経と副交感神経が両方とも緊張した状態とは、アクセルとブレーキに例えられる。
まず患者は車のアクセルを踏んだ状態で、スピードオーバーの状況にある。スピードを落とすためには、普通であれば、アクセルペダルから足を離してブレーキを踏む。しかしこの患者の場合、アクセルペダルを踏んだまま、ブレーキを踏む状態になっている。ふつう、このような場合、車をコントロールするには、まずアクセルから足を離し、次にブレーキを踏まねばならない。
日常生活において、リラックス(交感神経<副交感神経)とリフレッシュ(交感神経>副交感神経)の双方が充実しているのが理想である。
つまり、日ごろ、仕事等でストレス(交感神経>副交感神経)が溜まっている場合、自律神経のバランスをとるためには副交感神経優位の状態にしなければならないということになる。しかし、趣味など積極的に活動してリフレッシュした後は副交感神経優位となるので、不都合を感じていないのであれば、あえてリラックスとリフレッシュを分けて考える必要はない。
鍼灸治療の目的は、交感神経の活動を緩和させること第一の目的としている。交感神経の活動が通常の状態になれば、結果として副交感神経も通常の状態に戻る。
★治療は副交感神経の活動を活発にするのではなく、交感神経の活動を抑える!
①交感神経緊張状態を鎮める目的の鍼灸治療
日中活動時には、誰しも交感神経興奮状態にある。興奮を低下させるのは、レム睡眠が最も有効。ただレム睡眠に入るのは90分後(それから20分間程度継続する)。しかし現実的に、治療室でレム睡眠に誘導するのは無理。治療した当日の夜、グッスリと眠れるということを治療目標とし、さらには継続治療や日常生活の見直し改善を図り、治療に頼らずともスムーズな入眠と熟睡できるようになり、ひいては胃の状態も良好になることが最終的な目標となる。
鍼灸治療においては、筋緊張改善により心身をリラックスさせるため(交感神経の過活動を抑えるため)、背部兪穴置鍼などが有効。
交 迷走
・胃 (+) (++)
・十二指腸 (+) (± )
〇食欲がない→ 交感神経が過活動→ 交感神経を抑える →背部兪穴・中脘刺鍼 →食欲出る
〇食欲過多 → 副交感神経過活動→ 副交感神経を抑える→耳介肺区刺鍼 →食欲治まる
〇咳出る → 副交感神経過活動 → 副交感神経を抑える→耳介肺区刺鍼 →咳治まる
★交感神経の興奮を低下させるためには、レム睡眠(ノンレム睡眠も)が最も有効!
②柳谷素霊氏の五臓六腑の鍼
正座位で腹筋に力を入れさせた状態で、膈兪一行に刺鍼。
これは肋間神経刺激→横隔膜辺縁部刺激となる。巨闕や鳩尾などの腹直筋起始部の刺激でもよい。素霊の方法は、前述①とは異なり体性神経を刺激する方法で、より直接的である。
★筋肉を緊張させた状態での刺鍼が、治療効果を高める!
③代田分誌氏の方法(代田文誌:「鍼灸治療要訣-第4回東邦医講習会に於いて、東邦医学)
全身の筋肉を刺激することが必要。例えば上腕二頭筋をつまんで引き上げると、非常に痛いが胃の気分がよくなる。また淵腋から章門にかけてこれを行うと腹筋にも力が入る。すると急にゴロゴロと音がして胃が収縮し、下垂している胃が上昇する。
※淵腋:腋窩中央の下方3寸、肋間
※章門:第11肋間前端下際
★単に気持ちがよいだけの治療よりも効果的な方法がある!
④橋本敬三氏の腹痛の操体法
膈兪付近を強指圧し、患者がその痛みから逃避動作をすることが背筋緊張緩和し、胃部痛改善に効果があるとしている。
伏臥位にて脊柱の両側の起立筋上を指圧して探ると、胸・腰椎の境界付近(膈兪)に最大圧痛点がある。ここを強く指圧すると、患者はその痛みに耐えかねて呼吸をとめ、身体をひねって痛みから逃れるような姿勢をとる。なおも力を緩めずに指圧していけば、圧痛は徐々にとれていき、最後は患者はフッと呼気をする。指圧を続けても、だんだん呼吸が平常にもどる。この時しでに圧痛はなくなって腹痛も止まっている。
★胃部症状改善のために膈兪への強刺激。痛いからこそ効く方法がある!
第3項 常見消化器症状の診療ポイント
1.るい痩
1)定義
標準体重の20%以上低下したもの。日本肥満学会ではBMI18.5としている。
※伸張160cmの者の理想体とされる体重は、22×(1.60)²=56.3kg。
この20%減の45.0kg以下を「るい痩」とし、BMI指数は体重÷(身長)²。
x=45.0/(1.60)²でx=「17.6」となる。
※肥満が体脂肪の高い状態をさすのに対し、痩せは体脂肪率が低い状態ではない。
やせていても心身に支障がなければ問題はない。ある一時点での体重ではなく、「体重の減少」が重要。
★るい痩=標準体重の20%以上低下したもの!
臨床的に問題となる痩せ症とは次の3つ。
①非病的先天性・体質性:遺伝的要素
②単純性:習慣性、環境性、経済性(食べ物が足りない)など
③症候性:消化器系疾患、糖尿病、甲状腺機能亢進症、悪性腫瘍、神経性食思不振症、うつ病など
★臨床的に問題となるるい痩は、遺伝的要素、経済性、症候性(病気に伴うもの)など!
3)鍼灸院における鑑別
食べても太らない、動悸・頻脈(+):甲状腺機能亢進症
かつては肥満傾向、頻尿口渇(+):糖尿病
食欲なく一般状態不良:慢性消耗性疾患(悪性腫瘍、感染症)
食欲ないが一般状態良好:神経性食思不振症、精神症状あり:鬱病
★悪性腫瘍でも、鬱病でも痩せる!
2.食欲不振
1)除外診断
①全身疾患の一部としての食欲不振
甲状腺機能低下症:寒がり、倦怠感、徐脈 →甲状腺ホルモン治療
貧血:動悸、息切れ、易疲労 →貧血の原因追及が必要。大部分は鉄欠乏性貧血。
悪性腫瘍:食べていても体重が減少する。(1ヵ月間で3kg、3ヵ月で5kg以上)
癌になると、癌細胞から筋を破壊する物質が分泌されて、脂肪ではなく、主にタンパク質と糖が消費され、筋肉を破壊してエネルギーを補うようになる。筋肉が減ることで体重減少が起こる。体力が奪われ、元気がないように見える。
②デブレッション(抑鬱状態)
後述
★痩せることの背景にあるものに注目するすべし!
