鍼灸師が何を考え、どこに鍼を打っているのか?「腎泌尿生殖器症状をやわらげるために」編
はじめに
鍼灸が生体に及ぼす作用は、主に次のようなものです。
筋緊張の緩和、興奮した神経の鎮静化、機能低下している神経筋の賦活化、内因性鎮痛物質の分泌、自律神経の調節、痛みの情報伝達の調整、血流促進、血球成分の変化、等々。
これらの働きによって痛みが軽減したり、コリがほぐれたり、体調がよくなったりします。
解剖学や生理学をベースに行う鍼灸を「現代医学的鍼灸」、経絡や経穴・経筋、気血水、陰陽、五臓といった概念に基づいて行う鍼灸を、一般的に東洋医学(中医学)鍼灸などとよびます。東洋医学の治療は、東洋医学独自の病の見立てである「弁証」と、状況に応じた対処の仕方「論治(選穴、取穴、刺鍼施灸、手技)」によって成り立っています。西洋現代医学、東洋医学と、背景にある考え方が違っていても、治療にあたって用いるツボが同じになることは珍しいことではありませんが、日本において、患者さんが東洋医学の病名や用語を口にすることは、まずありません。よって現代医学的な診断を参考にしながら、東洋医学的な分析をしつつ、ことにあたる必要があります。
鍼灸師は、どこに鍼や灸をすれば最も効果的か、といったこと考えながら鍼灸施術を行っています。ここに記すものは、主に現代医学的観点から病態を捉える、治癒率向上を図る、鍼灸適応不適応の再確認、といったことと合わせて、私が鍼灸専門学生時代のカリュキュラムにあった、「似田先生の『現代針灸臨床論』」という科目に対しての理解をより深めることを目的の一つとしています。非常に中味の濃い授業であり、時間をかけてしっかりと勉強したいと思っていましたが、学生時代は国家試験に合格することに専念しなければならないため、あまり時間を割くことができませんでした。臨床に携わる鍼灸師として、諸先輩方の残してくれたものをできるだけ自らの血肉骨にして、少しでも世の中の役に立てればと考えております。
※東洋医学とよばれるものには中医学の他に、インドのアーユルヴェーダ、イスラムのユナ二医学、チベットのチベット医学などがあります。
〇遠隔療法と反射について
肩が凝っているときに、その凝っている筋肉に鍼灸をすると、コリが和ぎます。その理由は、筋肉の伸長収縮度合いが正常に戻ったり、凝っている部分の血流が促進されることで、疲労物質の滞りが解消されたりするからです。ですから症状が出ている(凝っている)部分に鍼灸をすることには意味があります。では鍼灸が、内臓の異常に働きかけるためにはどうしたらよいでしょう?内臓に直接鍼を打つといった方法もありますが、受け手の負担も大きく、一般的ではありません。そこで反射(東洋医学なら経絡)といった概念が用いられます。
反射とは、刺激に対して無意識(大脳を介さず)に、機械的に起る身体の反応のことです。例えば、熱いものに手を触れたとき即座に手を引っ込めるのは反射によるものですが、これは身体を守るために、考えてから引っ込めたのでは遅いからです。鍼灸刺激によって反射(体性内臓反射)を起こし、生体に元々備わっている治癒力が賦活(活性化)されます。
・内臓体性知覚反射
内臓の異常は、その内臓を支配している自律神経とほぼ同じ脊髄反射区の皮膚領域を過敏にし、普通では痛みとはならない程度の皮膚刺激でも、その部位に疼痛また異常感覚を伴なうようになるというもの。
・内臓体性運動反射
内臓異常による求心性の興奮は、対応する体壁(皮膚や筋肉)に運動性の変化として、筋緊張・収縮などを起こすというもの。いわゆる凝りの現象で、内臓疾患による筋性防御のあらわれ。
・内臓体性栄養反射
交感神経を切断すると支配下の筋群は緊張を失って代謝障害に陥る。内臓に慢性疾患が長期に渡ると、体壁に萎縮・変性があらわれてくるというもの。
・内臓体性自律系反射
皮膚にある汗腺、皮脂腺、立毛筋、および末梢血管系を支配する自律神経系の反射で、交感神経性皮膚分節の領域に反応があらわれるというもの。
汗腺反アセ汗として、立毛筋反射は鳥肌、皮脂腺反射は皮脂として、皮膚血管反射は皮膚の冷え、ほてりとなってあらわれる。
・内臓体性反射
一定の体壁を刺激すると、その興奮は脊髄後根に伝えられ、脊髄の同じ高さに神経支配を受けている内臓に反射作用があらわれるというもの。このときに、内臓にあらわれる現象は、運動性(蠕動、収縮など)、知覚性(過敏、鈍麻)、分泌性(亢進、抑制など)、代謝性ならびに血管運動性(小動脈の拡張、収縮など)である。
腎・泌尿・生殖器系疾患には、糸球体腎炎、ネフローゼ、尿路結石、膀胱炎、尿道炎、前立腺炎、腎盂腎炎、前立腺肥大、頻尿、尿失禁、排尿困難、夜尿症、勃起障害等があります。
第1節 腎・泌尿器疾患と体壁反応
交感神経 骨盤神経
・腎臓、尿管 (+)T11~L2後 →腰部の反応 強い支配 (-)
・膀胱~尿道 (-)L1 ~L3前→大腿前面の反応 弱い支配 (+)→仙骨部の反応
・睾丸 (-)L1~L3? 弱い支配 (+)→仙骨部の反応
※骨盤神経:知覚・運動(膀胱、尿道平滑筋を支配)・副交感を含む神経。ちなみに交感神経は下腹神経、体性神経は陰部神経が寛容している。
★腎臓、尿感は交感神経、膀胱~尿道、睾丸は副交感神経が強く支配!
1.腎臓、尿感疾患による体壁のコリ・痛み反応
1)交感神経反応
腎臓と尿管はT11~L2交感神経支配で交感神経優位。L2~S2間に入る交感神経は、この区間内では体表反応は出現しないという特徴がある(L2~S2は腰下肢の体性神経制御で精一杯)ので、上述の交感神経性の体壁反応はT11~L1の範囲となり、交感神経機能低下により デルマトーム上に、皮膚のやつれ・冷え・立毛などの反応として出現するが捉えにく)。
鍼灸治療を行うにあたっては、交感神経反応は捉えにくいので、鍼灸臨床では交感神経興奮により引きづられて生ずるT11~L1脊髄神経反応(皮膚の痛みや過敏、筋コリや深部痛)を探し、これらの反応を目安として施術することで、交感神経興奮の抑制を図ることになる。
★腎臓・尿管の鍼灸治療は、T11~L1デルマトーム上に出現する(皮膚の痛みや過敏、筋コリや深部痛)に施術する!
〇骨盤内臓器の反応の特異性について
内臓反応は、内臓→交感神経節→脊髄、と刺激が伝達され体壁反応が出現し、基本的に交感神経系は脊髄分節T11~L2の間で1:1の関係で対応しているのであるが、脊髄はT1より上とL2~S2の範囲で交感神経節の興奮を受け入れるこができない。つまり泌尿器症状は、L2~S2反応が出現しない。
★泌尿器症状はL2~S2反応が出現しない!
C1~8は頚、肩、上肢の体性神経(運動や知覚)支配に専念し、L2~S2は腰下肢の体性神経に専念しており内臓支配する余力はない(白交通枝がない)。
上記の腎臓、尿管の体壁反応は、T11~L2体性神経デルマトーム上に現れるべきものだが、L2の反応は脊髄に届かないので、体性神経デルマトーム反応としてはT11~L1として出現する。脾兪・胃兪・三焦兪(胃倉・肓門・志室も)あたり。
※白交通枝:脊髄神経前根を経て「交感神経」幹神経節に入る脊髄神経線維。有髄性のために白色に見える。
★腎臓・尿管の体壁反応はT11~L1デルマトーム上に出現。L2の反応は脊髄に届かない!
😊腎・尿管疾患の反応が腎兪に出ないというのは、中医学愛好治療家からすると以外な感じを受けます。しかし、だからといって腎兪に鍼灸をしないというこではないでしょう。腎兪は腎虚などの中医学的腎疾患や現代学的な腎臓疾患治療、副腎機能低下に用いられる穴だと思います。
2)後枝反応と治療点
腎臓・尿管の交感神経反応は、交感神経節→交通枝→脊髄神経という経路を通って、脊髄反応として体性反応(コリや痛み)を示す。この体表反応は、脊髄神経後枝の反応として現れる。
★腎臓・尿管の交感神経反応は、脊髄神経後枝の体表反応として現れる!
①T12~L1の内側皮枝
起立筋部から浅層に出て走行。経穴では胃兪一行と三焦兪一行あたり。
※胃 兪(膀):第12胸椎・第1腰椎棘突起間の外1.5寸
※三焦兪(膀):第1・第2腰椎棘突起間の外1.5寸
★腎臓・尿管の交感神経反応は内側皮枝が体表に現るところ、胃兪一行、三焦兪一行に出現!
②T12とL1の外側皮枝
第12肋骨尖端の起立筋部と腰方形筋が腸骨稜上縁に付着するぶから浅層を走行。経穴では京門と外志室あたり。L1~L3腰神経外側皮枝の別称を上殿神経とよぶ。
※京 門(胆):第12肋骨前端下際。腎経の墓穴
※外志室(奇):志室(膀、第2・3腰椎棘突起の外3寸)の外側。
ちなみに太谿(腎・原)はデルマトーム上ではS4、京骨(膀・原)、崑崙(膀・経火)はS1上に位置する。
★腎臓・尿管の交感神経反応は外側皮枝が体表に現れるところ、京門と外志室に出現!
3)腎臓・尿管疾患の治療点のまとめ
・腎、尿感疾患の基本鍼灸治療
腎・尿感疾患-後枝→T12~L1
内側枝→胃兪一行、三焦兪一行
外側枝→京門、外志室
★腎・尿感疾患の反応は、脾兪(T11)、胃兪(T12)、三焦兪(L1)に出る。腎兪(L2)には出ない!
2.膀胱~尿道と睾丸の体壁反応と治療点
膀胱~尿道の自律神経支配は、副交感神経が優位であり、交感神経興奮により誘発された脊髄神経興奮よりも、副交感神経刺激が治療の主眼におかれる。
★膀胱~尿道疾患の治療は副交感神経刺激に主眼がおかれる!
1)副交感神経反応と治療点
<中髎穴刺激・(骨盤神経・副交感神経)>
〇後仙骨孔の解剖
五つの仙椎が癒合し、一つの骨(仙骨)を形成。各椎骨の間にできる孔の前方の孔が前仙骨孔、後方の孔が後仙骨孔であり、前後の孔から仙骨神経の前・後枝が出る。仙骨神経後枝の上(皮膚側)は、骨間仙腸靭帯、後仙腸靭帯などで覆われている。
仙髄の排尿中枢はS2~4にあるので、S3仙骨孔の中髎が刺激点として妥当性がある。
※会陰触刺激(佐藤昭夫ほか「自律機能生理学」金芳堂)
実際的に会陰の触刺激が骨盤神経(副交感神経)を興奮させることが観察されている。脊髄を切断し、脳と脊髄の連絡を断った動物では、会陰部の皮膚刺激が骨盤神経を反射的に興奮させて膀胱を収縮させることが知られている(体性-膀胱促進反射)。小児の便秘の時、親が子供の肛門を͡コヨリで刺激して、排便を促す方法が知られているが、これと同様、脊髄損傷患者の排尿調節に重要な役割を果たしうる。
※中髎穴など八髎穴への一般的な刺鍼は、必ずしも仙骨孔内へ刺入する必要はない。しかし仙骨神経後枝を傷つけないよう、慎重な刺入を必要とする。(鍼灸治療法技術ガイド 北小路博司)
〇後仙骨孔刺鍼の適応
腰臀部痛、下肢痛、排尿障害(頻尿・尿失禁・排尿困難など)、男性機能障害(勃起不全)、婦人科疾患(月経困難症・生理不順など)および産科疾患(不妊症)に使用される。
★膀胱~尿道、睾丸疾患は、中髎穴(S3仙骨孔)が妥当性あり!
2)陰部神経の反応
泌尿器系に関与する体性神経は陰部神経(副交感神経は骨盤神経)である。陰部神経には運動神経作用と知覚神経作用がある。陰部神経はS2~4の仙骨神経叢から起こり、下直腸神経、会陰神経、陰茎背神経の3枝に分かれる。中髎刺鍼は骨盤神経刺激にもなる。
〇陰部神経 -中髎、陰部神経刺鍼点(後述)
・下直腸神経-横骨(腎)、大赫(腎)、帰来(胃)、気衝(胃)
・会陰神経 -会陰(任)
・陰茎背神経-中極(任)、曲骨(任)
★陰部神経は知覚と運動。S2~4仙骨神経叢から起こり、下直腸神経、会陰神経、陰茎背神経に分枝!
😊仙骨神経叢から起こった陰部神経は下直腸神経、会陰神経、陰茎背神経と枝分かれするので、陰部神経には中髎を、下直腸障害(下直腸障害)には横骨(腎)や大赫(腎)、帰来(胃)や気衝(胃)を、陰茎背神経障害には中極や曲骨をとる、ということになります。中髎は骨盤神経(副交感神経)も刺激します。
①運動成分
陰部神経が異常興奮すると外尿道括約筋が過緊張し排尿障害になる。逆に陰部神経が出産などの際に障害を受けると筋の収縮性が低下して尿失禁を生ずる。陰部神経刺激は排尿や排便のコントロールに適応がある。
〇排尿の神経支配
排尿筋 内尿道括約筋 外尿道括約筋 生理作用
・下腹神経(交感神経) 弛緩 収縮 支配なし 排尿の抑制
・骨盤神経(副交感神経) 収縮 弛緩 支配なし 排尿の開始
・陰部神経(体性神経) 支配なし 支配なし 収縮 排尿の一時停止
★陰部神経異常興奮→尿道括約筋過緊張で排尿障害。出産により尿道括約筋弛緩→尿失禁!