2)鍼灸治療
食欲不振による体重減少で、多めに食べると吐いてしまうという者では治療が難しくなる。
食欲不振が胃機能の問題であれば機能性胃腸症の治療を行う交感神経を緩める目的で、背部兪穴置鍼。腹部への鍼刺激は、副交感神経は関与せず、交感神経を介した抑制反応であることが分かっている。
★背部兪穴置鍼は、交感神経を緩めるのが目的!(副交感神経と興奮させるのではなく)
★抹消穴(足三里等)刺鍼は副交感神経を活発にする!
足三里への鍼刺激は、胃や結腸運動を促進させる。すなわち副交感神経優位に導き(例えば胃や腸がグルグル音を立てる)ますが、一方ではストレス負荷により亢進した結腸運動を抑制する(ストレスによる腸のグル音の低下)ことが知られています。つまり相矛盾した反応がみられるという。これらのことは、ストレスによる胃排出能の低下にはGABA(γアミノ酢酸・抑制性の神経伝達物質。)やGlu(グルタミン酸・GABAを生成する)が有効ではないかと考えられています。
★鍼灸により、低下している機能は亢進し、亢進し過ぎているものは抑制される!
★下肢末梢神経刺激の意義
深腓骨神経や大腿神経刺激が胃の蠕動運動に影響を与えることが動物実験で確認されているので、末梢神経に響かせる鍼が効果を生じていることも考えられる。
①足三里:外膝眼の下3寸。前脛骨筋中。深刺時は深腓骨神経刺激。
②蘭尾 :足三里の下2寸。前脛骨筋中。深刺時は深腓骨神経刺激。
③梁丘 :膝蓋骨外縁上縁より上方2寸。外側広筋中。大腿神経刺激。
★深腓骨神経や大腿神経刺激が胃の蠕動運動を促進させる!
3)特効穴太白刺鍼
食欲不振の特効穴として太白が知られている。
①位置:第1中足指節関節(MP関節)の後内側、中足骨の内側を後方からさすって指が止まるところ。 肌目の赤白肉の境。脾経の原穴。
②刺鍼:寸3#2で、骨に当てず、また響かせないよう深めに直刺。5~15分間置鍼(症状が軽くなるまで)。置鍼して時間がたつにつれ、胃が温かくなり痛みがなくなる。胃が動きだす。お腹が空いてきた、気持ちがよいなど表現する。(長尾正人「胃の一本針・小腸の一本針」医道の日本、平成11年1月号)
③適応:胃もたれ、胃がスッキリしないなどの二日酔い的な症状。
④理論的背景
太白は四肢抹消穴の一つであり、四肢抹消穴刺激は、基本的に副交感神経緊張亢進させる働きがある。操体法での食欲増進の方法に、「足首を縦、足指を強く背屈させた姿勢で正座させる。尻を左右に動かすことで指先を揉むようにする」という内容がある。これは直接的には足底筋のストレッチ刺激なので、太白刺鍼と共通性があるかもしれない。
★食欲不振の特効穴、太白!
3.神経性無食欲症(=拒食症)
1)症状
食欲不振というより拒食症状態。食べる必要を感じていない。太ることに対して過剰な恐れを感じ過度の食事制限を行う。ダイエットにのめり込み、体重減少を維持することまたは身体的な苦痛に耐える(空腹や疲労を無視する)ことで達成感・高揚感を感じる。行動も活動的。10~20歳代の独身女性に多い(男は5~10%)。
発症の要因にはにはさまざまあるが、家族関係において何かしらの問題がる場合が多い。体重減少を通して自身の抱える何かしらの問題が表現されているともいわれている。
体重減少の程度は著しいのですが、βエンドルフィンやドーパミン過多になっているため、比較的活動的。しかし、身体的一定レベルのラインを超えて体重減少が生じると生命の危機に瀕する。
治療は身体的なもののみではなく、家族関係を含む周囲の環境に対しての介入が求められる。
※鬱病やパーキンソン病ではドーパミン分泌低下
体重減少の過程で低栄養状態が続くと、卵巣機能や下垂体機能が低下する。新陳代謝機能低下を生じ、血圧低下、体温低下、遅脈などが出現。ホルモン失調が生ずると無月経となりシモンズ病との鑑別が困難になる。若い女性が本症になると婦人科臓器が萎縮し、その後体重が回復しても妊娠できない身になることもある。新しい生命を育てるよりも自分の生命を守ることが優先されるため。
※シモンズ病:下垂体前葉不全の結果として起こった悪液質。脈拍・血圧・体温など新陳代謝低下。ついには昏睡に陥り死亡する。
2)治療と予後
死亡率は6~20%、治癒率3割。2~3回の治療でドロップアウトするので入院治療が原則。むやみに食事を強制せず、食事を止めた背景を知ること。
★拒食症は、むやみに食事を強制せず、食事を止めた背景を知ること!
😊るい痩(太りたい)に対しては副交感神経を優位にし、肥満(やせたい)に対しては副交感神経を抑制する(結果として交感神経優位となる)ような刺激を与える、ということになります。具体的には、副交感神経を優位にするためには四肢末梢穴へ、副交感神経を抑制するためには耳穴(迷走神経抑制)への刺鍼です(賛否あり)。ではリラックス効果があるとされる背部兪穴へ鍼灸はどうなのか?食欲亢進している人(痩せたい人)の背部兪穴に鍼灸を行ったら、副交感神経が益々亢進して、逆効果になるのではないか?との疑問がわきます。もしそのようなことになったら対応を考えねばなりませんが、多分にしてそうはなりません。なぜなら鍼灸は生体が本来もっている「元気になる力」「自然治癒力」を賦活させる(弱っていたり、機能低下している状態を正常に戻す)ものであり、鍼灸が逆の方向に働くことは、基本的にはないからです。いずれにしても、るい痩にしても、肥満にしても、鍼灸単独で効果を出すことは難しいとされていますので、正しい食や適度な運動を治療の中心とすべきです。
4.鼓腸(腹腸)
1)鼓腸の原因
鼓腸とは、消化管内にガス(空気を含む)が溜まっている状態です。多くのは機能性で過敏性腸症候群に含まれますが、鼓腸の重篤疾患に(イレウス)腸閉塞があり、腸のガスが下部へ移送されないためにおこります。
空気を異常に多く飲み込む人にみられる呑気症(空気嚥下症)によっても生じる。口から飲み込まれた空気の大分はゲップとして排出され、一部は胃泡として留まり、一部は腸内に進む。腸内ガスの大部分は、肛門からおならとして放出されるか、消化管壁から吸収されて血液中に入り肺で排出される。ごく軽い鼓腸は、ガスを発生させやすい食物(サツマイモやゴボウなど)を多く食べたときや、便秘が強いときにもみられる。正常な人では1日に10回以上おならが出るが、鼓腸があるとそれ以上に多くのおならが出る。
★鼓腸を起こす重篤疾患にイレウスがある!
2)鼓腸の分類
①呑気症(空気嚥下症)
大量の空気を呑み込むことによって、胃や食道、腸に空気がたまり、ゲップや腹部膨満感、ガス、胸焼けや上腹部痛などが起こるものです。ゲップが多いことにより逆流性食道炎を生じることもある。
食事の際、飲食物と一緒に少量の空気を呑み込んでいるが(10㎖の水を飲むと、18㎖の空気が胃に入るという報告あり)、緊張すると唾を飲み込む回数が増える傾向にある。呑気症の最も多い原因はストレスとされていて、人前でのゲップやおならを抑えようとすることがさらなるストレスになり、うつ状態になることもある。
緊張時に歯を食いしばることで唾液を飲み込みやすくなり、呑気症を生じるものを「噛みしめ呑気症」という。噛みしめることにより肩こりや頭痛、顎の痛みを誘発する。
★歯を食いしばると空気を飲み込みやすくなる!
②脾湾曲症候群と肝湾曲症候群
食事の後でS上結腸が強く収縮して腸内ガスや糞便の通過を妨げると、左脾結腸彎曲部(横行結腸が下行結腸に移行する部)や肝湾曲部が伸展されて痛みが現れる。過敏性腸症候群の一種。
★脾湾曲症候群と肝湾曲症候群は過敏性腸症候群の一種。つまり原因はストレス!
※持久走時に生ずる脇腹痛の機序と対症法
ランニング時に生じる脇腹痛の原因は次のようなもの。
走ることで大腸の蠕動運動が小さくなる一方、体の振動によって腸全体が大きく揺れ、大腸内のガスが大腸の上部まで上昇する。この時に、大腸の左右の曲がり角(「肝湾曲部=上行結腸・横行結腸移行部」と「横行結腸・下行結腸移行部」)にガスが溜まり、このガス塊が周囲の神経を刺激し痛みが発生する。運動を止めると大腸の蠕動運動がスムーズになり、ガスが分散、痛みはなくなる。
また、走りながらでも、痛くなった側の上肢を上げる、もしくは痛くない側に背中を反らすと痛みが軽減するのは、この動きによりガス塊が分散するため。
★ランニング中に脇腹が痛くなったら、痛い方の腕を挙げる!
3)鼓腸の治療
我慢できない腹痛・腹張の常見疾患は、機能性鼓腸で腸内ガスが大腸の肝彎曲部や脾彎曲部に停滞拡張している場合である。
〇腸内ガス停滞による腹痛
①腹痛で往診を求められる場合の大多数は、大腸・横行結腸の両角屈曲部に停滞拡張しているガスである。打診すると鼓音を呈している。
②鼓腸部に手のひらをあてて深く息を吐かせながら静かに圧迫を加えてやると、少なくとも数分以内にググーッというガスの移動流音を聞くか、または触知できる。これで腹痛は去る。これで聞かない時は他の原因(外科的腹症)考え、慎重を期すこと。(橋本敬三)「万病を治せる妙療法」より
★痛む処(鼓腸部)を息を吐きながらゆっくり押す!
3)イレウス(腸閉塞)との鑑別
①イレウスとは、腸の中を便が流れなくなり、停滞する状態。
②機械的(器質的)イレウス
鼓腸+腹痛+嘔吐では、機械的イレウスを考える。約90%はガンなどの腫瘍や潰瘍による狭窄、術後の癒着などで腸が詰まるために起こる。閉塞の程度が強いと、腸の血液循環が悪化し、腸管の壊死をきたす絞扼性イレウスになる。絞扼性イレウスの症状は激烈な腹痛であり、緊急手術を要する。症状は腹部膨満感と嘔吐で、ひどくなると吐物に便臭を感じる。腹部単純X線写真で特徴ある鏡面像(二ボー)がみられる。
★機械的イレウスは腫瘍に狭窄、術後の癒着が原因!
③機能的イレウス
器質的異常を伴なわないイレウス。腹部手術後腹膜炎で一過性に起こる。その他、開腹手術後、脊髄損傷、精神疾患なども原因となる。腸が詰まっていないにもかかわらず、内容物が停滞して動かない状態。機能性イレウスでは手術の適応はなく、絶食で輸液療法をおこなえば、多くは症状の改善をみる。痛みも軽度。術後に排ガスが出ると一安心するのは、イレウスが起きていないことが確認できるため。
★機能的イレウスの原因は、腹膜炎、開腹術後、脊髄損傷、精神疾患など!
3.酸症状(胸やけ)
胸部消化器に伴って起こる胸が焼けるような感じや、酸っぱいもの(胃酸)が上がってくるような感覚です。機能性胃腸症の症状の一つです。
1)胸やけの原因
①食道下部の拡張刺激:風船を食道に入れて膨らませると、胸やけが起こる。
②胃の逆蠕動 → 食道への胃液逆流(逆流性食道炎)
→ 噴門閉鎖不全(噴門部の神経筋異常)
③胃酸濃度は無関係(かつては胃酸過多で胸やけを起こすと考えられていた)
★胸やけは胃酸の濃度は関係ない!
2)胸やけの鍼灸治療
①胸やけを自覚する部への局所施術
真因は噴門部が閉鎖しないことだが、これに対する治療は困難で、治療の対症は胃酸分泌を減らしたり中和させることになる。胃の逆蠕動をコントロールすることで、胃液が逆上しないことを目標にする。
鍼灸の対症療法としては坐位で、患者さんが胸やけを感じる処へ刺鍼する。「前胸部中央T5(食道)の場合と心窩部T6から上腹部中央T9(胃)」の場合に分かれるが、いずれにしても、この反応点である筋コリ・皮膚過敏点に施術する。
背部も同様で、胸やけの際に圧痛が出やすいを手掛かりに刺鍼する。
★胸やけの反応点はT5~9(心兪、膈兪、膈兪)!
②左外腹斜筋起始部への施術
「胸やけする」「お腹が張る」等の症状は腹斜筋上部のトリガーポイント(左不容移動穴あたり)が活性化した時によくみられる。
※不容:胃経。天枢の上6寸、巨闕の外方2寸。ほぼ第8肋軟骨付着部。
★胸やけ、お腹が張るときのトリガーポイントは(左不容)!
4.悪心嘔吐
1)悪心嘔吐の概要
悪心とは、嘔吐の前に起こるむかつき(吐き気)、嘔吐とは、胃の中にあるものを吐き出すことです。悪心のみ、または嘔吐のみのこともある。
嘔吐とは本来は飲食した毒物を、体外に出すための合目的な反射運動で、その際に生ずる自律神経症状が悪心です。嘔吐中枢は延髄にある。
★嘔吐は本来は毒物を、体外に出す合目的な反射運動!