②知覚成分
陰茎・亀頭・陰嚢の知覚は陰部神経を介してS2~4へ入る(前立腺、直腸の知覚は、副交感神経性である骨盤神経を介してS2~4へ行く)。陰部神経は痔疾・膀胱炎・尿道炎・月経時などの痛みを伝達する。陰部神経刺鍼は、これらの鎮痛に適応する。
★痔疾・膀胱炎・尿道炎・月経時の痛みは、陰部神経を介してS2~4へ入る!
③下腹部上の刺激穴
中極:恥骨上縁に曲骨を取り、その上1寸。白線上。
大赫:中極の外方5分。腹直筋上。
簡単に陰部神経の終枝である陰茎背神経を刺激できる部位。鍼響は亀頭に至る(女性では陰核背神経を刺激して陰核に至る)。中極刺鍼が陰茎背刺激になることは、解剖学書では記載がないようである。しかし七条晃正著「電探による鍼灸治療法」昭和35年 医道の日本社刊(絶版)P.135には「中極に刺鍼すれば陰茎背神経に放散する」との記載があり、実際にもペニスに響くので、これを事実上取り上げる。中極・大赫へは、下方に向けて1~1.5寸斜刺、または多壮灸を行う。
★中極刺鍼は陰茎背神経刺激!
④陰部神経刺鍼
上後腸骨棘と坐骨結節下端を結ぶ線上で、上方より1/2~3/5(50~60%)の領域。この領域は仙棘靭帯上の陰部神経の位置にあたる。直刺で約5~8cmの間(2.5寸~4寸刺入するので3~5寸鍼を使用)(※北小路博司は2寸としている)。陰部神経に到達すると鍼響が陰茎(陰核)に到達することを条件とする。鍼響が下肢にある場合、後大腿皮神経に接触しているので、刺鍼転向法により内側に刺入し直す。
陰部神経刺鍼は、泌尿器系疾患、婦人科系疾患、運動器系疾患(脊柱管狭窄症類)に用いられる。
・泌尿器系疾患→利尿筋-外尿道括約協調不全による排尿障害
・婦人科系疾患→子宮の位置異常による陰部神経圧迫に起因した陰部痛
・運動器系障害→腰部脊柱管狭窄障害による間欠性跛行
★陰部神経刺鍼に治療効果が期待されるのは、泌尿器系、婦人科系、運動器系疾患!
5)膀胱・尿道疾患の治療点の整理
膀胱~尿道と睾丸の基本鍼灸治療
骨盤神経(S3)(中髎)
|
前枝(L1)(横骨) ― 骨盤内臓
|
陰部神経(S3)(中極・大赫・陰部神経刺鍼)
・仙骨神経-腸骨下腹神経、会陰神経、陰茎背神経
※大赫(胃)は、横骨(胃)の1寸下に位置する。ともに胃経上の穴であり、よって腸骨下腹部神経前枝刺激とする向きもある。
★膀胱・尿道疾患は、中髎(骨盤神経)、横骨(腸骨下腹神経前枝)、中極・大赫(陰部神経)!
第2節 主な腎疾患
慢性糸球体腎炎、ネフローゼ腎疾患に対する鍼灸を、先達の鍼灸師たちはいろいろ試みているが、有効との報告は見当たらない。この件について、代田文彦氏は次のような見解を示している。
ネフローゼ症候群の患者に灸をすえると、投与しているステロイドと灸刺激が二分して使われてしまい、ステロイドの効果が一時低下する。この時、灸を始めたことで尿蛋白が増加し、灸を中止すると尿蛋白が減少するので、灸はネフローゼに悪いと解釈してしまいがちになる。長期的に灸を行うのであれば、効果が出てくる。
※ネフローゼ症候群:、の中にタンパク質が多量に出てしまい、血液中のタンパク質が減ってしまう状態。腎疾患による一次性のものと、他の疾患に伴う二次性のものがある。
★ネフローゼ症候群に対しての灸は長期的に行うことで効果が出る!
1.急性糸球体腎炎
急性糸球体腎炎とは、扁桃炎などが治ってから10日後ぐらいに発症する一過性の糸球体の炎症。
糸球体:腎臓の重要な働きのひとつである、血液中の老廃物や塩分を「濾過」し、尿として身体の外に排出する働きをしている。毛細血管が糸のように丸まってできているため「糸球体」とよばれる。
★糸球体腎炎の多くは、扁桃炎罹患→治癒10日後くらいに発症!
1)原因・病態生理
感染(扁桃炎等、A群β溶血性連鎖球菌の感染)
→アレルギー:糸球体の抗原抗体反応(アレルギーⅢ型反応)
→炎症 :糸球体濾過機能の低下
★A群β溶血性連鎖球菌の感染が主な原因菌!
2)症状・所見:3大徴候は血尿、浮腫、高血圧(←いわゆる腎性高血圧)。他に尿蛋白
★急性糸球体腎炎の3大徴候は、血尿、浮腫(まぶた)、高血圧!
3)病態生理-腎性高血圧の機序
①塩分(Na)と水分(尿)の調節
腎機能低下により余分な塩分と水分の排泄ができない
↓
血液量増加
↓
血圧上昇
↓
腎機能の低下
★腎機能低下により塩分と水分の排泄ができないため高血圧となる!
②血圧を上げるホルモンの分泌
血漿Na濃度低下し、血漿K濃度増加すると
↓
血圧低下
↓
副腎皮質からアルドステロン分泌
↓
Na再吸収増大、K排泄促進
↓
血圧上昇(もとに戻る)
★血圧上昇ホルモンはアルドステロン(副腎皮質から分泌)!
糸球体毛細血管収縮
↓
尿生成促進
↓
血漿Na濃度低下、血漿K濃度増加
↓
血圧低下
↓ 糸球体近傍細胞よりレニン分泌亢進 ※レニン自体に昇圧作用はない
アンギオテンシンⅠ合成
↓
より昇圧作用のあるアンギオテンシンⅡに変換(末梢血管収縮作用)→血圧上昇
↓
副腎皮質のアルドステロン分泌 ↑(Naと水の再吸収促進)→さらなる血圧上昇
アンギオテンシンⅡの作用は、それ自体に血圧上昇作用があり、加えてアルドステロン分泌を刺激することである。
★アンギオテンシンⅡ+アルドステロン分泌 ↑=腎性高血圧!
〇浮腫
原因:病的な浮腫の原因には、心不全、腎不全、甲状腺機能低下、肝硬変、その他などがある。
〇浮腫の鑑別
浮腫-下肢の浮腫、朝は浮腫なし→心不全、とくに右心不全
-朝、まぶたの浮腫-尿量 ↓、血圧 ↑→急性糸球体腎炎
-浮腫顕著、尿の泡(尿蛋白)→ネフローゼ症候群
★下肢の浮腫は心不全。まぶたの浮腫は腎不全!
1)心臓性浮腫 ←静脈鬱滞による
右心不全では静脈の還流が悪くなるので、全身性の浮腫が起こる。とくに重力が掛かる部分に顕著(立位では下肢、寝ている間は背部)。
浮腫は夕方~夜間にかけて憎悪。夜間は心臓に余裕が出て、腎動脈に回す血流が増加するので、全身各組織に溜まった水を排泄し、夜間頻尿増大。朝起床時に浮腫は目立たなくなる。
心不全→夜間に心臓は余裕出る→腎動脈に血流増加→夜間頻尿増大→起床時に浮腫は軽減。
★心不全の浮腫は全身性。夕方~夜間に憎悪!
2)腎臓性浮腫←尿量減少による
腎機能が低下すれば、血中から余分な老廃物と水分を排泄する機能が低下するので、昼夜とも多尿になることはない。特に寝ている間は長時間同じ姿勢をとるので浮腫が強い。この浮腫はまぶたに目立つ(皮膚の弾力性が弱い部分のため)。
腎機能低下→老廃物と水分の排泄機能低下→尿量減少→体内水分量増加→起床時にまぶた浮腫
★腎不全の浮腫は起床時のまぶた!
3)検査
①ASO(ASLO)↑
※ASO(ASLO)抗ストレプトリジンーO値の上昇は、A群溶連菌の感染を意味する。
溶連菌は扁桃炎を起こす。すると身体は溶連菌に対する抗原(ASO)をつくり、抗原である溶連菌を排除しようとする。溶連菌は扁桃炎に引き続き、急性糸球体腎炎を引き起こすことがある。すなわち数日間の高熱の後、腰痛・血尿・血圧上昇・尿蛋白(+)・尿素窒素上昇・クレアチニン上昇などが出現する。扁桃炎後、急性糸球体腎炎の他に、リウマチ熱になることもある。
※クレアチニン:筋活動で生じた老廃物。クレアチニンは体にとって不要なものであるため、通常尿として体外に排泄されるが、腎臓機能が低下すると体内濃度が高くまる。
※リウマチ熱:A群連鎖球菌に感染した後に続発する炎症性の合併症。症状としは、関節痛や皮膚の発疹、心臓の障害など。
★ASO値の上昇は、A群溶連菌(扁桃炎・急性糸球体腎炎)の感染を意味する!
②血性クレアチニン ↑、尿素窒素 ↑
※尿素窒素:食物蛋白の窒素成分。通常腎から排泄されるが、腎機能低下時には体内に溜まる。
★血性クレアチニン上昇、尿素窒素上昇は、腎機能の低下を意味する!
4)予後:小児では6ヵ月以内でほとんど治癒する。成人でも70%は治癒、残りは慢性化。
★急性糸球体腎炎は予後良好。慢性化するのは30%弱!
2.慢性糸球体腎炎とは
糸球体に慢性的な炎症が起こるために、血尿・蛋白尿を認める疾患。
感冒や扁桃腺炎などによりIgA(免疫物質の一つ)の違うタイプが出現し、腎臓の糸球体に沈着し炎症を起こすことにより、血尿や蛋白尿が出現する慢性の腎炎。
急性糸球体腎炎の発病後1年以上にわたって異常所見または高血圧の持続、あるいは尿検査で初めて発見されることが多い。症状は急性糸球体腎炎と同じ。進行すれば透析治療。
★慢性糸球体腎炎。血尿・蛋白尿を認め、進行すれば透析!
3.ネフローゼ症候群
ネフローゼ症候群とは、尿の中にタンパク質が多量に出てしまい、血液中のタンパク質が減ってしまう状態。尿の泡立ちやむくみなどが主な症状だが、重症な場合は肺や心臓などに水が溜まりやすくなるほか、腎不全や、血栓症などの合併症が現れることもある。
腎臓疾患が原因となる一次性ネフローゼ症候群と、その他全身性の病気が原因となる二次性ネフローゼ症候群がある。
★ネフローゼは尿蛋白!
1)病態:糸球体基底膜の変性に伴う尿蛋白透過性の高度亢進。幼少~若年層に多い。
糸球体腎炎とは異なり、炎症性変化がないもの。
2)症状・所見
①高度蛋白尿(1日3.5g以上)。その結果、低蛋白血漿・高度浮腫。放置すると腎不全に。
②高コレステロール血症
★ネフローゼ症候群。高蛋白血漿・低蛋白血漿・高度浮腫!
第3節 疼痛を生ずる尿路疾患
第1項 尿路結石と鍼灸治療
1.尿路結石
尿路とは腎杯、腎盂、尿感、膀胱、尿道に至るまでを指す。尿路のどこかにミネラルや有機物を含む結石ができる病気を尿路結石という。この過程のどの部分に結石があっても尿路痛を生ずる恐れがあるが、95%は上路尿路結石(腎杯~尿感)である。
尿管などの細い管内に結石があれば強い疝痛様の痛みを生じ、腎や膀胱内であれば無症状あるいは鈍痛になる。
疝痛発作が起こらなくても、結石があるために尿の通過障害が起きたりしていると、尿が腎盂を圧迫するので、片側の腎臓の叩打痛が出ることがあり、これは水腎症であることを示す。尿路結石の疼痛は第12肋骨下あたりに多い。
※水腎症:尿路に通過障害が生じ、停滞した尿のために腎臓が腫れる状態
★疝痛発作はなくても、尿が腎盂を圧迫し、片側の腎臓に叩打痛が出ることがある!
1)結石疝痛
尿管閉塞による腎盂内圧の上昇および尿感壁の急激な進展刺激のため、突然に排尿困難+腰痛。
冷や汗、吐き気などの症状を伴い、救急車で搬送されることもある。間欠的な痛みで発作が収まるとほとんど無症状となる。
T11~L2領域で、片側の腎臓~側副~下腹部~睾丸部の疝痛のほか、腰神経叢興奮による大腿内側にも放散痛。三主徴候は、痛み・血尿・結石排出。
R/O ぎっくり腰は運動時痛があるが、尿路結石は安静時でも痛む。
★結石疝痛の放散痛は、片側の腎臓、下腹部、睾丸、大腿内側!
2)西洋医学的治療
尿路結石保存療法の目的は、結石の自然排出(直径5mm以下)の促進と鎮痛であり、そのため多量の水分摂取(現在疑問視)、縄跳びなどの運動、鎮痛剤(ロキソニン、ボルダレン)、鎮痙剤(α1遮断薬)の処方。
α1遮断薬: 交感神経のα1受容体を遮断し、平滑筋弛緩→尿道を広げ、排尿(拝石)を促す。
★尿路結石にはα1遮断薬!
2.尿路結石の鍼灸
突然生ずる外腰部の激痛が主訴となるので、開業鍼灸が取り扱う機会は少ないが、鍼灸は非常に効果がある(中空器官の痙攣による痛みに鍼灸は速効する。胆石痛、痙攣性便秘など)。ただしバックアップ体制が必要なので開業鍼灸では不適応。
★鍼灸は中空器官の痙攣痛(尿路結石・胆石痛・痙攣性便秘など)に効果大!
尿管の痙攣による激しい痛みは交感神経線維が興奮→交通枝を経由して脊髄興奮→体壁のT12~L2デルマトーム領域の関連痛による。体性神経の痛みが激しい場合、刺激が漏れ出てL1~3からなる腰神経叢も興奮してくることがある。
★尿管痙攣の痛みはデルマトーム上のT12~L2に出現、痛みがひどければL1~3にも!
尿路結石の薬物利用法で興味深いのは、一般的な腹痛止めである鎮痙剤はあまり効果がなく、鎮痛剤(しかも強力な)を使うということであり、交感神経よりも体性神経性の痛みであることが理解できる。即ち痛みの発端は交感神経性であっても、実際の痛みは関連痛としての体性神経痛が中心になっていると考えられる。
似田先生は、側臥位で志室外方に生じた最大圧痛部に深刺して強刺激を与え、体性神経性の痛み(筋筋膜痛)を緩和させるようにしているとのこと。外志室への刺鍼や持続強圧指圧により速効可能。ただし文献によっては、腰部圧痛点に対する皮内鍼でも効果があるという。
★尿管結石痛に対して、同側の外志室に深刺。皮内鍼も可!
90%は上部尿路系結石であり、疝痛時は結石の部位に関係なく、第3腰椎横突起の高さで大腰筋外側近傍に圧痛が出現し、この押圧により速効し、鎮痙鎮痛際が無効だったものでも速効し(有効率100%)、再発率も少ない疼痛部位も志室の外方の側腹部であることが多い。以上、田中亮「東洋医学の泌尿器、科学疾患の応用」(日本医事新報 昭54.6.23)
※鍼を受けた腎疝痛の患群は、より速やかに鎮痛効果が始まり、副作用もなく、標準的な鎮痛処置を受けた患者群と同様の疼痛緩和が得られた(Lee 1992)(Edzard Ernest & Adrian White 山下仁ほか訳「鍼による科学的根拠」医道の日本社2001.6)
★疝痛時は結石の部位に関係なく外志室に圧痛出現!
第2項 排尿痛と鍼灸治療
1.針灸における排尿痛の鑑別診断
炎症性疾患では、〇〇炎という病名になる。膀胱、尿道に収縮・拡張が起こると痛くなる。膀胱炎・尿道炎・前立腺炎が該当する。
これら炎症疾患における炎症の3大症状は、頻尿・排尿痛・膿尿ある。
★膀胱炎、尿道炎、前立腺炎の3大症状は、頻尿・排尿痛・膿尿!
排尿痛があれば、遷延性排尿(痛みを恐れ、小便が出にくい)。「遷」には長引くという意味がある。(小便を出す時に痛むので、少量ずつ出し、小便時間が長引く)も出現する。
膀胱炎・尿道炎・前立腺炎は、細菌感染症であって抗生物質で治療できてしまうので、鍼灸治療に来院することはあまりない。しかし再発を繰り返すタイプや慢性症では現代医学でも対応が難しいので、鍼灸を求める患者もいる。
鍼灸に来院する頻度は膀胱炎が圧倒的に多く、尿道炎や前立腺炎は少ない。
★再発を繰り返すタイプや慢性症では現代医学でも対応が難しいので、鍼灸が吉!
〇排尿痛
-終了時痛-尿混濁:膀胱炎(ほとんどが女性)
-膿尿 :前立腺炎(男性のみ)
-開始時痛 :尿道炎
★排尿終了時痛は膀胱炎と前立腺炎、排尿開始時痛は尿道炎!
2.急性膀胱炎
1)病態:膀胱の、主として大腸菌による細菌感染。ほとんどが女性。
2)症状:膀胱粘膜過敏症で、膀胱に収縮・拡張が生じて症状出現。
3大特徴は頻尿、排尿修了時痛、尿混濁(→細菌尿)。発熱(-)
頻尿により切迫性尿失禁になることがある。
排尿痛により遷延性排尿(痛むので尿が出にくい)になることもある。
★急性膀胱炎の3大特徴は頻尿、排尿修了時痛、尿混濁(→細菌尿)!
3)治療:抗生物質投与。かつては菌を洗い流す目的で、水分を多量に摂取して尿量を増やすように指導されていた。しかし水分を多く摂ると尿中抗生物質濃度が薄くなり、膀胱粘膜の自浄作用を阻害するので好ましくない。膀胱が空になり、膀胱粘膜が菌に接触すると除菌作用を発揮する。
★急性膀胱炎時、水分を多く摂ると尿中抗生物質濃度が薄くなり、膀胱粘膜の自浄作用を阻害するから✕!
4)鍼灸治療
冷えや疲労→膀胱壁の血流障害→平滑筋の伸展性低下や粘膜の過敏性亢進→頻尿。
このような状態が続くと膀胱粘膜の抵抗力が低下し、細菌感染を起こしやすい環境となる。そして細菌感染が起こると尿混濁や血尿を呈するようになる。
★冷えや疲労から頻尿になる!
平滑筋の伸展性低下や粘膜の過敏性の高まった状態までならば鍼灸により膀胱炎症状(実際には細菌感染していない)はすぐに改善でき、細菌感染が原因でないので抗生物質は効果ない。鍼灸は自覚症状をとることと、細菌感染にまで至らなくする意味がある。
★非感染性膀胱疾患の治療や細菌性膀胱疾患の予防に鍼灸は有効!
陰部神経の過敏性を改善する目的で、その終枝である陰茎背神経を刺激する。具体的には中極、大赫に鍼灸を行う。鍼は鍼響が膀胱またはペニスや陰核に放散するように行う。灸はつぼを厳選して多壮灸(10壮以上)する。多壮灸が終わる頃には膀胱の不快症状は緩解する。
しかしながら細菌感染して尿混濁(膿尿)、血尿が出現時には抗生物質投与が必要。
★急性膀胱炎の鍼灸治療は中極、大赫刺鍼にて、陰茎背神経をねらえ!
3.慢性膀胱炎
膀胱粘膜の炎症が持続している状態。細菌性(多くは大腸菌)と非細菌性がある。膀胱の防御能を低下させる基礎疾患を背景に持つことが多い →前立腺炎、前立腺癌、神経因性膀胱、尿路結石など。
1)分類
・急性単純性膀胱炎:細菌感染による
・慢性膀胱炎-二次性膀胱炎:細菌感染性。基礎疾患の存在(前立腺炎、前立腺癌、神経因性膀胱など)
-非細菌性膀胱炎(膀胱三角過敏症)
-間質性膀胱炎
※神経因性膀胱:脊髄や脳などの神経が原因で、膀胱にしっかりと尿を溜めることができなくなったり、正常な排尿ができなくなったりする状態。
★慢性膀胱炎は基礎疾患を持っていることが多い!
上記分類で最も重要なのは二次性膀胱炎だが、原疾患による症状が前面に出ているので、膀胱炎症状は重視されない。慢性膀胱炎で実際上問題になるのは、非細菌性膀胱炎と間質性膀胱炎である。
※間質性膀胱炎:主として中年女性に原因不明の炎症性疾患。尿充満痔の膀胱部痛、頻尿、発作性の血尿を訴える。ただし本症の定義は不明瞭で、慢性膀胱炎として一括することもある。
★慢性膀胱炎で実際上問題になるのは、非細菌性膀胱炎と間質性膀胱炎!
2)非細菌性膀胱炎(膀胱三角過敏症)
①原因
膀胱三角部過状態。膀胱三角には尿量を感知する受容器があり、この過敏により頻尿や残尿感が生ずる。過敏となる原因として女性ホルモン分泌低下や血流減少などが考えられている。
※膀胱三角:左右の尿管と内尿道括約筋を結んだ三角形の領域。尿量に関係なく平坦。
★膀胱三角過敏症の原因は女性ホルモン分泌低下や血流減少!
②症状
基本的に膀胱の神経支配領域、すなわちL1~3体幹前面デルマトームと副交感神経支配としての骨盤神経症状が出現。
膀胱三角からの尿量情報 → 内臓体壁反射:頻尿、残尿感(ともに膀胱感覚S2~4)
→ 関連痛:会陰痛(S3~4)や睾丸痛(T10~12)
足裏の不快感など(S1~2)など
※骨盤神経症状:排尿・排便・勃起・射精にまつわる症状。
★非細菌性膀胱炎の症状はT10~S4デルマトーム上に出現!
③現代医学治療
・副交感神経亢進状態の是正目的で実施する仙骨神経ブロック(仙骨裂溝すなわち長強から仙骨管に薬液注入)
・膀胱の感覚神経過敏是正を目的で行う膀胱三角部粘膜へのレーザー焼灼
★非細菌性膀胱炎の治療は仙骨神経ブロック、膀胱三角部粘膜のレーザー焼灼!
④鍼灸治療
現代医学的治療を参考に、鍼灸は八髎穴への刺鍼が考えられる。慢性症なので、この部への自宅施灸3ヵ月程度は必要。
★非細菌性膀胱炎の鍼灸治療は八髎穴の自宅灸で3ヵ月は必要!
4.急性腎盂炎
急性腎盂炎とは、細菌感染が腎盂に起こる病気。腎盂から腎臓の中(実質)まで波及すると重症となる。糖尿病との合併で重症化しやすい。原因としては、腎結石、尿管結石、などの結石、尿管狭窄などによる水腎症などがある。感染した尿が排出されないと、敗血症やから死にいたることもある。
※敗血症:細菌やウイルスに感染することによって全身にさまざまな影響がおよび、心臓、肺など体の重要な臓器の機能が障害(臓器不全)される病気。
★腎盂炎が重症化すると、敗血症から死に至ることもある!
〇腎盂:尿管の上端部。腎臓でつくられた管状の臓器で、腎盂と尿管は膀胱に接続している。
1)病態:上行性感染が主(細菌がおもに大腸菌が膀胱だけでなく、上行して腎盂に到達)。
女性に多い。
2)症状:①悪寒発熱(39℃台)、腰痛。39℃台の発熱では、扁桃炎か腎盂炎をまず疑う。
②膀胱炎症状(頻尿、尿混濁)
3)治療:抗生物質、保温、安静。水分を多めにとる。数日間の入院が必要。
★急性腎盂炎の主な治療は抗生物質!
5.尿道炎
1)病態:尿道の細菌感染。クラミジアや淋菌などによる性感染症と、大腸菌などによるもの(異所性感染)の2種類がある。女性に多い。
2)症状:激しい排尿開始時痛(膀胱や尿道に収縮拡張が起こる時の痛み)。尿道口から分泌物排泄。
※湯の中で排尿すると、排尿開始時痛が緩和される。
★尿道炎は性感染症と異所性感染症とがある!
3)尿道炎の鍼灸治療
尿道炎の治療は膀胱炎の治療と同一。
淋菌性尿道炎の睾丸痛では、長内転筋(股のつけ根)を指圧すると飛び上がるほど痛む。ここに深く鍼刺すれば今までの激痛は一瞬にして雲散霧消する。
腫大陰嚢を軽く握り、最大圧痛点付近に、毫鍼で軽くチクチクと皮膚鍼を施せば、キューッと陰嚢は収縮してシワがよってくる(後痛みが緩和)。(国分壮、橋本敬三著「鍼灸による速効療法医歯藥出版 昭和45年)
★淋菌性尿道炎の睾丸痛は、長内転筋の指圧により激痛。ここに刺鍼で痛みは消える!
6.急性前立腺炎
1) 前立腺
前立腺は男性にしかない生殖器の一つで、膀胱の出口に尿道を取り巻くように存在する。前立腺液(精子の保護と栄養)といわれるを精液の一部をつくる。これが精嚢(前立腺の上に位置する2つの袋)でつくられる液と混ざりあって精液となる。前立腺では、精嚢と精管(睾丸から精子を運ぶ管)とがつながる。前立腺が肥大すると尿道が圧迫されて、排尿に関わるいろいろな症状が出現する。
※精漿:精液から精子を除いた部分
★前立腺の主な働きは、前立腺液(精液の一部)をつくること!
2)病態:感染菌が尿道より逆行性に前立腺に侵入。淋菌性が多い。男性のみの疾患。
3)症状:直腸内不快感、会陰部疼痛、排尿終了後痛、膿尿
4)治療:抗生物質
★急性前立腺炎のは感染菌(淋菌が多い)が尿道より逆行性に前立腺に侵入!
7.慢性前立腺炎
1)病態
急性前立腺炎は細菌性であるが、慢性前立腺炎は非細菌性。
★慢性前立腺炎は非細菌性!
2)原因仮説
尿流動態の異常(内尿道口の狭窄、外尿道括約筋の筋トーヌス増大)→排尿障害。
骨盤底筋の圧迫や過緊張、骨盤内静脈鬱滞(デスクワーク、乗り物移動、自転車の運転など)
不規則な生活、睡眠不足、ストレス、飲酒、刺激物(辛い物、コーヒー等)の摂取、冷えなども原因になると考えられている。
★慢性前立腺炎の原因の一つが骨盤底筋の圧迫!
3)症状
前立腺に由来すると考えられる頻尿、排尿痛、排尿時不快感、残尿感、下腹部~会陰部~鼡径部の不快感など多彩な訴え。
高橋クリニックHP(高橋知宏医師)によれば、慢性前立腺炎は前立腺(T10~11とS2~4)だけでなく、膀胱(L1~2とS2~4)や尿道(S1~4)症状が出現することもあるとし、広義には前立腺の内臓体壁反射や関連痛として把握できると記している。
★慢性前立腺炎は、頻尿、排尿痛、下腹部や会陰部の不快感など!
4)現代医学治療
慢性前立腺炎は西洋医学でも手こずる疾患であり、薬物療法は無効であるか効果があっても再発する例が多い。
〇前立腺のデルマトーム
恥骨部痛 :L1~2、S2(膀胱出口+前立腺の感覚)
尿道痛 :S1~4(前立腺感覚)
睾丸痛 :T10~12(前立腺感覚)
肛門・直腸痛 :S2~4(ほぼ前立腺感覚)
大腿痺れ、痛み :L1~2、S2(膀胱出口と前立腺感覚)
足裏の痺れ、痛み:S1~2(尿道+前立腺感覚)
腰痛 :L1~2(膀胱出口感覚)
背部痛 :T10~11(前立腺感覚)
射精時の痛み、射精後の痛み:S1~4(ほぼ尿道+前立腺感覚)
泌尿器炎症 排尿痛 膿尿
・膀胱炎 排尿終了時痛 尿白濁
・前立腺炎 排尿終了時痛 膿尿
・尿道炎 排尿開始時痛 膿尿
※泌尿器の炎症は「〇〇炎」となる。その3大症状は頻尿・排尿痛(痛みを恐れるため遷延性排尿となる)・膿尿。
★慢性前立腺炎は西洋医学でも手こずる!