①中枢性嘔吐(嘔吐中枢直接刺激)
a.嘔吐中枢の物理的刺激
脳圧亢進(脳腫瘍、髄膜炎、脳出血)、大脳皮質興奮(痛み、臭い、光景)
※脳圧亢進
頭痛と嘔吐が同時にみられるならば、まず脳圧亢進を疑う。この場合、嘔吐中枢直接刺激するため悪心は伴わない。脳圧亢進を生ずる大部分の疾患は、片麻痺や激しい頭痛(クモ膜下出血時)などの重篤症状が出現する。ただし脳腫瘍は症状が不定で要注意。
脳圧亢進の三大兆候は、頭痛、嘔吐、うっ血乳頭。
ちなみに、髄膜刺激症状の三大兆候は、頭痛、項部硬直、ケルニッヒ(ズッコケと記憶)
※脳腫瘍:嘔吐は1/3にみられる。早朝起こることが多い。
★頭痛と嘔吐が同時にみられたら、疑うのは脳圧亢進。重篤疾患の恐れあり!
b.嘔吐中枢の科学的刺激
CTZ(化学受容体)仲介による。
血中薬物:モルヒネ、ジキタリス、ニコチン中毒、抗癌剤など
体内毒物:尿読症、肝不全、妊娠悪阻
※つわり
成人女性では妊娠6~7週間後につわりが出現する。つわりの強いものを妊娠悪阻という。
★つわりの強いものが妊娠悪阻!
②末梢性嘔吐(末梢からの求心性刺激による)<反射性嘔吐>
a.内耳迷路性:めまい(メニエール病、乗り物酔い)
b.迷走神経性:主として消化管粘膜刺激(食道・胃・腸の各疾患)
c.舌咽神経刺激:舌根、咽頭の機械的要素
★抹消性嘔吐は比較的軽症!
2)悪心嘔吐の鍼灸治療
悪心嘔吐が単独で出現することは少ない。鍼灸で取り扱う悪心嘔吐は、末梢神経嘔吐である消化管病変によるものが多く、腹痛・胃のもたれ・膨満感などとともに出現することが多い。
★鍼灸が取り扱う悪心嘔吐は、消化管病変によるものが多い!
①内臓体壁反射の治療 → 治療要領は前期の「胸やけ」と同じ。
②胃直刺
巨闕~中脘にかけて2~3cm直刺。催吐になるか鎮吐になるかは患者の状態により異なる。郡山七二氏は、本法を「簡易胃洗浄」と称した。催吐の場合は強刺激する傾向があり、数分後に嘔吐する。(郡山七二「鍼灸治療録」天平出版)
胃直刺は内臓体壁反射治療ではなく、内臓に鍼を入れること目的とする。実際には胃に響くような感じが得られればよいと考えられる。
★巨闕~中脘にかけて2~3cm直刺。催吐になるか鎮吐になるかは患者の状態による!
③梁丘(「胃カタルの鍼灸法」柳谷素霊選集(下)より)
膝上外側の大腿直筋の外縁で、下肢を伸ばしてウンと力を入れると凹むところを取穴(胃経の郄穴)。下方から上方に向けて、大腿直筋外縁下に針尖が入るような気持ちで斜刺。この時、患者には息を吸わせ、なるべく手足を気張るような力を入れさせて刺入。鍼を進ませるのは吸気時に行い、呼気時には鍼を留め、または力を抜く(呼吸の瀉法)。このようにして徐々に進め、鍼響が腹中に入ると患者が訴えれば、病の痛みが次第に薄らいでくる。腹中に響かない場合、弾振(ピンピンと鍼柄をゆっくりと弱く弾ずる)すれば、やがて疼痛は軽減する。
※体幹方向へ響かせる技法
上述の梁丘斜刺では、鍼響を下腹に送っているが、例外的な方法もある。四肢部刺鍼時の鍼響のほとんどは、通常四肢抹消側になる。しかし工夫によっては体幹側に響かすことができる。①響かせたい方向に、やや斜刺気味に直刺し、末梢方向に響きを与えていることを確認。②刺鍼点の末梢2~3cm部を指頭で押圧することで、末梢への響きを遮断。③さらに雀啄を継続すると、体幹側に響かせることが出来る場合が多い。指頭での押圧は、かなり強い力が必要である。助手などに、両手母趾腹を重ねて強く押圧させること。術者自身が運針しつつ押圧するのでは圧力が足りない。
★患者が力を入れた状態で刺鍼すべき方法がある!
④内関皮内鍼
乗り物酔いの悪心嘔吐に、内関(心包経の絡穴)に置鍼または皮内鍼をすると、悪心嘔吐は鎮静化される。また内関刺激はつわりによる悪心嘔吐にも果があることが知られている。このことから、内関刺激は、延髄嘔吐中枢→迷走神経→効果器(胃)という遠心性機序を抑制すると考えられています。酔い止め用リストバンドは内関を刺激するためのもの。
2000年の英国医学会において、嘔気嘔吐に対して内関穴刺激が有効だとのEBMが承認された。(「鍼灸治療の科学的根拠」医道の日本社 2001.6)
★内関刺鍼は悪心嘔吐に有効!
⑤後首と股間に 不意に冷水をかける方法
バリ島の漁師の間で伝わっている方法で、船酔い嘔吐・昏倒している者の不意をつき、後首や股間に向けて冷水を勢いよく浴びせかけるというもの。高確率で、船酔いが瞬時に解消される。作用機序は、交感神経を興奮させることで、相対的に迷走神緊張(乗り物酔いは迷走神経の過緊張により起こる)を緩め、胃の逆蠕動性を解消したものと考えられる。「2012年8月、探偵ナイトスクープ(朝日放送)で紹介」。交感神経を亢進させればよいといのであれば、他にも方法はあるだろうが、一番手っ取り早いということか。
★乗り物酔いは迷走神経(副交感神経)の過緊張!解消には交感神経を興奮させる!
⑥交感神経刺激薬「スピロペント」
海上自衛隊で自衛艦で勤務している者によれば、通常の酔い止め薬では、台風のような時化の時には対処できないという。そこで気管支拡張剤「スピロペント」を処方してみると、8割方が船酔いした中でも、自分は全く船酔いしなかったとのことであった。
なぜ気管支喘息の治療薬が「酔い止め」として効くのか?「乗り物酔い」をした時の症状を列挙すると、①吐き気、②吐く、③お腹がグルグル音を鳴らす、④便意を催す、⑤下痢をする、⑥顔面蒼白になる、⑦冷や汗をかく、⑧めまいがする、⑨血圧が下がる、⑩脈が速くなる等で、これらの症状は医学的にはショック症状かあるいはショック前駆症状を意味する。つまり、乗り物酔いは「ショック状態」なのである。
「ショック状態」は、交感神経と副交感神経のバランスが崩れて、交感神経が立ち直れない時に起きる現象のこと。体の平衡感覚に負荷がかかり、そのコントロールをするために自律神経(交感神経・副交感神経)も「ドミノ倒し」的に負荷がかかり、自律神経のアンバランスが極限状態になって「乗り物酔い」になる。
「スピロペント」は気管支交感神経興奮剤で、気管支を拡張させ、あるいは尿道筋肉を収縮させる。これが気管支喘息や尿失禁の治療薬としての「スピロペント」の存在価値である。
※スピロペントには厚労省の承認の薬効上「乗り物酔い」の適応がないので、ご希望の方は医師に相談。
※通常の酔い止め薬とは:抗ヒスタミン薬。嘔吐は脳から放出されるヒスタミンが、嘔吐中枢を刺激することによって起こる。ヒスタミンの作用を抑え、吐き気や嘔吐を抑える。
★乗り物酔いは「ショック状態」。気管支交感神経興奮剤スピロペントが効く!
😊気管支拡張剤「スピロペント」の処方によって、8割方が船酔いした中でも、自分は全く船酔いしなかった、というお話。気管支拡張剤とは、気管支を拡張することによって呼吸困難を改善する薬剤のことで、気管支喘息や慢性閉塞性肺疾患、急性気管支炎などに用いられます。嘔吐や咳は、ともに気が逆上したことで起こる症状で、これを治療するためには嘔吐なら主に胃経、咳であれば肺経のツボを使います。が、胃経で効かない、肺経で効かないときに、嘔吐に肺経、咳に胃経を用いて、著効をみることがあるんだそうです。
第6節 肝炎患者の扱いと慢性肝炎の鍼灸治療
1.鍼灸に来院する肝炎患者
急性肝炎や劇症肝炎は症状が激しいので、まず鍼灸院には来院することはない。一方、肝疾患があっても、ウィルスのキャリアや、症状の軽い者は自覚症状に乏しく、肝炎であることを気づかない人もる。鍼灸来院するのはB型・C型肝炎が多い(肝炎といえば、通常ウィルス性肝炎をさす)。またアルコール性肝炎、脂肪肝も鍼灸の適応。
★鍼灸適応はB型・C型・アルコール性・脂肪肝!
2.肝炎の概略
急激に肝臓に炎症が起こる疾患。 多くはウイルスが原因。ウィルスが完全に駆逐されるものを急性肝炎とよぶ。その他の原因として、自己免疫性、薬物性などがあるが、基本的には自然治癒する。6ヵ月間以上、ウィルスの破壊と修復が繰り返されるものを慢性肝炎とよぶ。慢性肝炎に占めるB型とC型の比率は1:3~4でC型が多い。国内には、B型肝炎者およびそのキャリアとC型肝炎者はあわせて150万人存在。
・急性肝炎:ウィルスは完全に駆逐されるもの
・慢性肝炎:6ヵ月間以上に渡り、ウィルスの破壊と修復が繰り返されるもの
★慢性肝炎に占めるB型とC型の比率は「1:3~4」でC型が多い!
1)A型肝炎(潜伏期間は2~4週)
経口感染(口→肝臓→胆汁→糞便→口)。急性肝炎として発症。2~3ヵ月後に自然治癒する。衛生設備の乏しい場所(発展途上国などで)集団発生する。
★A型肝炎は衛生設備の乏しいと場所で集団発生!
2)B型肝炎(潜伏期間は4~24週)
①水平感染(成人になってからの感染)
血液・体液による媒介。かつての主要感染原因は、輸血や医療用の針、鍼灸の鍼だった(現在では対策がとられている)。現在では体液(性行為など)が原因となる。急性肝炎として発症するが、そのほとんどは2~3ヵ月後に自然治癒する。ごくまれに一度激しい免疫反応を呈した場合、急性肝炎→劇症肝炎に伸展し、死亡することがある。
②垂直感染(新生児・乳児の感染)
かつては母子感染(分娩時に、B型肝炎の母親の産道を通る時、血液に触れる)が、問題だった(現在では対策がとられている)。幼少時は、免疫システムが未発達なので、B型肝炎ウィルスに感染しても免疫反応が起こらず、そのまま無症候性キャリアー(キャリアー:保菌者=HBs抗原陽性)となる。そのまま無症候性キャリアーとして一生を終える者が7割。
3割は思春期に急性肝炎として発病、そのうち7割が慢性肝炎に移行する。慢性肝炎状態のまま寛解と再燃を繰り返し、その20%は肝硬変(45才頃)・肝癌(50才頃)になる。
要するに、B型肝炎は、臨床的治癒する者(大部分)と肝硬変から肝癌で死亡する者(少数)に2つの流れがあるといえる。
インターフェロンや抗ウィルス剤を使って、ウィルスの増殖を抑えることは可能だが、ウィルスの排除はできない。予防には、ワクチン接種(HBs抗原)がある。ワクチンを注射すると体内にHBs抗体がつくられる。
★B型肝炎は水平感染(主に体液)と垂直感染がある!
3)C型肝炎(潜伏期間は2~24週)
血液による媒介で、体液は無関係。かつての主要感染原因は、輸血や医療用の針だった。感染力は弱いので唾液や精液などの体液からは感染しない。急性肝炎として発症し、3割は自然治癒する。残りの7割が慢性肝炎となる。いったん慢性肝炎になると、長期的には肝硬変・肝癌という一本道をたどる。
現在、国内にC型肝炎患者を約37万人おり、C型肝炎ウィルス持続感染者(=症状のなりキャリア)は190万~230万人いると推測されている。国内では年間、約3万人が肝癌で死亡しているが、うち8割はC型肝炎による。
★C型肝炎は血液感染。肝ガンによる年間3志望者万人のうちの8割を占める!
①これまでのC型肝炎の治療は
「インターフェロン単独治療」「インターフェロンとリバビリン(抗ウィスル薬の一つで、主にC型肝炎ウィルス治療等で施行)の併用治療」が中心だった。しかしインターフェロンを副作用が強く、途中で治療を諦めてしまう患者も少なくなかった。
・インターフェロン:本来人間の体が作り出す蛋白質で、ウイルス感染した細胞や腫瘍細胞で作られ、その増殖を抑制する。免疫系や炎症の調節などに作用して効果を発揮する薬剤。ガンや慢性C型肝炎、多発性硬化症などの治療薬として用いられる。インターフェロン治療は、ウィルス性肝炎を根治出来る治療法で、遺伝子のタイプにもよるが、B型肝炎で約3割、C型肝炎では薬5~9割の者が治療効果を期待できる、ただし強い副作用(発熱や頭痛、筋肉痛、脱毛、めまい、不眠など)を伴なう。
★インターフェロンは治療効果大。しかし副作用も強い!