5)慢性前立腺炎の鍼灸症例報告
基本的には、前立腺の内臓体壁反射点に施術することになるが、似田先生の印象としては、有効率はあまり高くないとのこと。以下効果のあった症例。
①難治性前立腺炎に下腹部、仙骨部、三陰交の直流通電が効果があった症例
常用穴として、関元、中極、膀胱兪、次髎、三陰交の中から2~3穴を、他に下腹、腰仙、下肢部から補助穴を1~2穴選び、週1回の鍼通電(ノイロ通電7秒)と治療後の磁器プラスター貼付。薬物治療難治25例に対して上記治療を実施し、著効44%、有効28%、無効28%の結果を得た。(原田一哉ほか「難治性前立腺炎に対する経穴刺激療法の経験」臨泌、38(11)、1984)
②慢性前立腺炎に鍼灸治療が効果的だった症例集積
形井氏らは100例の慢性前立腺炎患者に対して、下腹部恥骨上をおもな治療点として低周波通電療法を行い有効率73%(著効55%、有効18%)の自覚症状軽減を報告した。慢性前立腺炎患者の体表所見としては、恥骨上部の腫脹、腹満、会陽の圧痛、下肢緊張が治療前後に大いに改善した。(形井秀一ほか:慢性前立腺炎の体表所見と針灸治療;針灸OSAKA,Vol.19 No.1 2003.Spr)
③陰部神経刺鍼点への鍼通電療法
慢性骨盤痛症候群(慢性前立腺炎)による会陰部不快感に対して中髎穴への鍼治療を施行したものの会陰部不快感の改善が得られなかった2症例に対して、陰神経刺鍼点への鍼通電療法を行った。30号(直径0.3mm、長さ60mm)の鍼を陰茎や肛門部への放散痛が出現するまで刺入し、2Hz、15分間通電を行った。 これにより会陰部不快感の出現頻度および不快感の程度が軽減した。(鍼灸療法治療ガイド・文光堂 北小路博司)
④後脛骨神経に対する鍼通電療法
慢性骨盤痛症候群(慢性前立腺炎)患者33例に対して、後脛骨神経刺激を目的とした下腿内側部への鍼通電が行われ、その有用性が報告されている。下腿内側部(三陰交-太谿に相当)に鍼を刺入し、20Hz、30分間で12週の鍼通電を行い、42%に有効であった。(鍼灸療法治療ガイド・文光堂 北小路博司)
★慢性前立腺炎に対して鍼治療が有効となることも!
8.前立腺肥大
1)病態
老化にみられる前立腺内腺が良性増殖し、尿道を圧迫・刺激する。50才以上の男性の20%にみられる。老化現象と男性ホルモンが必須の因子。症状としては、排尿困難、尿閉、頻尿、尿意切迫感、残尿感・尿失禁など。
★前立腺肥大は50才以上の男性の20%にみられる!
2)症状
・膀胱刺激期(第Ⅰ期):排尿回数増加特に夜間頻尿
・急性尿閉期(第Ⅱ期):排尿困難、尿意切迫・・・・患者に手術を進める
・慢性尿閉期(第Ⅲ期):自力排尿不能で完全尿閉・・緊急手術
★慢性前立腺炎の第Ⅲ期では完全尿閉となる!
前立腺肥大であれば、排尿困難や尿閉となるのは当然予想できるが、第Ⅰ期には排尿回数増加(=頻尿)が生ずる。それは、肥大した前立腺が尿道を圧迫し、当然、膀胱が満杯になるまでの時間は短くなると説明される。
第Ⅱ期を残尿発生期ともよび、飲酒、性交、椅子に腰掛けたりする際に、急性完全尿閉が出現。第Ⅲ期を放置すると水腎症→腎障害→尿毒症と進展する。
★前立腺肥大の第Ⅲ期を放置すると尿毒症へ進展する!
R/O 前立腺癌
前立腺は、内腺と外腺に分けられる。前立腺肥大は前立腺内腺が増殖するのに対し、前立腺癌は前立腺外腺が増殖する。老人男性に多い点は共通。
前立腺癌の大半は腺癌である。前立腺癌は進行が遅く、癌特有の「次第に悪化傾向」もあまりない。前立腺癌以外で死亡した70才代の2~3割に、80才代の3~4割に前立腺癌が発見できる。専門医は直腸内指診やPSA検査で両者を鑑別している。
★前立腺癌は進行が遅い!
直腸内指診:前立腺肥大では固さは正常、前立腺癌では石のように硬い。
PSA検査:採血する。前立腺特異抗原(腫瘍マーカー)。正常値は4.0ng/㎗以内。前立腺癌で上昇。20以上なら、前立腺癌の疑いが濃厚だが、必ずしも断定できない。その一方でPSAが上昇しない癌タイプもあり、現在有用性が疑問視されている。
3)現代医学的治療
交感神経α遮断剤(αブロッカー):
交感神経末端のα1受容体を選択的に遮断し、前立腺平滑筋に対する交感神経緊張状態を抑える。これにより前立腺の尿道に対する圧迫を軽減する。すなわちⅡ期の前立腺肥大に対して、排尿しやすくする効果がある。また血管平滑筋を弛緩することにより血管拡張を生じさせ、 降圧作用を発揮する、高血圧症に投与される降圧剤。
最近、前立腺肥大症に伴う過活動膀胱の改善にも効果があり、排尿困難だけでなく、頻尿。夜間尿、尿意切迫感などの蓄尿症状の改善にも有効であることが示されている。速効性がある(内服後1週間以内から効果がみられる)。ただし前立腺を小さくする効果はない。
★前立腺肥大の代表的現代医学治療は、αブロッカー!
4)前立腺肥大に対する鍼灸治療
鍼灸は前立腺の肥大自体を改善することはないが、第Ⅱ期の前立腺肥大では、治療により尿は出やすくなる。これは交感神経α遮断剤と同様の効果と思える。
北小路博司は、前立腺肥大症Ⅰ期の排尿症状に対して、2寸8番鍼で中髎穴に5cm刺入、10分間の回旋手技を用い、週1回治療10回の結果として、尿量増加(1回あたり)と夜間排尿回数の減少を観察した。この治効は、八髎穴刺激により、前立腺平滑筋の緊張を緩和した結果、尿道抵抗が減少したためだと考察した。ただし、施術中止後2ヵ月たつと、治療前に復する傾向を観察した。(北小路博司「前立腺肥大症に伴う排尿障害に対する鍼治療」全鍼誌vol.43 no.3 1983.9.1)
★八髎穴刺激により、前立腺平滑筋の緊張緩和により尿量増加と夜間頻尿の回数減少!
上記の北小路氏の報告からも、八髎穴刺激が尿管痙攣を緩める効果があることが分かる。
前立腺肥大は進行性であり、長期的にみると排尿困難は悪化することが多いので、結局は手術することになる例は非常に多い。鍼灸すると一時的にせよ、良好な状態を維持できることが多いが、これが手術の適切時期を遅らす結果になるという見解もある。
★鍼灸の効果は一時的!
第3項 仙骨神経障害症候群
1.仙骨神経障害症候群の概念
肛門直腸痛(肛門奥の強い鈍痛)、肛門括約筋不全(便やガスが溜まる)、排便障害(便が出にくい、残糞感)などが同時に出る症候群で、高野正博医師は、これを仙骨神経障害症候群と名付けた。直腸内指診で直腸壁を触診すると硬結があり、これを押圧すると、患者がいつも感じる痛みを誘発できることで、これらは陰神経障害と関係すると考えられた。
※仙骨神経はS2、S3、S4の仙骨孔より出て陰部神経となり、肛門の運動と知覚を支配する。これと同じレベルから出た骨盤内内臓神経は直腸の運動と知覚を支配する。この両者はしばしば同時に障害を受ける。
高野正博:「会陰痛を主訴とする仙骨神経障害の病態解明に向けて-仙骨神経障害症候群-」より 日本腰痛会誌・11巻Ⅰ号・2005年9月
★仙骨神経障害とは、肛門直腸痛、肛門括約筋不全、排便障害などが同時にでる症候群!
2.仙骨神経障害症候群に対する陰部神経刺鍼
以下、似田先生の文
本疾患については、現代針灸臨床論Ⅰ「第5章 腰下肢痛(似田敦彦)」で詳しく解説している。このような患者は私(似田先生)が発表によるブログに影響されてか、はるばる遠くからの来院者が少なくない。しかしながら、これまで陰部神経ブロック点刺針(上後腸骨棘と坐骨結節を結んだ線の中点から1寸坐骨結節寄りから8cm刺入)を行うも、あまり改善しなかった。陰部神経刺鍼は、脊柱管狭窄症による歩行困難には効果的なので、<肛門奥の強い鈍痛>とは病態が異なるのかと残念な思いをしていた。
最近、尾骨端から外方3cmの部から8cm直刺深刺する方法を試み始めた。これはもともと、閉鎖内方に当てることでアルコック管(陰部神経管)に当てることを意図したものだ。実際行ってみると、鍼響はこれまでの陰部神経刺針と同様に陰部響くが、とくに肛門奥に響くらしかった。
高野正博医師が提唱する仙骨神経症候群では、直腸内指診で直腸内壁に硬結を触れ、この押圧で患者の肛門奥の痛みを再現できると記しているので、こちらの陰部神経刺鍼アプローチの方が有効になるかもしれないと期待しているところである。
※アルコック管:陰部神経、内陰部動・静脈が、内閉鎖筋を覆う筋膜を走行する際に通る管。
※内閉鎖筋:閉鎖孔周りの寛骨内面および閉鎖膜に起始し、大腿骨転子窩に停止する。股関節における最も強力な外旋筋。
★「肛門奥の強い鈍痛」には陰部神経ブロック点刺鍼よりも、尾骨下端から外方3cmの部から8cm直刺に期待!
第4節 頻尿・尿失禁・排尿困難
第1項 蓄尿と排尿の機序とおもな疾患
1.排尿と蓄尿のしくみ
①膀胱に一定量の尿が溜まり、膀胱内圧が150~20mH2O(150~20ml)以上になると、尿意を感じるとともに排尿反射が起こり、尿は体外に排泄される。(膀胱の最大畜尿量が約300~400ml)
②膀胱内圧が一定以上になると、その情報は骨盤神経を介して仙髄にある排尿中枢(=下位排尿中枢)に伝達され、反射的に排尿筋の収縮と内尿道括約筋の弛緩が起こる(排尿反射)。
③一方、この情報は脊髄を上行して大脳に伝達され(尿意を知覚)、橋にある上位尿意中枢に排尿の指示を送る。さらに下位排尿中枢は大脳からの指令を受けて、陰部神経を通じて外尿道活躍筋を弛緩させ、排尿が行われる。
④さらに腹圧を高めることで排尿は促進される
※排尿は、浮き輪の空気を抜く時の動作に似ている。空気の出入り口の栓を開け(外尿道筋弛緩)、指で摘まんで弁を開き(内尿道括約筋弛緩)、もう片方の手でビーチボール自体を圧迫する(膀胱括約筋収縮)。
★畜排尿に関係する3筋は、外尿道括約筋、内尿道括約筋、膀胱括約筋!
優位神経 膀胱括約筋 内尿道括約筋 外尿道括約筋
・畜尿期 交感神経 弛緩 収縮 収縮
・排尿期 副交感神経 収縮 弛緩 弛緩
・排尿我慢 副+陰部神経 収縮 弛緩 高度収縮
※膀胱括約筋と内尿道括約筋は自律神経支配。外尿道括約筋は陰部神経支配
★畜尿は交感神経、排尿は副交感神経!
2.排尿・畜尿障害を生ずる疾患の概要
〇尿失禁
腹圧性尿失禁
混合性尿失禁-
切迫性尿失禁-過活動膀胱-神経因性膀胱
-非神経因性膀胱(旧:膀胱不安定症)
〇尿意切迫感 -
-神経因性膀胱
〇頻尿 -炎症性疾患(膀胱炎、尿道炎、前立腺炎)←排尿痛(+)の疾患
-腫瘍(前立腺肥大、前立腺癌)←初期は頻尿単独。尿意切迫感はない。
3.神経因性膀胱
神経因性膀胱とは、排尿・畜尿に関する神経機能に異常をきたした状態。中枢性、脊髄性、末梢神経性に分けられる。
・中枢性:脳の障害にともなう排尿障害
原疾患:脳血管障害、認知症、パーキンソン病、多発性硬化症等
・脊髄性:脊椎疾患によって起こる排尿障害
原疾患:外傷性脊髄損傷、頚髄症、脊髄腫瘍、二分脊椎(脊髄髄膜瘤)、腰部脊柱管狭窄、腰椎椎間板ヘルニア等
・末梢神経性:脊髄より先の末梢神経障害によって起こる排尿障害
原疾患:糖尿病、骨盤内臓器の腫瘍、骨盤内臓器腫瘍の術後
★排尿・畜尿に関する神経機能に異常をきたしたものを神経因性膀胱といい、原疾患がある!
排尿困難と尿失禁の原因分類は次のようになる。
・神経機構の障害:神経因性膀胱
・神経機構以外の障害-排尿困難:前立腺肥大、前立腺癌
-尿失禁:尿道筋括約障害
★神経機構以外の障害では、前立腺肥大・前立腺癌による排尿困難、尿道括約筋障害による尿失禁がある!
排尿・畜尿中枢は、上位中枢として延髄、下位中枢として仙髄がある。上位中枢を<親>に、下位中枢を<子>に例えると、<子>は元気に動き回り、<親>は大人しくしなさい!といった状況が健全なスタイルといえる。
排尿・畜尿中枢-上位排尿中枢:延髄←活動時、畜尿優位<親>
-下位排尿中枢:仙髄(S2~4)←活動時、排尿優位<子>
★排尿・畜尿中枢は、上位中枢は延髄、下位中枢は仙髄!
1)上位中枢障害
下位排尿中枢優位となり排尿亢進(親がいないと子は暴れる)。
脳血管障害や慢性脊髄(仙髄より上位の神経(腰髄・胸髄・頸髄)損傷患者では上位排尿中枢の制御がなくなり、下位排尿反射が活発化するので排尿亢進となる。
★脳血管障害や慢性脊髄損傷では上位排尿中枢の制御がなくなり、下位排尿反射が活発化し排尿亢進!
脳の指令が脊髄に伝われないため、意志による排尿も不可能になり、尿失禁をきたす。尿意は橋で認識されるので、上位中枢障害では尿意も失われる。この代表疾患には、脳卒中や脊髄損傷がある。
※脊髄損傷者は、尿意を感ぜず失禁するため、膀胱にカテーテルを入れ、袋に尿を溜めている。
★脳卒中や脊髄損傷で尿意が失われ、尿失禁をきたす!
2)下位中枢障害
上位排尿中枢優位となり畜尿亢進(子がいないと、親の意見がまかり通る)。
仙髄反射中枢と、それ以下の末梢神経障害で生じる尿閉、排尿困難。代表疾患(原因)は骨盤内手術(子宮癌、直腸癌)後遺症、糖尿病性抹消神経炎。
★下位中枢性排尿障害の代表原因は、骨盤内手術と糖尿病!
4.過活動膀胱
1)概念
膀胱が過敏になって、尿が十分に溜まっていなくても膀胱が収縮する状態。健常者は400~500mlを畜尿できるが、過活動膀胱では、100ml前後の尿が溜まると膀胱が収縮し、尿意をもよおし我慢できなくなる。また過活動膀胱は、膀胱が尿で満杯になる以前に、膀胱が自分の意志に反して、勝手に収縮し尿意切迫感や尿失禁を起こす。過活動膀胱とは、2002年パリで開催された国際尿禁制学会で認められた新しい疾患名。
★過活動膀胱は100mlで尿意をもよおす。健常者は400~500ml!
2)症状
3大症状は、尿意切迫感、頻尿、切迫性尿失禁。
尿意切迫感のない頻尿や、腹圧性尿失禁は、過活動膀胱に含めない。
膀胱癌、膀胱結石、膀胱炎などの疾患を除外して診断する。
★過活動膀胱の3大症状は、尿意切迫感、頻尿、切迫性尿失!
3)分類
①神経性活動膀胱:脳脊髄疾患により、橋排尿中枢をコントロールできなくなり、膀胱に少量でも尿が畜まると、この排尿中枢は興奮し、膀胱が収縮しやすくなる。
②非神経因性過膀胱(旧称:不安定膀胱):下部尿路閉塞(前立腺肥大、膀胱頚部硬化症、尿道狭窄など)、骨盤底筋群の気弱化、加齢などの原因による。
★過活動膀胱は神経性と非神経性に分類される。神経性は脳脊髄疾患、非神経性は前立腺肥大、骨盤底筋の筋力低下等が原因!
4)薬物治療
膀胱収縮をつかさどるアセチルコリンの受容体をブロックし、膀胱の緊張を低下させて膀胱の筋肉が過剰に収縮するのを抑え、尿意切迫感・頻尿・尿失禁を改善させる目的で、抗コリン剤を使用。
★過活動膀胱の薬は、抗コリン剤!
第2項 頻尿
1.頻尿の定義
排尿回数が多いこと(1日8~10回以上)を頻尿という。結果的の1回尿量は減少する。
正常排尿回数は1日4~9回程度。頻尿では、1時間半ごとにトイレに行く計算。
夜間尿の正常回数は、壮年前は0回、老人では1回。夜間2回以上が夜間頻尿。
・正常1日尿量は800~1500ml 排尿回数5~6回/日
・正常1回排尿量は200~300ml
★頻尿は1日10回以上トイレに行く!
※多尿になる疾患
尿量増加し、結果として頻尿になる状態。昼夜とも多尿となるのは、糖尿病と利尿剤が代表。尿崩症も多尿になるが、非常に稀な病気。
★昼夜ともに多尿になるの代表は、糖尿病と利尿剤!
2.頻尿の原因
1)生理的頻尿と老化による頻尿
①精神的ストレス:「膀胱壁がどの程度伸長したら尿意をもよおすか」の閾値が下がった状態。これが神経性頻尿(神経因性頻尿と区別すること)とよぶ。
②バゾプレッシン分泌減少:健常者では睡眠を妨げないために、夜間にはバゾプレッシン(抗利尿ホルモン。下垂体後葉から分泌)の分泌量が増し、尿生成が減少する。
老人(男女とも)ではこのホルモン分泌が低下するので、夜に何度もトイレに行く。
③エストロゲン分泌低下:エストロゲンには畜尿作用がある。更年期以降の女性では、エストロゲン分泌低下するので、畜尿機能が低下して頻尿になる。
★頻尿の生理的な原因は、精神的ストレス、バゾプレッシン分泌減少(老化)、エストロゲン分泌減少(更年期)!
3)その他の疾病としての頻尿
①炎症性疾患:膀胱炎・尿道炎・前立腺炎などでは、頻尿とともに排尿痛を訴える。
②神経因性膀胱:脳卒中や脊髄損傷に付随するもので、鑑別自体は容易である。
③前立腺腫瘍:頻尿単独症状を訴える。最も多いのは前立腺肥大症の第Ⅰ期で、高齢男性に多い。前立腺肥大の第Ⅰ期では、とくに夜間頻尿が増える。
④過活動膀胱:尿意切迫感を伴なう頻尿
★頻尿を訴える疾病(非生理的原因)は、炎症性疾患、神経因性膀胱、前立腺腫瘍、過活動膀胱!
<炎症、頻尿の整理>
・炎症→3大症状:頻尿、排尿痛、膿尿。○○炎という病名になる。
膀胱炎→排尿修了時痛
尿道炎→排尿開始時痛(湯の中で排尿すると楽)
前立腺炎→会陰部広汎な鈍痛
★泌尿生殖器系炎症は膀胱炎、尿道炎、前立腺炎!
・頻尿→三大疾患:炎症(〇〇炎)、前立腺腫瘍、神経因性膀胱
炎症→頻尿、排尿痛、膿尿という3大症状があり、とくに排尿痛の有無をチェック
前立腺腫瘍→前立腺肥大、前立腺癌。初期は頻尿単独症状。
神経性陰因膀胱→脳卒中、脊髄損傷など。小便を制御できない。基礎疾患に付随。
例)頻尿患者で、排尿痛(-)、膿尿(-)、中枢神経系の異常がなければ、前立腺腫瘍を疑う。
★頻尿の三大疾患は、炎症(○○炎)、前立腺腫脹、神経性膀胱!
第3項 尿失禁
1.尿失禁の分類
尿を畜めている状態で、自分の意に反して尿を漏らすことを尿失禁とよぶ。高齢者の1/3に尿失禁がある。腹圧性尿失禁(65%)、切迫性尿失禁(20%)、混合型(15%)。
★尿失禁の65%は腹圧性!
くしゃみ、咳、笑った時など腹に力が入ると漏れる。
-いいえ:切迫性尿失禁
-はい :トイレに間に合わず下着を濡らしてしまう
-いいえ:腹圧性尿失禁
-はい :混合性尿失禁
★腹圧性尿失禁は、くしゃみ、咳、笑った時などに漏れる!
2.切迫性尿失禁
1)切迫性尿失禁の概要
①症状:突然、強い尿意を感じ、トイレに間に合わず漏らす。
②原因-下部尿路刺激症状(前立腺肥大、膀胱炎、尿道炎)を考える。
-過活動膀胱
③現代医学的治療
a.炎症による知覚性切迫性尿失禁:原疾患の治療のため、抗生物質や消炎剤投与
b.抗コリン剤(副交感神経抑制剤で膀胱収縮力 ↓ 作用)。ブスコバン。
※アセチルコリン
※抗コリン剤は腸管の蠕動運動を弛めて下剤・腹痛を止める薬としても多用される、夜尿症にも用いられる。
※アセチルコリン:副交感神経や運動神経の末端から放出され、神経刺激を伝える神経伝達物質。これを遮断するのが抗コリン剤。
★切迫性尿失禁は、前立腺肥大、膀胱炎、尿道炎、過活動膀胱が原因!
④鍼灸治療:交感神経緊張に誘導する。気管支喘息の治療は坐位で治喘への灸だったが、切迫性尿失禁の治療は、坐位で中髎へ灸する等。
気管支喘息 →坐位で治喘→交感神経緊張へ誘導
切迫性尿失禁→坐位で中髎へ灸→副交感神経遮断(現実的には難しい)。
★切迫性尿失禁の鍼治療は、副交感神経を遮断するために坐位(臥位ではなく)での中髎刺激が効果的!
3.腹圧性尿失禁
1)腹圧性尿失禁の概要
①症状:力んだり重い物を持ち上げたり、咳をした際などに、腹に力が入ると尿失禁
②原因:腹圧が、尿道括約筋と骨盤底筋の筋力を上回った場合に生ずる。骨盤底筋(とくに尿道括約筋と肛門挙筋)の筋力低下症状である。
※無抑制膀胱:一定量は畜尿できるが、膀胱が時々勝手に収縮する現象。脊髄や脳障害による。
※骨盤底筋:尾骨から恥骨にかけてハンモック状に張った筋肉の総称。尿道・膣・肛門周囲筋を指す。四つ足動物と異なり、人間は直立歩行するので、骨盤底には負荷が掛かる。骨盤下口の閉鎖はこの負担に耐え、しかも内臓の出口が開くことを可能にしなければならない。
★腹圧性尿失禁の原因は、骨盤底筋と肛門挙筋の筋力低下!
2)現代医学的治療
①交感神経刺激剤
①交感神経刺激剤(交感神経の働きを強める)
尿道括約筋の収縮力を強める目的で、交感神経β2刺激剤(本剤は、気管支拡張剤としても使用される)を使う。
★尿失禁の薬剤は、交感神経刺激剤!
◎自律神経状態の4パターン
〇交感神経症状は心・血管症状中心
・交感神経興奮状態
立毛、血圧上昇、散瞳、気管支拡張、心拍数増加、ドキドキ、興奮・攻撃
交感神経刺激剤使用時(アドレナリン、ノルアドレナリン分泌)
適応症:喘息・腹圧性尿失禁→交感神経を興奮させて症状を抑える
・交感神経遮断
血圧低下、縮瞳、縮瞳
交感神経遮断剤使用時(βブロッカー)
適応症:高血圧症→交感神経を遮断して高血圧症を抑える
〇副交感神経症状は消化管症状中心
・副交感神経興奮状態
縮瞳、分泌促進、蠕動促進、食事、排便、よだれ
適応症:副交感神経遮断剤はない
・副交感神経遮断状態
口渇、便秘、散瞳 ドキドキ、恐怖
抗コリン剤使用時(アトロピン、ブスコバン)
適応症:腹痛、下痢、切迫性尿失禁
交感神経興奮≒副交感神経遮断
交感神経遮断≒副交感神経興奮
★交感神経興奮症状は心・血管、副交感神経興奮症状は消化器が過活動!
②軽度の場合は骨盤底筋体操(効果は3~6割)
どんな体勢でもよいので、膣と肛門を締める体操。
★尿失禁の予防改善に膣と肛門を締める体操を!
③経腟的に膀胱頚部の吊り上げ手術。有効率は7~8割。
★尿失禁改善のための膀胱頚部の吊り上げ手術!
3)鍼灸治療:内尿道括約筋(骨格筋・不随意筋)の収縮力を強めるために、交感神経緊張に誘導する。すなわち坐位で、中髎に刺鍼など。
尿失禁を防ぐには、畜尿時に内尿道括約筋がしてはならない。つまり内尿道筋の収縮力を強める、もしくは排尿筋を弛緩させる必要がある。そのためには下腹神経(交感神経)を働かせる必要がある。
・蓄尿時には下腹神経(交感神経)の働きで排尿筋が弛緩、内尿道括約筋が収縮する。
・排尿時には骨盤神経(副交感神経)の働きで排尿筋が収縮、内尿道括約筋は弛緩する。
・外尿道括約筋は体性神経支配の随意筋なので一時的に排尿を停止することができる。
※排尿に関与する筋肉は他に外尿道括約筋(随意筋)がある。
外尿道括約筋・腹筋力強化目的で、中極から下方に斜刺手技鍼が効いたという報告もある。
★失禁予防には、内尿道括約筋の収縮力を高めるために、交感神経(下腹神経)を働かせる!
第4項 頻尿・尿失禁・排尿困難の鍼灸治療
1.中髎穴刺鍼の効果
現代針灸の立場では、泌尿器科や婦人科の鍼灸治療は共通している。刺激目標は、仙髄排尿中枢、陰部神経(体性神経)や骨盤神経(副交感神経)であるが、両者はともにS2~4神経から起こり、膀胱、尿道(外尿道括約筋)、および性機能に深く関係しているので、第一の治療ポイントとしてはS3後仙骨孔である中髎穴になる。
★泌尿器科や婦人科の鍼灸治療は中髎穴!
これまで泌尿生殖器疾患に対し、中髎が効きそうな予想はできるものの、実際にどの程度疾病に効果があるのか判然としなかった。しかし北小路博司氏(明治国際医療大学)らの研究により、その概要が判明しつつある。(北小路博司:泌尿・生殖器系障害に対する鍼灸治療、「鍼灸臨床の科学」医歯薬、2000年9月にまとめられている)。北小路氏は、2寸8番を用い、中髎を刺入点とし、45°頭側の斜刺し、刺鍼転向で仙骨骨面に沿うように刺入し、左右10分間ずつ捻鍼手技をしている。このような仙骨孔を貫通しない刺鍼でも骨盤神経に影響を与えることができる。
★仙骨孔を貫通せずとも骨盤神経(副交感神経)に影響を与える!