②新薬ソバルディとハーボニー
キリアトサイエンシズ社は、2015年にソバルディ(一般名ソホスプビル)とハーボニー(一般名ソホスプビル)を発売。ソバルディは、C型肝炎ウィルスのRNA連鎖に直接入り込み、RNAの成長を止める作用がある。ソバルディは一錠42,000円と高価だが、1日1回経口投与で3ヵ月間という短期間使用が標準であり、副作用もあまりない。
ハーボニーはソバルディと「レディパスビル」の合剤で一錠54,000円。レディパスビルにはC型肝炎ウィルスの複製に必要な蛋白である種の非構造蛋白の機能を阻害する作用がある。国内のC型肝炎患者の遺伝子分類では、Ⅰ型に属する者が多いが、この型であれば著効率100%という結果が出ている。
似田先生の治療院に来院したC型肝炎患者は、ソバルディを3ヵ月間毎日一錠使用し、C型肝炎が治癒したという。一錠4.2万円×28日×3ヵ月間≒363万円を要した。ただし本人の支払いは1日1万円。市(市民)の負担を考えると複雑な思いとのこと(似田先生)。
★C型肝炎治療薬ソバルディ、レディパスビル、ハーボニー!
2.肝疾患に対する鍼灸治療の注意点と意義
肝炎患者の鍼灸治療で重要なことは、言うまでもなく感染の防止である。感染者に使用した鍼は破棄。術者は、自分自身への感染防止のため、ゴムの指サック使用や、自分の手指に間違って鍼を刺さないなど、細心の注意が必要となる。
肝臓が痛むのは肝硬変や肝臓癌の末期以外であり、鎮痛目的で鍼灸を行うことはまずない。鍼灸が行えることは、肝障害にともなう諸症状の緩和。鍼灸では肝機能検査値を改善することはできない。安静、休養により数値が下がることはあっても自然治癒と見なす。
★鍼灸で肝機能検査値を改善することはできない!
1)肝障害は他内臓に悪影響を与えやすく(内臓-内臓反射)、二次的に幽門痙攣、胃腸蠕動運動異常、痙攣性便秘、呼吸障害が起きやすい。これらに対して鍼灸の適応がある(石川太刀雄「内臓体壁反射」)
★肝臓障害が他内臓器に与える悪影響を鍼灸にて防ぐ!
2)東洋医学でいう「肝実証」を意味する体表所見や自覚症状、すなわち広義のストレス症に対して鍼灸の適応がある。肝実証の症状所見は次のようなもの。
★肝実証(ストレス症)に鍼灸適応!
①胸脇苦満
横隔膜反応の捉える。とくに右胸脇苦満は肝疾患と考えるのが普通。
→右期門、上不容、右日月など局所に刺鍼施灸する。
※胸脇苦満の者は、上肢の少海(心経)、下肢の中封(肝経)が腫脹している場合が多く、同時に胸脇苦満に対する治療穴となる。(形井秀一「治療家の手の作り方」六燃社)
★少海(心経)、中封(肝経)は胸脇苦満の治療穴!
②口苦、食欲不振
食欲不振は、内臓-内臓反射により肝が胃腸に悪影響を及ぼした場合や、門脈鬱血で起こる。口苦の理由は現代医学的には精神的なものとされるが、東洋医学では少陽病の代表疾患(胆汁は苦いので)。→胃腸疾患と同様に施術する。
★口苦:現代病は精神疾患。東洋医学では少陽病の症状!
③頭痛、いらいら、不眠、のぼせ、易疲労、微熱
迷走神経反応(→ゆえに耳肺区治療が直接的)だが、実際には自律神経失調症と考えて治療することが多い。
※「肝は筋をつかさどる」と漢方ではいわれる。これはワイル病等の観察から類推したものと思われる。(大塚恭男「東洋の医学」からだの科学臨時増刊)
※ワイル病:動物、とくに感染ネズミの尿を媒介した病原性レプトスピラによる急性発熱感染。
★鍼灸にて自律神経を整えて、肝実証を楽にする!
3)肝硬変と検査値
①血小板値が減少すると出血傾向を呈す。また肝臓には血液の凝固因子をつくる働きもあるので、肝硬変などの重度肝疾患があると血液凝固因子が減少し、やはり出血傾向を示すことになる。後者ではプロトロンビン時間の延長が起こります(血液が固まるのに時間が掛かる)。
★肝硬変では血液が固まるのに時間が掛かるようになる!
②血中ビリルビン血が上がり、黄疸が長く続くと、メラニン色素沈着も合わさった黒っぽい顔になる。
※プロトロンビン時間:血液の凝固因子に関する指標の一つ。
★肝硬変では黒っぽい顔になる!
③血中アンモニア濃度が高まると、肝性脳症となり抑制がきかなくなって性格が一変。医師や妻を殴ったり唾をかけたりすることがある。
★血中アンモニア濃度が高まる→肝性脳症→性格が一変!
※肝性脳症:通常、腸内で産生されたアンモニアは体内へ吸収されるが、 肝臓で解毒される。 しかし肝硬変により肝機能 が低下したり、肝臓をう回する血液の流れ(シャント)が できると、解毒が不十分になり、血液中にアンモニアが 増加する。この増加したアンモニアが脳に到達したもの。
★出血傾向、黒っぽい顔、肝性脳症も肝硬変の症状!
第7節 胆道疾患と鍼灸治療
1.急性胆のう炎
1)急性胆のう炎の三大症状は、疝痛・発熱・黄疸。
※急性胆のう炎は、日頃からの脂肪摂取過多をベースに、高脂肪食を摂取した後に多く発症する。これは脂肪を乳化させるための胆汁が分泌される際に、胆のうが強く収縮し、胆のうの中の胆石が胆のうの出口に詰り、胆管が痙攣を起こすため。右季肋部に持続性の強い痛み(疝痛)として出現。
胆のう内の細菌などが原因となることもあり、総胆管の感染症が併発すれば発熱。結石が総胆管を閉塞すれば閉塞性黄疸が出現します。感染症による発熱と黄疸症状があれば胆のう炎であり、胆石発作があれば胆石症とよばれます。両者は根本的には同じもの。
★急性胆のう炎は高脂肪食摂取後に多く発症!