※仙骨孔を貫通させ、骨盤内に鍼を入れることは、仙骨神経叢刺激する意味がある。しかし坐骨神経痛や陰部神経症状であれば、坐骨神経ブロック点刺、陰部神経刺(中極刺)を用いれば事足りる。仙骨孔に入れる困難を伴なう施術を行う必要はない。ただし骨盤神経に影響を与えるには、8番鍼にて仙骨骨面に擦りつけ、沿せるような強刺激の鍼、または同等の強刺激の灸治療が必要とのこと。
・坐骨神経痛なら坐骨神経ブロック点刺、
・陰部神経症状なら陰部神経刺(中極)
つまり、仙骨孔に鍼を通す必要はない。
★骨盤神経に影響を与えるには、仙骨孔刺鍼、8番鍼で仙骨骨面に擦り付ける、強刺激の灸が必要!
1)頻尿・尿失禁・排尿困難に対する中髎刺鍼の作用
①切迫性尿失禁
神経因性の過活動膀胱患者。最大尿時期膀胱容量が増加傾向。切迫性尿失禁患者の60%が、尿失禁の消失ないし改善した。中髎刺鍼は膀胱容量を増加させる傾向がある(対抗コリン剤と同じ作用)。無抑制収縮を抑制させる傾向がある。
無抑制収縮:膀胱が勝手に収縮してしまうこと。脳の排尿中枢の障害により膀胱の蓄尿機能障害が起き、尿貯留が少量でも排尿反射が起こり、膀胱が収縮してしまうため失禁となる状態。
★中髎刺鍼は、膀胱容量増加、無抑制収縮を抑制させる!
②前立腺肥大症(第Ⅰ期)
前立腺肥大症第Ⅰ期に対して、週1回の中髎刺鍼を行い、平均6回あまり施術した。夜間の排尿回数は減少、昼間の排尿間隔の延長がみられた。治療終了後は元に戻る傾向があった。
★中刺鍼にて、前立腺肥大症Ⅰ期に対して夜間排尿回数減少、昼間の排尿間隔延長した!
③排尿筋、外尿道括約筋協調不全
神経因性膀胱の一タイプ(膀胱機能正常、尿道機能は過活動)で、主訴は排尿困難。6例中、4例で排尿困難が消失、1例は改善した。初発尿意、最大尿意および膀胱コンプライアンス(膀胱のひろがりやすさ)は不変。残尿感の減少も5例でみられた。
★中髎刺鍼にて、排尿困難消失、残尿感減少!
④低緊張性膀胱によるは尿困難
神経因性膀胱の一タイプ(膀胱機能が低活動、尿道機能異常)で主訴は排尿困難。7例中、1例に排尿困難の軽減がみられた。中髎の鍼治療によって、排尿筋の収縮力を高めることはできなかった。
★中髎刺鍼で、排尿筋の収縮力は高まらず!
<中髎への刺鍼による効果のまとめ>
・膀胱壁の筋緊張を緩める→膀胱容量を増加するので、頻尿改善。排尿回数を減らす。
・内尿道括約筋の緊張を緩める→排尿困難を改善。
・参考:尿路の痙攣痛をとるのは、外志室深刺。
・膀胱壁の過緊張緩和(下腹神経・交感神経緊張)→頻尿改善
・内尿道括約筋の過緊張緩和(骨盤神経・副交感神経緊張)→排尿困難改善。
★中髎刺激は、頻尿(膀胱壁の過緊張緩和)、排尿困難(内尿道括約筋の過緊張緩和)の改善!
😊中髎穴刺激によって期待できることは、膀胱壁の過緊張緩和による「頻尿改善」と、内尿道括約筋の過緊張緩和による「排尿困難改善」です。と聞くと、頻尿改善が目的だったのに、内尿道括約筋が緩んで、かえって頻尿がひどくなってしまったり、排尿困難の改善が目的だったのに、膀胱壁の緊張が緩んで、排尿しづらくなるという、目的とは逆の方に働いてしまうことはないのか、と真面目?な人は考えます。しかしそうはなりません。なぜなら、人の体というものは、常に「いい状態」でいようとするからです。もし「いい状態」から外れたら、元の「いい状態」に戻ろうとする機能が働き、この機能を「恒常性維持機能」とよびます。また、病気になったときには「自然治癒力」が働きによって、環境が整えば病気は自然と治ります。恒常性維持機能や自然治癒力を高めるための行為の一つが、鍼灸であるため、鍼灸によって病気がよくなることはあっても、悪くなることは通常はありません。一過性に症状が悪くなったと感じるような、いわゆる瞑眩反応が起こることはあります。
2)中髎刺激以外の鍼灸治療
①前立腺癌手術後に生じた尿失禁が三陰交直刺で効果があった例
71才男性で前立腺癌で前立腺全摘術後、1ヵ月間放射線治療法を受けたが、その後に尿失禁が出現。常におむつがびしょびしょになる状態で、残尿感もあった。頻尿改善剤の投与を受けるが改善しない。三陰交直刺、響きを得た後10分間半回旋刺激。治療前は必ず100mlはあった尿失禁が、治療開始当日夜からほとんど消失し、残尿感もなくなった。治療効果は1週間も継続し、現在は2週間に1回の治療を行い。失禁尿量は20~30g程度。(斎藤雅一:排尿障害プラクティスVol.7 No.1 1999)
※三陰交はL4神経支配領域
★尿失禁に三陰交が効くこともある!
②過活動膀胱に対し、三陰交-太谿の刺鍼通電が有効
Klinglerらは、頻尿・尿意切迫感をもつ過活動性膀胱患者15例に対し、三陰交に刺鍼し、太谿に対極板を貼付して、後脛骨神経刺激(20HZ、30分間)を週4回合計12回行い、47%が症状消失し、20%に症状改善がみられた。(本城久司ほか:過活動膀胱および前立腺肥大症による排尿障害の鍼治療、医道の日本、平18年3月号)
★過活動膀胱に三陰交-太谿が効くこともある!
③腹圧性尿失禁に対して、中極深刺手技鍼が有効だった例
腹圧性尿失禁の70才女性に対して、中極穴に対して下方に45°の斜刺で4cm刺入し、得気を得た後、10分間半回旋刺激。週1回治療で5回治療を1クールとした。すると、1クール終了時に、尿失禁時の不快感が消失した。(斎藤雅一:排尿障害プラクティスVol.7 No.1 1999)
★腹圧性尿失禁に中極深刺が効くこともある!
④腹圧性尿失禁に、三陰交、太谿、湧泉、関元への刺激+骨盤底筋体操が有効だった例。
35才女性。第2子妊娠中から、咳やくしゃみの時に尿失禁がたびたび出現。三陰交と太谿に置鍼、湧泉に直接灸、関元に棒灸10分間。この治療を週1回計10回実施し、また骨盤庭訓体操を指導。トイレが間に合わないとの訴えは3回治療後に改善したが、寒い日などに尿失禁が強く、排尿後の尿の切れの悪さは産後5ヵ月まで続いた。産後7ヵ月に症状が気にならないまでになった。(辻内敬子;産後の混合性尿失禁に対する鍼灸治療の1症例、女性鍼灸師フォーラム会報、2002.10.28,第5号)
★腹圧性尿失禁に、三陰交、太谿、湧泉、関元、骨盤底筋体操が効いた!
第5節 夜尿症
1.小児夜尿症とは
夜尿症とは、いわゆる「おねしょ」。夜間睡眠中に無意識のうちに尿が漏れてしまう病気のこと。排尿習慣が身につく2~3歳ごろまでは、睡眠中に無意識の排尿が起きても夜尿症とは呼ばない。5歳を過ぎても1か月に1回以上の頻度でおねしょをする状態が3か月以上続く場合は「夜尿症」と診断される。成人になっても夜尿症が改善しないケースもある。
4才以上の小児に起こる尿失禁を遺尿とよび、とくに夜間に起こる遺尿を夜間遺尿(=夜尿)とよぶ。夜尿の大部分は機能的原因による。器質的疾患による遺尿は、尿失禁とよぶ。尿失禁の原因としては脊髄神経の異常が考えられる。尿失禁は、精神薄弱児にもみられる。小児夜尿症は、患児の年令や夜尿頻度により指導法が異なってくる。
夜尿症は、小学校低学年で約10%、小学高学年で約5%にみられる。
・機能的原因によるもの=夜尿
・気質的疾患によるもの=尿失禁
★夜尿症=5歳を過ぎても1か月に1回以上の頻度でおねしょをする状態が3か月以上続くもの!
2.夜間尿の原因と分類
1)多尿型(ぐっしょり)夜尿症
→ぐっしょり型夜尿症。通常であれば、抗利尿ホルモン(=バゾプレッシン)は夜間睡眠中に分泌増大し、製造される。尿量は(その分、濃い尿となる)ので、夜間にはトイレに起きる必要はない。これは、睡眠を妨害しないようにする仕組みである。抗利尿ホルモン分泌量が少ないのであれば、日中と同じくらいに膀胱に溜まる尿量となる。
※抗利尿ホルモン
腎の糸球体で濾過された水分は、尿細管、再度必要な水分等を再吸収する。この時、抗利尿ホルモンが少ないと尿細管での再吸収が不十分となって、薄い尿が多量に製造されてしまう。
子供にストレスが生じると、抗利尿ホルモンの分泌に影響して、夜尿となることが多い。(夜間症の結果ストレスが生じるという意見もある)。
夜中に親が起こして排尿させると、睡眠リズムが乱れて抗利尿ホルモンの分泌が減って、ぐっしょり夜尿が固定してしまうことがわかったきた。
一方で、夜尿アラーム療法がある。夜尿によって濡れると鳴るブザーを用いて夜尿した直後に患児を覚醒させるというもの。これによ睡眠中の膀胱容量が増量し、夜間尿量が減るとのこと。有効率70%。
★ぐっしょり型=バゾブレッシン分泌低下。夜中に起こすのは逆効果!
2)膀胱型(膀胱容量低下型)夜尿症→ちょっぴり頻尿型夜尿症
夜間睡眠時に膀胱容量が低下し、十分量の尿を膀胱に溜められないために起こる。この原因は完全には解明されていない。このタイプは日中は頻尿で、昼間遺尿(パンツにオシッコをちびらせる)の傾向がある。
★膀胱型=夜間睡眠時に膀胱容量が低下(原因不明)!
①過活動膀胱
膀胱排尿筋が過活動を起こすと、睡眠時膀胱容積が小さくなる場合がある。膀胱に尿が充分量溜まる前に早期収縮し、膀胱容量の低下を招く。1回夜尿量が少ないのが特徴。
★過活動型膀胱=膀胱に充分に尿が溜まる前に排尿筋が収縮!
②不安定膀胱
膀胱に尿が溜まると副交感神経の作用によって膀胱が収縮して、排尿の準備が進行する。膀胱に尿が少し溜まっただけで収縮が起きると頻尿になり、日常生活に支障をきたすことになるので、生理的には膀胱は尿がある程度溜まるまで副交感神経の活動を大脳が抑制し、安定した畜尿が維持されている。
この大脳による抑制が未熟で不十分だと、一時的な軽微な膀胱の収縮が発生し、一部の尿が排泄されてしまう。いわゆる「ちびり」として観察される。
このように抑制が不十分で収縮することを無抑制収縮とよび、このような膀胱を不安定膀胱とよぶ。不安定膀胱は実は誰でも経験していることで、幼児期には皆この状態にある。
★不安定型膀胱=副交感神経の活動を大脳が抑制しきれない!
3)混合型夜尿症
1)と2)が合併したタイプ。つまり夜間尿量が多く、睡眠時膀胱容量が低下したタイプ。実際にはこのタイプの夜尿症が圧倒的に多い。
★実際に多いのは混合型タイプ!
3.睡眠と夜尿症の関係
①従来の説明
健常児は、膀胱に一定量の尿が溜まると、膀胱壁が刺激されて末梢神経から仙髄排尿中枢を通じて大脳皮質の排尿中枢に伝えられ、尿意を感じる。通常であれば自分から起きてトイレに行き排尿する。しかし夜尿症児は、膀胱が満杯との情報が大脳に伝わっても、尿意を感じることができず、覚醒までに至らない。この理由として睡眠が深すぎるというもの。
Ⅰ型夜尿症:膀胱内圧上昇時にも、浅い睡眠に移行するも覚醒に至らない。
Ⅱa型夜尿症:脳波上、覚醒反応が生ぜず、深い睡眠のまま夜尿する。
Ⅱb型夜尿症:膀胱に生じる無抑制収縮を原因とした膀胱機能障害者であり、深い睡眠のまま夜尿する。
この考え方によれば、夜に副交感神経興奮過剰になるのは、日中交感神経興奮過剰のリバウンドだと解釈できる。治療に来院するのは日中なので、治療としては交感神経興奮を鎮めるような、軽刺激の鍼を全身的に行えばよいという治療方針が成り立つ。
★夜間、副交感神経過剰になるのは、日中、交感神経過剰のリバウンド。軽刺激の鍼がよい!
②現代の説明
軽い睡眠でも深い睡眠でも、あるいはレム睡眠(夢をみる)でも夜尿をしているので睡眠の質とは関係ないことが実験で明らかとなった。小児の睡眠は成人と比べて、おしなべて深いのが普通である。
★眠りの深さと夜尿は関係ない!
4.予後
夜尿を放置した場合であっても、小学校5~6年生(11~12才)になって50%の確率で自然治癒する。また年齢にかかわらず毎年平均10~15%の夜尿症小児が自然治癒する。
相川医師による夜尿症専門クリニックで夜尿症治療を行った場合、治癒するまでの平均期間は1年6ヵ月だが、自然治癒率の場合は6年前後を要した。
★夜尿を放置しても11~12までに50%治癒!
5.夜尿症の薬物治療
効果がみられた時点で、持続投与し、一定期間後に徐々に減量する。
多尿型:三環系抗鬱剤(トリプタノール、トフラニールなど)→三環系抗鬱剤には、副作用としての排尿困難や尿量減少がある。この副作用を利用する。
★三環系抗鬱剤の副作用に排尿困難や尿量減少がある!