2)病態生理
①胆汁は胆管を通って十二指腸への流れるが、胆汁の成分の一部が固まり、石ができる。
②この胆石が総胆管を狭窄して胆汁の流れが滞る。
→胆汁が十二指腸に排泄されなくなるので、便は灰白色となる。
一方ビリルビンは血中に吸収され、閉塞性黄疸となる。
③胆汁の流れがブロックされ、胆のうを刺激。胆のう収縮により腹痛。
④胆のうは炎症を起こし、そこに細菌(主に大腸菌)増殖して発熱(+)
※ビリルビン:胆汁色素、胆汁の主成分
★胆石、胆汁の停滞、便が灰白色、胆管閉塞、胆のう収縮、腹痛!
2.急性胆石症の鍼灸治療
鍼灸は疝痛に対して効果はありますが、黄疸や発熱には効果がない。発熱や黄疸が著しいもの(=急性胆のう炎)には鍼灸は禁忌。医療機関が発達した現在、急性胆石症で鍼灸受診することは殆どないが、似田先生は勤務されていた玉川病院入院患者数例に行い、どの例も即座に鎮痛できたとのこと。
★鍼灸は疝痛に対して効果あり、黄疸や発熱には効果なし!
1)魂門刺鍼・胃倉刺鍼
側臥位にして肝兪外方で起立筋の外縁すなわち魂門穴(膀胱経)から、同じ高さの横突起方向に2寸~2.5寸、#5~#8の鍼で刺入し、5~10分間置鍼すると、ほとんどの場合で鎮痛効果が得られる。鍼灸は中空器官の痙攣性の痛みに速効できるよう。側臥位にての胃倉(膀胱経・胃兪の並び、二行線)刺鍼でも同様の効果が期待できる。
★胆のう炎の痛みに対して、魂門、胃倉!
2)代田文彦先生の見解
急性胆道症疾患の鍼灸治療に対し、代田文彦氏は次のように記しているとのこと。(代田文彦「胆道疾患の針灸治療」)
断区的にはT6~10であり、胆のうのエリアとしては督兪(T6・7棘突起間外方1.5寸)~胆兪に反応が出やすい。ツボとしては背部二行線上。鍼灸の効果は鎮痙作用を主体とするが抗炎症作用もあるようだ。
ただし急性胆のう炎や急性胆石症に対する鎮痛は注射(例えばブスコバンやソセゴンなどの鎮痙剤や鎮痛剤)によるものよりも効果出現まで時間がかかる。
中国の文献では胆石症に対し、石を排出させる治療が行われているようだが、わが国の鍼灸師は立場上、排出したかどうか追求する手段をもっていないので、実際の効果は不明である。ただし鍼灸をして発作が起こらなくなったという報告はかなりある。
※督兪:T6・7棘突起間外方1.5寸
★胆のうエリア督兪~胆兪に反応が出やすい!
3.慢性胆のう炎
1)病態
胆嚢の炎症が長期間持続する疾患で、急性胆のう炎に引き続いて起こるものと、はじめから慢性として起こるものがある。炎症が長く続くと胆嚢壁が厚くなり、胆嚢が萎縮し機能が低下していく。
季肋部の重苦しさや膨満感、右上腹部痛・背部鈍痛(とくに食後)などがある場合には慢性胆のう炎を疑う。しかし胃炎や膵炎のこともあるので、検査機関での十分な鑑別診断が必要。
★食後の右上腹部痛、背部痛は慢性胆のう炎を疑う!
2)鍼灸治療
腹部反応点:右期門、右日月、沢田G点(甲乙経でのに日月。右第7肋間腔で乳頭線外側2横指の部)に出現。
背部反応点:ボアス点(第10~12胸椎の右傍)に相当する胆兪(T10~11)、脾兪(T11~12)、そして京門(第11肋骨前端下際。小野寺胆のう点に一致)、右天宗(早川点に一致)などが知られている。
これらの圧痛反応に施術することで、症状緩和の効果が得られる場合が多いが、根本治療したことにはならないので再発することも多い。
★胆のう症の治療点は、右期門、右日月、沢田G点、ボアス点(胆兪、脾兪)、京門(小野寺胆のう点)、右天宗(早川点)!
3)胸脇苦満への天宗刺鍼(寺澤捷年:「胸脇苦満の発現機序に関する病態生理考察」)
①棘下筋への天宗への刺鍼で、胸脇苦満が消失し、さらに「しゃっくり(吃逆)」が消失することを経験。棘下筋がC5・C6に起始する肩甲上神経に支配され、横隔膜がC3・C4・C5に起始する横隔神経に支配されることから横隔膜からの内臓体性反射で「胸脇苦満」が起こると示唆される。
②棘下筋の硬結を緩める施術(3番鍼にて天宗あたりから肩甲骨に達するまで直刺約1.5cm+電気温鍼器10分加熱)が横隔膜の異常緊張を解除するらしい。同じ理由で吃逆に対して棘下筋の硬結を緩めることで改善をみた。
★天宗(棘下筋)刺鍼で、胸脇苦満、しゃっくりが消失する!
第8節 膵炎と鍼灸治療
1.膵炎
膵液にふくまれる消化酵素により、膵臓自体が消化されてしまう病気。
膵臓は、食べ物を消化するための膵液や、血液中の糖分の量を調節するホルモンを作る働きをしている。胃の後ろにあり、長さは20cmほどの細長い形をしている。
・膵臓の内分泌:インスリン(血糖値を下げる)、グルカゴン(血糖値を上げる)
・膵臓の外分泌(消化液):アミラーゼ(炭水化物分解酵素)、トリプシン(蛋白質分解酵素)、リパーゼ(脂肪分解酵素)。膵炎は主に外分泌が侵される
1)原因
アルコールと胆石が2大原因。アルコールにより膵管出口が浮腫を起こしたり、胆石が膵管出口部を塞ぐことで、膵液が十二指腸中にスムーズに分泌できなくなる。
★膵炎の2大原因。アルコールと胆石!
2)急性膵炎
①浮腫性(間質性):間質の浮腫が主体で膵周囲の軽度の脂肪壊死を伴なうもので軽症の場合が多い。膵炎全体の約80%を占める。
★膵炎の80%は浮腫(関節性)。軽症!
②壊死性:壊死性膵炎は残りの約20%を占め、膵実質内の出血や壊死に膵内外の広範な脂肪壊死を伴ない重症のことが多く、死亡率も約20~30%と高い。
★膵炎の20%は壊死性。重症!
3)病態生理
生理学的には、膵臓の腺房は酵素を非活性化状態で分泌し、十二指腸に出て初めて活性化される。しかし急性膵炎ではトリプシンが膵臓内にあるうちに活性化され、組織を自己消化してしまう。早期活性化の原因として、膵管の閉塞により、活性化された膵酵素を含む十二指腸の逆流、アルコールによるの膵液分泌亢進作用が考えられています。
※膵臓から分泌される蛋白質を分解する酵素
★急性膵炎では、トリプシンにより組織を自己消化してしまう!