修学旅行時など一時的効果でよいならば、デスモプレッシン点鼻薬(抗利尿ホルモン剤)がある。抗利尿ホルモンのバゾプレッシンは注射でしか投与できない。
膀胱型:抗コリン剤(ブスコバンなど)。膀胱括約筋を緩め、膀胱収縮を抑制して膀胱容量を拡大させる。
★修学旅行はデスモプレッシン点鼻薬(抗利尿ホルモン剤)!
6.夜尿症の生活指導
排尿日誌、夜尿日誌をつける。夕食時の飲水量や塩分制限、蛋白摂取制限などが行われることがある。就寝前の排尿は必須。
昼間は十分に飲水し排尿量を多くし昼間の排尿を我慢する。これにより機能的膀胱容量の増加を目指す。
★昼間は十分飲水し排尿我慢。膀胱容量を増やす!
7.夜尿症の鍼灸治療
1)鍼灸の有効性
対象年齢は6才以降(5才頃に排尿機構と睡眠機構が成熟するため)。夜尿症の鍼灸は、治る場合と治らない場合がある。通常は数ヵ月の加療が必要となる。夜尿症児童の改善の流れは、夜の早い時間帯にしていた夜尿が、徐々に朝方にシフトしていき、その後夜尿をしない日が出て、頻度も減少しつつ治療へと向かうのが普通なので、治りやすさの目安は次のようになる。
重症:就寝1~2時間後に放尿(膀胱内に尿が十分貯留されていないのに放尿する)
軽傷:真夜中や明け方に放尿。週1~2回であることが多い。
★夜尿症治療の対症年齢は6才以降!
2)夜尿症の鍼灸治療
北小路博司氏の研究により、夜尿症に対する中髎刺鍼の効果は、膀胱容量を拡大させる(膀胱壁の筋緊張を緩める=抗コリン剤的作用らしいことが判明した。膀胱壁を交感神経優位に導くことで、尿道括約筋(排尿筋?)の活動を緩めることで膀胱容量が増え、夜尿発生に至る時刻を遅らせるらしい。これに対し、多尿型夜尿症に対しては鍼灸適応はないらしい。
・蓄尿時には下腹神経(交感神経)の働きで排尿筋が弛緩、内尿道括約筋が収縮する。
・排尿時には骨盤神経(副交感神経)の働きで排尿筋が収縮、内尿道括約筋は弛緩する。
※抗コリン剤:副交感神経伝達物質であるアセチルコリンを遮断し、副交感神経の働きを抑制する薬剤。
★中髎刺鍼は、膀胱容量を拡大させることが判明!
①Ⅰ型夜尿症に対する中髎刺鍼の有効性
薬物療法無効の8例。週1回施術で平均5回強治療。夜尿出現率が10%以上改善した者は4例。10%以下の無効例は4例だった。有効例はすべて初発尿意(膀胱にどの程度の尿が溜まったら尿意として自覚するか)が改善。機能性膀胱容量の増大と初発尿意の延長が、夜尿症の改善に関係があるらしい。(北小路司「尿失禁」毎日ライフ1998.6)
※初発尿意:膀胱内にある程度尿が貯留され、膀胱内圧が15~20cmH2Oとなり始めて感じる尿意。個人差や環境などによって変わりるが、、おおよそ200~250mLの尿量が膀胱内に貯留としている状態。 また、最大膀胱容量まで我慢したときの尿意を最大尿意とよぶ。
※最新の知見では、夜尿と睡眠の深浅は無関係にあることが分かった。つまり上記成績は、Ⅰ型夜尿症に限定されるものではない。
★中髎刺鍼は初発尿意を改善にも!
②胆嚢症としての治療(三木健次:難治性夜尿症の治療、医道の日本、昭和50年1月号)
従来の夜尿症の治療に胆嚢症としての治療を加えた結果、著しい治療成績の向上をみた。夜尿症の者の膀胱内圧が過緊張を示す(=膀胱容量低下型夜尿症)が、このような者は胆嚢痙攣が生じやすい。(似田先生註:膀胱も胆嚢もともに内臓平滑筋痙攣である)。こうした点から夜尿症と胆嚢症は体質的に同じ基盤の上に成り立つ疾病ともいえる。夜尿症は東洋医学的には胆の病証(=現代医学でいう胆道ジスキネジー)であり、共通点があると記している。
代表治療点は、胸脇苦満(軽度)日月(胆):期門穴直下、右陽白(胆)の圧痛?、リーブマン点(右C7棘突起直側)。※期門(第9肋軟骨付着部下際)
※胆嚢ジスキネジー:自律神経失調症の一つ。精神的緊張により、内臓平滑筋が緊張。とくに胆嚢部~横隔膜にかけての痛みが生ずる。胆石や胆道炎、胆嚢、胆管等の明確な病気でないのに、胆石症と同じ様な異常が起きる病態。
★夜尿症の治療に、胆嚢症の治療を加えると、治療成績向上。右C7棘突起直側!
③普段夜尿をしない児童が、日中に非常に疲労したり、精神的ダメージを受けた日の夜に夜尿するのは、日中に交感神経緊張過剰になったのを、揺り戻す意味で、夜間に副交感神経緊張過剰になった結果である。治療としては日中の交感神経緊張過剰を改善すればよいのだから、これを是正する目的で、小児鍼をはじめとする軽刺激の鍼灸を行う。
★日中の交感神経緊張過剰を軽刺激で是正する!
第6節 勃起障害(ED)
1.EDとは
勃起障害(ED Erectile Dysfunction)とは、「〃勃起不全〃によって満足な性交渉ができない状態」と定義される。以前はインポテンツ(=不能)とよばれてきたが、差別的であることから名称変更された。
※生殖不能者:生殖不能者は性交は可能だが生殖能力を欠く者。男性不妊者。
★インポテンツは差別的用語!
2.性欲
性欲はホルモン系主体であり、性的興奮や勃起は神経系血管主体である。
1)性欲の機序
性欲は、性ホルモンにより生ずる。男性の場合、下垂体前葉から分泌される性腺刺激ホルモン(ゴナドトロピン)が睾丸に働きかけ、睾丸からテストステロンが分泌されて起こる。
★性欲(男性)=ゴナドトロピン(性腺刺激ホルモン)→睾丸からテストステロン分泌!
女性ではゴナドトロピンが卵巣に働きかけ卵巣からエストロゲンが分泌されて起こる。
★性欲(女性)=ゴナドトロピン(性腺刺激ホルモン)→卵巣からエストロゲン分泌!
この時の性欲は、下等動物レベルとしての性欲であり、人間としての性欲はテストステロンが視床下部で感受されて生ずる。テストステロンは加齢によっても分泌減少し、インポテンツを生ずることが多い。
※ゴナドトロピン:性腺刺激ホルモン。FSH(卵胞刺激ホルモン)とLH(黄体形成ホルモン)の総称。視床下部より分泌される性腺刺激ホルモン放出ホルモンの刺激によって、下垂体より分泌される。
★テストステロンが視床下部で感受し、性欲が生ずる!
2)性欲低下を生ずる器質的疾患(広義のインポテンツ)
①肝機能障害
エストロゲンの不活性化障害。女性化乳房。男性でも女性ホルモン(エストロゲン)は分泌されているが、肝臓の解毒作用により分解される。肝硬変では、解毒能力が低下しているのでエストロゲンが残り、女性化乳房をきたす。
②高プロラクチン血症
下垂体前葉から出るプロラクチン(催乳ホルモン)分泌過剰。プロラクチンは女性においては乳汁分泌促進作用、排卵時抑制作用をもつ。出産後でもないのに母乳がでる高プロラクチン血症では、不妊作用と性欲抑制作用がある。
原因:生理的なものとして、睡眠や運動、食事、精神的ストレスなど。病的因子として、プロラクチノーマ(下垂体にできる良性腫瘍)、甲状腺機能低下症など。また抗鬱薬や血圧降下剤の副作用としてのものがある。
★性欲低下を生ずる器質的疾患は、肝機能障害、高プロラクチン血症!
3.EDとなる原疾患
インポテンツの原因は、器質的23%、機能的72%、不明5%
脳が性欲興奮きたし、神経を介して陰茎に伝わっても、陰茎海綿体の動脈硬化などの障害がある場合(これを動脈性EDとよぶ)、陰茎海綿体に十分な量の血液が流れ込まないので、勃起力不足になる。加齢の他、糖尿病、高血圧、高脂血症などの生活習慣病などが代表的。
★EDの原因は機能的が72%!
①糖尿病 糖尿病性抹消神経炎による勃起不全。糖尿病では血管障害と神経障害が出現するが、血流障害は陰茎への血液流入障害として、神経障害は自律神経障害として出現する。糖尿病者の3~6割が性機能障害をともなう。
〇勃起は副交感神経興奮、射精は交感神経興奮
★糖尿病性勃起不全は血流障害→陰茎への血流障害。神経障害→自律神経障害!
②降圧剤:薬剤性では最も多いとされる。降圧剤によるED発症の機序としては、高血圧に合併する動脈硬化病変により陰茎への血流が低下。降圧薬により血圧を下げることで更に陰茎への血流が低下することが一因だと考えられている。
★降圧剤でEDになることもある!
③前立腺摘出術:前立腺のすぐそばに勃起をつかさどる神経があるため、前立腺摘出手術で神経が障害を受けることがある。
★前立腺摘出手術後、神経障害にてEDになることがある!
4.勃起
1)勃起の神経的機序
視床下部には上位中枢があり、仙髄には下位勃起中枢がある、
①上位勃起中枢:聴覚や触覚などでの興奮
②下位勃起中枢:
上位勃起中枢からの神経入力や、性器の機械的刺激、精子充満や膀胱の尿充満による刺激が、陰部神経(体性神経)を経て仙髄(下位勃起中枢)に到達。すると仙髄の骨盤神経(S2~4)が興奮する。
※仙骨部の副交感神経系(骨盤神経)の別名は勃起神経。仙骨部の副交感神経は他に排尿、排便をつかさどる。射精は交感神経。
※仙骨神経:仙骨孔から出る。臀部、大腿後面、下腿、足の皮膚感覚と筋を支配。うち仙骨神経内副交感神経(通称、勃起神経)はS2~4に含まれる。
※性的興奮を伴なわない勃起(膀胱充満時など)では、下位勃起中枢だけが興奮する。
★骨盤神経(副交感神経、仙骨神経から分枝)の作用は、排尿、排便 勃起!
2)勃起の機序と勃起が萎える機序
①勃起の起こる機序
大脳皮質の性的興奮
→副交感神経を介して陰茎海綿体の細胞から一酸化窒素(NO)を血中に放出
→NOがセカンドメッセンジャーである陰茎中の血管拡張物質(平滑筋細胞の弛緩物質)CGMP(環状グアノシン一リン酸)を増加
→陰茎を走る螺旋動脈の平滑筋を弛緩させ、血管を拡張
→陰茎海綿体に血液が充満(=勃起の状態)
※一酸化窒素が体内で生成されることで血管拡張効果が生まれて血流改善作用をもたらす。
1998年、ルイ・イグナロは、一酸化窒素が体内で生成されると血管拡張物質が生まれて血流改善作用をもたらすことを発見し、ノーベル生理学・医学賞を受賞。
★勃起機序のキーワードは、一酸化窒素(NO)、cGMP(環状グアノシン一リン酸)!
②勃起が萎える機序
性的興奮が収まるとPDE5(ホスホジエステラーゼ5)というcGMPを壊す酵素が放出。これにより勃起状態消失。
※要するに「cGMP」増加で勃起が起き、「PDE5」増加で勃起が萎える。この一連の反応を引き起こすのは性的興奮によるNO産生が引き金になっている。
★cGMPで勃起が起き、PDE5で勃起が萎える!
5.ED
1)EDの定義
勃起障害(ED Erectile Dysfunction)とは、「勃起不全によって満足な性交渉ができない状態」と定義される。以前はインポテンツ(=不能)とよばれていたが、インポテンツはもっと広い意味を指し、性欲が無い、勃起はするが射精はできないなど、勃起不全以外の理由で性交渉ができない場合も含まれる。「中折れ」もEDに含まれる。
★インポテンツの意味には、勃起不全、性欲が無い、射精ができない、中折れが含まれる!
2)バイアグラの作用機序
ED治療薬が登場するまで、泌尿器科医にとってもED治療は難しい問題だったが、1999年にジルデナフィル(商品名バイアグラ)が発売されてから治療できるものとなった。バイアグラ等は、脳中枢で起きる性衝動から陰茎に至る神経経路に問題がなければ、即効的な効果が出せる。
★バイアグラは脳中枢から陰茎に至る神経回路に問題が無ければ即効性あり!
勃起障害の原因の一つとしては、海綿体平滑筋内に豊富に存在するPDE5(ホスホジエステラーゼ5)が知られている。PDE5はcGMP(環状グアノシン-リン酸)を分解してしまう酵素なのだが、前述の通りcGMPは血管を拡張させる働きがあるので、それが分解されてしまうと血管は収縮して陰茎海綿体に血液が行かなくなってしまう。
★PDE5は血管拡張物質のcGMPを分化してしまう!
勃起不全の治療としてはPDE5の働きを阻害することが重要で、PDE5阻害薬としてシルデナフィル(バイアグラのジェネリック)が開発された。これにより海面平滑筋内に血液が充満する。なおバイアグラはより上位の損傷、つまり脊髄損傷または他の神経支配の障害による勃起不全には効果がない。
★シルデナフィルはPDE5阻害薬!
ED薬には性欲増進作用はないが、勃起することで男としての自信がつき、二次的にテストステロン分泌が増加する効果も認められている。バイアグラの有効率は、約80%にのぼる。糖尿病によるEDであっても約65%の患者に効果あり。
★バイアグラは糖尿病性EDでも有効率は65%!
バイアグラの副作用:バイアグラは末梢血管拡張作用があるので、心臓発作の予防としてニトログリセリンなどを服用している者がバイアグラを服用すると、血圧が急降下し命の危険がある。バイアグラ服用では、9割の者に副作用として「顔のほてり」と「目の充血」が出現する。他には「頭痛」「動悸」「鼻づまり」といった副作用が出ることも多い。
★ニトログリセリンを服用していると、バイアグラの血管拡張作用で血圧急降下!
3)バイアグラとその類似薬
有効成分がシルデナフィルであることは、どれも同じ。鍼灸を求めて来院するED患者は、自分でも詳細に調べてから来院する。当然ED薬に関する知識も多く、使ったことのある患者もいる。このような患者に対応するためには、鍼灸師あってもED薬の知識は必要である。
★バイアグラもその類似薬も有効成分はシルデナフィル!
①バイアグラ:元祖ED治療薬として知名度が高い。25mgと50mgがある。食事の影響を受けやすく、満腹時とくに脂物を食べた後は効き目が低下する(血中濃度が上がりにくい)。性行為の1時間前に服用するのが適切なので性行為時には空腹になりがち。効果は3~4時間持続。レ人ビトラやシアリスに比べ、勃起の硬度は高くなる。
★満腹時は効き目低下!
②レビトラ:10mgと20mgがある。バイアグラ50mgがレビトラ10mgに相当。バイアグラに比べ、食事の影響を受けにくく、速効性(30分で効果、1時間で血中濃度最大)がある。6~8時間持続。
★食事の影響を受けにくい!
③シアリス:10mgと20mgがある。強さはレビトラと同等。効き始めまで3~4時間かかるが、持続時間は36時間と長い、食事の影響を受けにくい。現在ED薬として世界で最も売れている。
★持続時間が36時間と長い!
ペニス挿入して5分も経つと、ペニスが軟らかくなり、中折れするという症状に対しても、上述のED薬は非常に有効である。勃起を維持できなくなるのもテストステロンが持続的に分泌せず、性的興奮を維持できなくなった結果であり、広い意味での老化現象である。
★勃起維持不能(中折れ)はテストステロン分泌が減少!
4)サプリメント類
性欲減退に効果があるとされる製品には、亜鉛やエビオス(ビール酵母)がある。精子を製造する材料として亜鉛があるが、平均的日本人は亜鉛摂取量が不足している。エビオスを飲むと精液量が増すという報告は多数ある。一方、マカ・ニンニク・まむしの粉・スッポンエキスなどは精力剤として知られており、有効だとする報告もあるが、信頼できるデータはほとんどない。
★精力サプリメントについて、信頼できるデータはほとんどない!
1)PC筋(骨盤底筋)
pubococcygeus muscle の略で骨盤底筋のこと。睾丸の後ろから肛門を挟んで伸びて仙骨をつなぐインナーマッスの一部。仙骨↔坐骨結節・恥骨を結ぶ。ハンモックのように膀胱や子宮、大腸といった内臓を支えている。
骨盤底筋は排泄(尿や精液)をコントロールする役割がある。排尿を止める時に動く。肛門を締めるとペニスが動くのも骨盤底筋の働きによる。
ペニスが外に出ているのは全体の3/4で、根本1/4は骨盤底筋の隙間に埋まっている。この根元がペニス全体を下支えしている。骨盤底筋群が強いと、ペニスの根元もしっかりしてくるので、上向きのペニスとなり、簡単には「中折れ」を起こさない。
姿勢を安定させるための働きもあり、本筋の筋力低下により姿勢が不安定になる。
★骨盤底筋の働きは、骨盤内臓器を下から支える。排泄のコントロールなど!
2)BC筋
Bulbocavernosus Muscle の略で球海綿体筋のこと。男性では、尿道球腺と尿道海綿体の一部を取りまくようにペニスの根元にあり、精液の射精と排尿の調節に関与する。 女性では、前庭球と大前庭腺を覆い、大前庭腺を圧迫して分泌物を排出させ、また 膣口を収縮させる。尿道から尿や精液を押し出すのも球海綿体筋の役目である。
球海綿体筋が鍛えられることで射精の勢いが強まり、射精時の快感が増すとされている。射精のタイミングもあるていどコントロールできるので、本筋を鍛えることは早漏治療にも適している。
※尿道球腺:男性の尿道の途中に2つある豆粒大の器官。カウパー腺。
※尿道海綿体:尿道を包む海綿体。陰茎海綿体の下側に位置する。
※海綿体:スポンジ状の勃起性組織。
※前庭球:膣前庭の左右両側にある扁平な棒状の海綿体。男性の尿道海綿体に相当。性的興奮により膨張し、後部にある大前庭腺を圧迫して分泌物を排出させる。
★球海綿体筋を鍛えることは、早漏治療に効果的。肛門を締める!
7.EDの治療
1)加齢と性欲低下
男性ホルモンのテストステロン分泌は20才頃が最大で、それ以降はゆっくりと下がる。中年になると性欲も体力も低下するのは、ある意味で自然なことである。まして性交回数が多かったり、仕事がきつかったりすると、余計に性欲も低下する。なおテストステロン分泌が不足している者に対し、テストステロンを投与しても、直接勃起とは関係ないが、性欲はゆっくりと増す(短期の投与では効果はない)。テストステロン補充が必ずしも有用ではないとされるのは、EDの原因が多元的であるため。EDと診断された男性のテストステロンレベルの低下は5~15%。
年齢別の適正性交回数として、古来から9の法則というのが知られて一応の目安となってきた。
20才:20×9=18(10日に8回) 30才:30×9=(20日に7回)
40才:40×9=36(30日に6回) 50才:50×9=(40日に5回)
★EDの治療でテストステロン補充は有用な場合とそうでない場合がある!
2)骨盤底筋の筋トレ
骨盤底筋体性神経、勃起時のペニスを下から支える機能があるので、骨盤底筋の筋トレは行う価値がある。骨盤底筋を鍛えることは勃起力とその維持に貢献している。
①肛門を締める運動
PC筋・BC筋のトレーニングとして肛門を締める運動を行う。肛門を締め5秒間、緩めるを5秒間を10回1セットで毎日5セットを目安に続ける。
②スクワット
スクワット(上半身をたてたまま行う、膝の屈伸運動)が効果的。スクワットは、大腿内転筋と骨盤底筋を鍛える。PC筋・BC筋をともに鍛えるのに適している。
<スクワットの正しいやり方(一例)>
a.肩幅より少し広めに足を開き、頭の後ろで腕を組む。(背スジはしっかりと伸ばす)
b.そのままの状態で、太ももが床と水平になる所まで腰をゆっくりと下ろす。
c.今度は、逆に腰をゆっくりと上げていき、最初の姿勢へと戻していく。
ここまでが1回の動作。最初は10回から開始し、慣れてきたら20回、30回と回数を増やす。爪先立ちや腰をより深く落とすなどのバリエーションもある。
③ヒップスラスト
腰を突き上げる運動。
a.床に仰向けに寝て、膝を曲げる(踵がお尻に着くぐらい)。
b.お尻を上げ、ゆっくりと戻す。
10~15回×3セットを目安とする。
★EDの治療の一環として、骨盤底筋を鍛えてみよう!
😊多くの場合、運動によってテストステロンレベルは上がります(とくに筋トレだが運動の種類に関わらず)。しかし先述の通り、EDで問題となるのはテストステロンだけではありません。EDには心理的なものなど様々な原因があり、またその原因も一つとは限りません。心にも体にも良い効果を期待できる運動は、ぜひとも行いたいものです。もちろんやり過ぎてはいけません。
8.鍼灸院で行う施術
鍼灸刺激も、EDに直接的効果を与えるものではないが、体調を整える一環の結果として、EDに効果がある可能性ある。ただしそれには長期的治療が必要である。
1)鍼灸とバイアグラの効果の比較研究
辻本孝司氏は、鍼灸とバイアグラの効果を比較し、「EDに対する中髎刺鍼で有効だが、効果はバイアグラに及ばない」との結論を導き出した。それは次のような内容である。
ED患者26名に対し、2寸#8の鍼を中髎に5cm刺入し、回旋刺激を10分間施行。治療は週に1回で、平均11回施術した。著効と有効を合わせると有効率は62%だった。有効例は、心因性(著効33%)よりも、内分泌性(著効88%)や静脈性(60%)の方が高かった。しかし、バイアグラの有効性は50mgで70~80%で、重篤な副作用もみられないことから、鍼治療よりもバイアグラ内服の方が効果的である。バイアグラが効果がなかったという者の大半は、内服方法に誤解があるからで、服薬指導と数回の鍼灸治療で改善させる(辻本孝司:EDの治療-
バイアグラと針に求められるものは,針灸OSAKA.vol.19 No.1.2003.Spr)
★EDに対しての有効率は鍼灸(中髎刺鍼)62%、バイアグラ70~80%!
2)陰部神経刺激
EDの鍼灸治療は昔から試みられてきた。亀頭などの性器の触覚を支配しているのは陰部神経なので、陰部神経知覚枝を刺激する目的で陰神経刺鍼が用いられてきた。
骨盤底筋を鍛える目的で大腿内転筋とレーニングの一環として陰包や足五里を刺激することも行われているが、これが効果的だという印象はあまりない(似田先生)。
※陰 包:曲泉と足五里を結ぶ線上。大腿内側上顆の上4寸。縫工筋、薄筋。
※足五里:大腿内側。気衝穴の外下方3寸、大腿動脈拍動部。恥骨筋、長内転筋
★EDに陰部神経刺鍼。陰包と足五里は効果薄!
①曲骨から下方に向けて深刺
陰部神経の終枝である陰茎背神経は、陰茎から亀頭に達するので、鍼響きも陰茎先端まで得られやすい。陰茎にまで響かせる方法としては、ゆっくり斜刺して硬い処(=筋膜)まで針先をもっていく→針先を筋内に入れたら雀啄を行う→雀啄を行いつつ、鍼全体の動きとして深度を深くする、といった手技を行うとよい。
★EDに陰部神経刺鍼。曲骨深刺&雀啄!
②曲骨の鍼響きと治療効果(日野勝俊:「はりきゅう」治療でしぜんな妊娠あんしん出産、2006年11月)
日野勝俊氏は「正常男性に曲骨から刺鍼すると、ペニスの先まで鍼響を感じるが、重症のEDでは鍼を刺入した部位のみの刺激感になる。しかし繰り返しの治療で、ペニス先端部近くまで鍼響きがが届くようになる」と記している。一般的なEDの場合には症状に応じて、1週間に1~2回程度治療を4ヵ月間続けて経過をみるといい。効果がすぐに現れるケースでは、初回の治療直後から遅い時でも2ヵ月ぐらいで症状の改善が認められる。
※似田先生はこの方法を10例以上追試してみた。曲骨刺鍼でペニスに響かせることは容易だが、心理的効果は別として、そのことがED治療に効果のあることの印象を得ることはできなかったとのこと。
★曲骨刺鍼でペニスに響かせることは容易。しかしED治療に効果があるかは疑問!
③正座にて、関元、中極、腎兪、裏合谷の多壮灸(陽不起の標知治灸 柳谷素霊選集下より)
裏合谷とは、「掌中、母指球の尺側、合谷と相対するところ。之を按ずれば極めて痛み透るところ」とする。正座させ、関元・中極・腎兪には最初小灸にして漸次灸壮を増やし、腰腹部春陽の如くポカポカと温暖のなるまで施灸する。温暖にならざれば効果が薄い。裏合谷には灸7壮。
似田先生註:下腹部正中に施灸するのに、仰臥位で行うのに比べ、坐位で行った方が腹筋に力が入る。横隔膜・腹筋・骨盤底筋に囲まれた腹腔圧迫の結果、骨盤底筋を刺激する治療効果だと思われた。裏合谷への施灸は、非常に熱いのが特徴。精神疾患やED治療の特効穴として知られているが、肯定も否定もされず、今日まで伝わっている。
★仰臥位より、坐位の方が腹筋に力が入るから効果的。というのであれば仰臥位で腹筋に力を入れてもよいのではないか?!
3)PC筋(骨盤底筋)・BC(筋球海綿体筋)の押圧
治療室で指導する(自宅で行う)のに適している。自分の体重によりPC筋・BC筋が圧迫され、ペニスに緊迫感が生ずることが多い。
①固い椅子に開脚で座る。
②背筋を伸ばして上半身を前傾させ、会陰穴をボールで圧迫する。
③これを繰り返すと、ペニスに充血感が得られる。
※陰嚢と肛門の間(会陰穴)に、野球やテニスの硬式ボールなどを置くと強刺激になる。
★PC筋、BC筋を押してみよう!
☯東洋医学では、陰茎の勃起不全または勃起が持続しないために性交ができ病症を「陽萎(陰萎、陰器不用とも)」といい、いわゆるインポテンツに相当する。本病症は房事過多、あるいは思慮過度などにより起こり、肝・腎・脾との関りが深い。
〇命門火衰による陽萎
房事過多や長期にわたる手淫により精気を損傷し、命門火衰退になると陽萎が起こる。
随伴症状として、腰や膝がだるい、寒がり・四肢の冷え(腎陽不足)、頭暈・耳鳴り(陰精不足)、精神不振といったものを伴ないやすい。治療は、補腎壮陽、補腎養肝を図る。
〇心脾両虚による陽萎
思慮過度、労捲、飲食不節によるり心脾を損書すると、心血不足となり、また脾の損傷により気血の生成が悪くなり気血両虚となる。陰茎は「宗筋の会」であり、陽明は「宗筋の長」といわれている。気虚により宗筋無力となり、血虚により宗筋がうまく栄養されないと宗筋弛緩で陽萎となる。随伴症状は、顔色がさえない、不眠、心悸、食欲不振、四肢無力等。治療は健脾益気、補気用養血。
〇湿熱による陽萎
日頃から油っこい物や甘い物の摂り過ぎ、過度の飲酒により生じた湿熱が前陰に下注して、宗筋が弛緩し陽萎が起こる。健脾により湿邪の除去、湿熱清利を図る。
〇七情内傷による陽萎
恐怖、不安、憂鬱、怒りなどの精神的ストレスによって気血が失調し、前陰のが不充足となり陽萎が起こる。治法は疏肝益腎、寧心。
😊病気や症状だけに注目した治療で良い効果が得られれば問題ないのですが、そうばかりではありません。一つの病症の周りにも目を配り、何故、そのような状態になっているのか?何故そのような状況が生まれているのか?という全体像を把握する必要があります。それをすることによって治癒率は上がります。