4)急性膵炎の症状
心窩部や背中の断続的で強い痛み、吐き気や嘔吐、発熱など。重症になると、腹膜炎を併発。腸管の運動が麻痺するために高頻度で腸閉塞(イレウス)を起こす。
※腸閉塞(イレウス):腸が塞がれた状態
★急性膵炎は重症になると腸閉塞を起こす!
急性膵炎の疼痛は、食後か飲酒後に突然生じる。持続的な非常に強烈な痛みが季肋部正中に生じ、背中に放散する。この理由として滲出液と消化酵素が後腹膜に溢れ出て腹膜炎が起きていること、膵臓浮腫に伴う膵皮膜の伸展緊張などが考えられている。血中アミラーゼ上昇。
※急性胆石症では、激痛のために患者は七転八倒する。急性膵炎での痛みはこれより強く、患者は痛みのためにじっとしている。(仰臥位になると痛みが増幅するので、背中を丸めてじっと横になっている)
※アミラーゼ:膵臓や唾液腺から分泌されるでんぷんやグリコーゲンを分解する酵素
★急性膵炎は季肋部や背中がとても痛い!
5)慢性膵炎の症状
持続的な心窩部痛が起こる。膵液中のタンパク質が漏れ出して膵管閉塞している状態。膵組織は自己消化されず、膵臓組織が線維化する。
※線維化:組織中の結合組織が異常増殖する現象のこと。心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓など、脳以外のほぼ全身の主要な臓器で発生し、線維化を起こした臓器は、最終的に機能不全に陥る。
★慢性膵炎は、自己消化されず、膵臓組織が線維化する!
6)慢性膵炎の診察法
急性膵炎は症状が激しく、救急入院となるのが普通。慢性膵炎は診断が難しいとされる。心窩部痛となるのは胃疾患でも慢性膵炎でも同じ。しかし膵臓は脊柱の前面に密着しているので、背中にマクラを入れた状態で心窩部を押圧すると、胃疾患では症状はとくに変化しないのに、慢性膵炎では痛みは憎悪することが多い。また慢性膵炎は進行すると、背部痛も出現する。
★心窩部痛は胃疾患も慢性膵炎も同じだが、膵炎は背中も痛い!
2.慢性膵炎の鍼灸治療
鍼灸が取り扱うのは慢性膵炎である。もし、心窩部(みぞおち)や背中が痛かったら、病院に行かなくてはならない。内臓帯壁反応の形は胃とほぼ同じパターン。以下、慢性膵炎に対する鍼灸治療について、清水千里氏の記述。
慢性膵炎には、重症例の多い定型的慢性膵炎と、軽症の多い成因不明の慢性膵炎がある。後者は複雑な機能障害を成因としている。後者に対しての鍼灸は機能調整の軽いタッチの全体調整をすれば著効する例が多い。難症になると鎮痛効果は長続きしないが、治療の継続により、徐々に鎮痛持続時間が延びる。
もちろん、生活習慣の見直しと改善が非常に重要。
★慢性膵炎の内臓体壁反応の形は胃とほぼ同じ!
圧痛は心窩部の下部・上部・左側に出現し、左右の季肋部にもみられることがある。
腹部:太乙、下脘、滑肉門。次いで重要なのは章門、水分、中脘。
背部:脾兪、胃兪、胃倉
蘭尾(足三里下2寸の新穴)は腹部鎮痛の名穴。強い腹痛に著効がある。膵臓の痛みは頑固なので、地機とともに中国鍼による置鍼を行う。上記で反応点として現れやすいのは、右太乙穴(下脘の外方2寸)と脾兪。
※太乙や脾兪は、糖尿病の治療穴として知られている、膵臓に働きかけるという意味では同じ。
😊背中にあるツボ(背部兪穴)には、「肝兪、胆兪、脾兪、胃兪、腎兪、小腸兪、大腸兪」と臓器の名前が付いていて、それぞれの臓器疾患の治療に用いられます。これら背部兪穴は正穴です。「膵兪」は後に登場し、その存在が認められていますが、正穴ではなく奇穴に分類されています。なぜか? 東洋医学の臓腑と西洋医学の臓器は、すべてが同じではありません。肝と肝臓は重なる部分もありますが、肝には肝臓にはない働きがあります。例えば、肝の「蔵血作用」や「筋をつかさどる」といったものは、東洋医学独特のもので、西洋医学の肝臓にはありません。膵兪がなかった理由として、当時解剖学が発展していなかったために膵臓の存在が知られていなかった、もしくはその働きが確認できずにいた、などがいわれています。東洋医学において消化機能はおもに「脾」が中心になって行われます。膵臓の働きも「脾」に含まれるために、例え膵兪がなかったとしても、治療に大きく影響することがなかったということもあるのかも知れません。
☯東洋医学で上部消化器症状を捉える
胃痛(胃脘痛ともいう)とは、心窩部付近の疼痛を主症とする病証。何らかの原因によって胃がうまく和降できなくなり、気機(昇降出入の気の流れ)が阻滞すると胃痛が起こる。
急性胃炎、胃十二指腸潰瘍、神経性胃炎などによる胃痛や、肝、胆、膵疾患に伴って現れる胃痛等があるが、いずれも「急なれば標、緩なれば本」の原則に則り弁証論治する。
何らかの原因(病因)とは、六淫(温度や湿度)や七情(過度の感情)、不内外因(飲食不摂、労捲、房事、外傷)等。代表的なものは以下の通り。
〇寒邪による胃痛
外感寒邪の侵襲を受けたり、冷たい物、なま物の飲食によって、寒が中焦に阻滞し、中焦の陽気が寒邪により抑止されたために起こる胃痛。患部や全身を温めると楽になる。
〇食積による胃痛
食べ過ぎによる胃痛。胃脘部に食積が阻滞し、気機不利になると起こる。
〇肝気犯胃による胃痛
情志失調(精神的ストレス・六淫)により肝気が鬱結して疏泄がうまくいかなくなり、胃の和降失調により起こる胃痛。肝脾(胃)不和の状態。
〇脾胃虚寒による胃痛
脾胃陽虚(胃腸の慢性的な冷え)のために、運化機能が低下し水飲停滞して起こる胃痛。喜按喜温。
治法は実証では理気和胃止痛、虚証では健脾益胃となる。中脘、内関、足三里等と合わせて、状況に応じて、補気、温補、疏肝をはかる。
😊寒邪、食積、肝気犯胃によるものが実証、脾胃陽虚が虚証ですが、慢性的な胃痛は先天的なものも含めて胃が弱っています。急に生じた胃痛への対処も大事ではありますが、胃痛が起こらないよう、生活習慣に改めるべきところがあれば改め、胃(消化器全般)の状態を常に良好しておくよう努めることが重要です。